表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

波乱の夜 ②

 ――目の前の男は一体何者だろうか。

 ギャラングは街の外壁に身を隠して、その疑問を浮かべていた。

 トラックのそばに立つ影法師は月の明かりによって、闇の中にその姿を浮かび上がらせている。

 見る限り武装はない。そして視線は街とは正反対の方向に向き、横顔を見せていた。

 足元に転がるのは、頭が失われた人の形をする肉塊。抵抗の余地もなくそうなったのであろうと思わされるほど、肉体は怪我もなく綺麗に残っていた。

「トキの話が、まさか本当だったとはな」

 何かを隠すために、一つ嘘を織り込んで説明しているものとばかり思っていた。

 当然この世に”超能力”なんて非現実的なものがあるはずないと考えている彼だからこそ、衛士の説明を素直に理解することは出来なかった。だがどちらにせよこの場に居る男が、少なくともジョンとダーティを殺害した犯人だというのは、誰が見ても明らか。確定的。覆しようのない事実であり――敵だ。

 相手がただの悪質なテロリストならいい。相手がただの凶悪な爆弾魔なら、快楽殺人者なら、優れた軍人崩れならどれほど良かったものだろうか。

 ギャラングは考える。

 超能力者などという人間は一体何を考え、どう行動するのだろうか、と。

 念に念を入れているお陰で行動直前の作戦会議以外には、仲間と連絡をとる手段が無い。本来装備しているインカムはホテルだし、取りに行く余裕はなかった。そして何よりも衛士提案の作戦というのが、あまりにも不安すぎたのだ。

 しかし――敵が実は麻薬密売組織で、時衛士が逆恨みをして逆襲にかかっているという線も拭いきれない。

 超能力なんて、それほどまで考えられない事象だ。ギャラングは考え、胸に抱くように構えるアサルトライフルの引き金を人差し指の腹で触れた。

 男の動きはまだ無い。門の無い壁の反対側に潜むエミールは、ギャラングの顔を一瞥してから、またトラック脇の男へと視線を投げた。

 ダニエルは補欠であり、いざという時に連絡手段として待機している。もしもの時の命綱だ。

 敵は残酷であり危険である。それには変わりがないのだから。

 鼓動が高鳴るのを感じて、ギャラングはそこに自分らしくない雰囲気を感じていた。

 つい先ほど会ったばかりの少年に命を託している。彼の提案した作戦に乗じるという事もそうだし、まず役割自体がそうだった。

 敵を引きつける囮となる。それが役目で衛士は安全な場所からの狙撃。

 そして狙撃が失敗する事を前提に考えられた作戦は、さらに狙撃中にある程度の距離を稼ぐ両名が銃撃による弾幕張り。それまでで敵を仕留められれば成功。出来なければギャラング等は避難し、時衛士が全身に手榴弾を巻いた姿での特攻で終了する。

 生存確率的には首謀者である衛士が一等高く、ギャラング達は限りなく低い。

 だが何故彼らがそれに応じたかと言えば――彼我の対峙を、誰にも渡したくは無かったというのが一番正確だった。

 どのみち戦う羽目になる。そしてどの道向かい合う事になるのなら、それを衛士に渡す訳にはいかない。これは俺達の問題だと口にしたが、作戦提案の始まりだったのかもしれない。

 そもそもこれは作戦と呼べるほどしっかりとしたものではない。不実不確か、拙い素人考え丸出しの作戦だが――この場合ではいくらか適切であると言えたから、採用したまでである。

 だが何にしろ、と彼は細く長く息を吐いた。

 敵が動かない。微動だにしない。呼吸をしている事を示すように胸は静かに膨らみ、そして戻るが――それはまるで人形であるように、月も無い虚空を見つめたままだった。

 誘っているのだろうか。

 いや、そもそも今を狙えば囮になる必要無く殺せるのではないだろうか。

 ギャラングは考え、そして何かを感知したようにこちらを向くエミールへ指示サインを行う。

 左手でエミールを指し、それから弧を描くように手を伸ばす。それは”お前は左から回り込め”という合図だ。幸いトラックのお陰で姿が隠せるだろう。ギャラングは次いで人差し指で自身を指し、左手を右側に弧を作るように伸ばす。これは”俺は右から回りこむ”という意味で――出入口から直線上の位置に居る敵にそのまま突撃することを意味していた。

 されどエミールは、理解出来ないと手のひらを見せ平行に左右に振る。危険を伴う役目が自分でないことが理解できぬように、彼は示した。

 拳を握り肘を立てると、ピストンさせるように上下に動かす。急げ、という指示に、エミールは些かの葛藤の後、座り込むような低姿勢のまま音を殺して走りだす。彼の姿がトラックに近づいた所で――ギャラングは腹ばいになって、アサルトライフルを構えた。

 ――突撃の合図はこの射撃。

 これで仕留められればいいのだが。ギャラングは考えながら備え付けの、覗き穴のような形をする、いわゆる照準器ピープサイトで影の狙いを定めた。

 時衛士はこれを遙か数百メートル後方から行っている。狙撃スナイプの経験が無いわけではないが、この蒸し暑く暗い夜に、集中力を持続させて狙いをズラすことなく敵を打ち抜く。それをやり遂げる自信は無く、またこのわずか十メートル程度の距離でも弾丸を当てられるという確たる自信はない。

 命を預かるという事には、同時に多大なる責任が伴う。決して失敗の許されぬたった一度の選択、決定を行うのは個人だ。小隊長として小隊レベルの人間を纏めてきたギャラングには、それだけはよく理解できた。

 命はそう軽くない。顔を知っていれば、そいつを良く知っていれば、あるいは親しければ尚更だ。

 果たして時衛士が威圧プレッシャーに押しつぶされずに上手くやれるか――いや、上手くやらなければならない。

 俺たちはその為に、道を切り開いてやる為にここに居るのだから。

 そういった想いを込めた発砲は、思考が完結した直後に行われた。

 ――生ぬるい風が頬を撫でる。辺りは砂が巻き上がるが、それでも敵の周囲はやけに鮮明だ。

(幸先がいいな、いくぜ……)

 タン、と鳴る短い発砲。

 衝撃。

 そして銃口は明るく火花を散らす。弾丸は回転しながらその影、こめかみ辺りへと肉薄した。

 が、弾は当たらない。顔の直ぐ横、額を掠めるようにして虚空へと姿を消した。まるで肩透かし。

 ギャラングは舌打ちをしながら、既に立ち上がっていた身体を駆動して走りだした。

「くっ、やっろう!」

 三点バーストで威嚇気味に射撃。同時にトラックの裏側からも同様の発砲音が響き始めた。

 二方向からの攻撃は、故にグリッド線のように重なる所為で中々に手強い手段――である筈だった。

 だが男は僅かなステップだけを頼りに、傷ひとつ無いまま華麗に弾丸を避け続けた。ポケットに手を突っ込み、まるで余裕の様相で弾丸が何処に来るのか、どうすれば避けられるのか見えているように動いて――やがて弾切れが、ほぼ同時に起こった。

 タクティカルベストから取り出しておいた弾倉マガジンを入れ替える。そのわずか一秒足らずの間に、その影は気がつくと目の前に居た。

「こんなものか。期待はずれだな」

 低い男の声。だがまだ若さのある質を持っていた。

 影はギャラングより幾らか低かったが――ポケットから抜かれたその手のひらが頭へ伸びる光景を、不意に襲われた恐怖に為されるがまま呑まれている最中に、脳裏にとある記憶を蘇らせていた。

 頭が爆ぜる光景。

 内部から、何かの影響によって――。

 手のひらが迫るのを見て、ギャラングがそれが危険だと理解できたのは殆どその僅かな経験則と、野性的な本能、直感が働いたが為だった。

 弾倉を嵌め、引き金を絞る。途端に連続する射撃は、故に目の前の男に回避を余儀なくさせ――だというのに同時に、全身に異常なまでの負荷を感じた。

 肩を、頭を誰かに抑えつけられているかのような圧力。異常重力が発生したかに思うほどの負担。

 ギャラングが感じたのは、あまりにも不意すぎるそれらだった。

 足が地面に根を張ったように動かせない。銃が十倍以上の重量を持っているのか、それを支えることすらも困難で――その為に、一度きりの三点バーストで射撃は終えてしまっていた。

「あんたらの敗因は、そうだな――下手に関わったって事だ」

「か、関わった……だぁ……ッ?! てめぇ等が勝手に来たんだろうがよ……ッ!」

「少なくとも我々は、お前達には手を出さずに本国へ返してやる予定だった。だがなぁ、そういった認識で我々を理解してもらっては困るというものだ」

 膝が震える。

 ただ立っているだけなのに、既にそれが限界になりつつあった。

「残念だよ。だがまぁ――みんなとおんなじ風に死にたいだろ? 安心しろ」

 男の手が触れる。

 死へと誘う魔の手が、頬を優しく撫でたのをギャラングは確かに感じていた。


 狙撃に於いて、わずか数ミリの誤差が目標に近づくに連れて大きなものになってしまうのは常識だった。だから狙撃兵は、その時に吹いている風や、その状況での空気抵抗などを考えなければならない。

 距離にして五三○メートル。7.62mmの、鉄も鋼も劣化ウランも使用していないただの通常ライフル弾。残弾は薬室に送り込んだ弾丸を入れて二発。まさかさっそくこの銃を使う羽目になるとは思わなかった。

 いつものように左肩に銃床ストックを当て、自由な左目から照準器を覗き込む。備え付いているものではなく、付属品としてあの鉄砲店が付けてくれた望遠鏡のような照準器、テレスコピックサイトと呼ばれるそれは、スコープという名称が一般的だろう。それを覗き込み、四倍の倍率であるそこから、街の出口へと視線を伸ばした。

 そこには昼間に衛士たちを襲撃した大型トラックが放置されており、その手前、外壁に背を添わせるように座り込む二つの姿を認識、そしてその両者がギャラング、エミール両名であることを理解した。

 近場の三階建ての屋上。廃ビルであるそこは、人が住み始めれば恐らく傾くか崩壊するかしてしまうのではないだろうかと思えるほど老朽化している。恐らく今回の発砲音ですら、いくらか響くだろう。

 だが、唯一そこだけが三階建てというわけではなく、付近にもまばらにそれらが存在する。これでまず狙撃が失敗し大まかな位置がバレた際に自動的に機能するデコイが完成する。そして仮にここが攻撃されて崩壊したとしても、派手な壊滅具合からまず無傷ではないだろうと推測させる。が、衛士は同時に逃げ道を用意していた。

 まず二つ。簡単にいえば、敵に察知されやすい道と察知されにくい道。これも敵をかく乱させる為にある。

 だが、ここまでしても使う機会は無いだろう。

 ――恐らく、映像だけでもミシェルはこの動きを全て監視しているはずだ。ならば同時に状況をイワイ等に伝えていて当然。するとあの二人はごく自然にチャンスだと動きを活発にする。

 協会の人間が一人戦闘状態にある。その場に居るのは確かに一人であろうが、されど水面下で動いているのは複数であるはずだ。

 たぶん、罠か何かに誘っている。そして衛士が乗っている。協会にとっては、機関の一人を狩る絶好のチャンスだ。

 そんな折に、さらにその裏から動けば……。

 下手をすれば今夜で全てが終わるかもしれない。

 そもそも付焼刃の特異点と言っても、人口調整の際には特に目立った動きはないという話だ。その時点で、まず”危険”という意識が除かれる。ただ”特別”で故に珍しく”貴重”で、協会にとって何かの”きっかけ”になる可能性があるから、そういった不安因子は取り除けという任務なのだと衛士は大まかに理解していた。

 誇張も甚だしい。

 衛士は思いながら、同時に自分自身も他者に実力を買いかぶられている現状を思い出して、短い舌打ちを鳴らした。

(ギャラングが動くか、協会が動くか……)

 スコープから覗いて見る男の姿に見覚えはない。そして動く様子は未だ無かった。

 均衡状態が続くその中で、不意にギャラングが手を動かした。なんらかのハンドサインであることは分かったが、それがどういう意味であるのかは判らない。だがともかく、ギャラングが無謀な事を言い出してエミールが止めにかかっていることだけは、漠然と分かった。

 それからややあってエミールが動き、ギャラングが腹ばいに体勢を移す。右肩に銃床ストックを当て、トリガーに指をかける。銃身から僅かに突き出たレバーを引いて撃鉄を起こし、射撃準備は完了した。

 衛士はそれから射線を変更。角度を変え、敵へ狙いを戻す。男は相変わらず素知らぬ顔でそっぽを向いていたが、衛士の目をごまかすことは出来なかった。

 動く――それは射撃より数秒ほど以前。

 風が吹く。彼らが居る周囲には北西から約十五ノット程の風が吹く。砂埃が舞い始めるくらいの強い風だ。

 だというのに男の周囲約二十メートル、丁度男とギャラングくらいの距離にはその風が無論吹いているであろうはずなのに、砂は舞わず飽くまで静かだった。そう、おかしいと気付ける程にそこは視覚的に静か過ぎていた。

 何かに抑えつけられているように。

「そうか」

 衛士は思わず口に出た言葉を飲み込むようにして頷いた。

 弾道の回転はどの程度に至るか。空気抵抗はいかほどか。装薬の燃焼速度は恐らく市販品より速くなってしまうのは、慣れぬ自作ハンドロードの性だ。しかも持ち込みの量もさながら、作る時間にも余裕が無かったためにわずか二発。しかもマトモに作動するかも不明瞭な二発だった。

 さらに様々多数、チェック表でも作らなければならぬほどの要素が存在する。だが敵の持つ超能力に”領域”が存在する時点で、そのすべての計算は無駄になる。

 衛士は大きく深呼吸をして、その銃口から撃ち放たれる弾薬の弾道だけを精密に、緻密に想像イメージした。

 スコープ内の十字線、その中央に男の頭を持っていく。が、どの道動くであろうからその狙いは無駄になる。

(重力……、いや、それだと流石にギャラングが感づく)

 なら何だろうか。

 抑えつける力。抑圧――圧力か。

 圧力を操作する能力。

 そうすればいくらか説明がつくかも知れない。

 頭の中の圧力を限りなく高めれば爆発する。そんな話は聞いたこともないし、到底、それだけの説明だとありえないと切り捨てられる。だが他の作用による爆破を考えるとしても、既に選択肢は存在しないのだ。

 ――考える間に、射撃炎が短く散った。

 弾丸は音速を超える速度で一瞬にして男へ肉薄。鋭い狙撃は、彼のこめかみに迫るが、だが銃口を後にして未だコンマ秒のうちだというのに、その回転数は明らかなまでに低下していた。

 故に、本来真っ直ぐ飛ぶはずの弾丸が僅かに上向く。それに加え、タイミングを予測していたように頭を動かした事によって、弾丸は男の額を掠るか否かの距離を飛び、闇に呑まれて姿を消した。

 トラックの裏に回りこんだエミールが男めがけて射撃する。同時にかけ出したギャラングも引き金を絞り続けた。

 射線は交差するが、男は被弾せず、気味の悪いステップだけでそれらを避け続けていた。

 まず自身の領域内の全てが知覚できている、というのが分かる。衛士はさらにその光景を見守ると――男が跳ぶ。それだけで彼は一気に五メートルほどの距離を縮めていた。

 口が動く。衛士はそれを確認し、彼の腕がギャラングへ伸びるのを見た。

 照準器の十字線を男に合わせる。

 不意にギャラングが発砲を開始し――そしてまた突然、猫背になって銃撃をやめた。

 また男が何かを言う。

 ギャラングの背が小刻みに震えるのが分かる。

 伸びた手は、再び、丁度頭の高さが同じくらいになったギャラングの頭へと向かった。

 ――風が止む。

 引き金に指を掛け、衛士は短く息を吸い込んだ。

 この一発に全てを掛ける。

 ギャラング達には失敗することが前提と説明したが、狙撃兵に失敗など許されるはずがない。位置が、存在がバレた時点でその価値の一切が失せる。さらに戦場ならば狙撃兵という役目だけで、敵に捕まってしまえば捕虜にさえされずなぶり殺されるというのが定説だ。

 故に、この一発はあらゆる意味を以てして外してはならない。

 衛士の目は既に、男の額が緋弾した映像を見ていた。

「……ふぅ」

 撃発。

 撃鉄が弾薬の尻を叩いて信管を作動させる。信管はそのまま装薬に火を付け、弾丸はライフリングによって回転を初めて、やがて銃口から顔をのぞかせる。火花を散らし、宙を滑空。

 つんざく発砲音と共に、衛士の肩に鈍い衝撃が襲いかかった。

 それからの展開はまばたきが許されぬほどに早かった。

 飛来した弾丸は一瞬にしてギャラングの頭上を掠めたかと思うと、その鋭いライフル弾は見事に男の額に激突。弾丸はめり込み、男は大きくのけぞって――。

「……っ」

 未来は変異しない。

 衛士は短く息を吐きながら、大慌てで鉄柵に乗り出し、そこに縛り付けられた縄を伝って下へと降りだした。

 ――男は仰け反った。

 だが倒れなかった。

 狙撃は確かに成功した。

 弾丸は鋭く男の額を打撃し、恐らく頭蓋骨から脳を激しく振動した。

 だがソレまでだったのだろう。

 男は倒れなかった。

 骨にはヒビすら入らなかった。

 射撃が成功し、男が揺らぐ――だが彼が付き合ってくれたのはそこまでだったのだ。

 血がでない。脳漿が飛び散らない。死なない。倒れない。

 失敗だ。

 衛士の心臓は今にも張り裂けてしまいそうなほど激しい鼓動を繰り返している。

 ギャラングが死ぬ、エミールが死ぬ。

「オレの責任だ……」

 壁を蹴って下りるのが嫌に焦らされているように思えて、衛士は二階部分から一気に飛び降りた。


「こんなものか。期待はずれだな」

 男がそう口にするのは、この記憶が正しく、混乱していなければ確か二回目だった。

 衛士の狙撃は成功した。

 それは正に想定外、嬉しい誤算というものだが、対照的に全然嬉しくない、むしろ不幸な誤算も存在していた。それは額を撃たれた男が死なない事である。

 撃ちぬかれた、では無いことがミソであるが、ギャラングにはそんな事などどうでも良かった。

 額にめり込んだ弾薬を摘むようにして手に取り、そして手の甲で患部をさする。流石に皮膚が裂けているらしく鮮血が流れていたが、それがとても致命傷には思えなかった。

「な、なにを……どうやって……?!」

「ははん、言うわけ無いだろ」

 男は拳を握り、振るうとそのまま脳天に落とした。

 衝撃はまるで砲丸でも叩きつけられたかのような重さが伴って、ギャラングは耐え切れずに膝を崩し地面に伏せる。今度は異常な重さが全身に広がって、完全に身動きができなくなった。

「つまん無いなぁ。やっぱ一般人パンピーってこの程度? って思うよ。期待なんてしてないけどね。それを遙かに下回る感じ。肩透かしってレベルじゃない。ホントなんにもできないよな、お前等」

 しゃがみ込み、無理やりアサルトライフルを引き剥がすと、そのまま剥き出しの頭に銃口を突きつけた。

「どうせ吹っ飛ぶし、こっちでいいわな」

 発砲音。

 それは異様なまでに近く響いてきた。

 気がつくと不意に左の耳が焼けるような熱さを覚えたのを、男は理解する。

 呆然としながら銃を捨て、耳に触れる。すると手にはべったりとした熱い液体が付着する。同時に、耳が半分ほと形を失っていたことを認識した。

「ぐぅ……っ! なん、どっから!?」

 視界の上に気配を感じる。同時に影が、丁度上から迫ってきた。

 ――能力のせいで、その影の落下速度は異常なまでに速く。

「うがぁっ!」

 振り下ろされた銃床ストックは、そのまま外壁の上から飛び降りた衛士によって男の頭頂を力一杯打撃した。

 重い衝撃。確かな手応え。

 衛士はそれを感じながらギャラングを跨ぐように着地する。同時に、全身に掛かる圧力は一瞬にして消え去った。

「ここだよって、聞いてねぇか」

 男はそのまま後ろへと倒れ、受け身も取れずに大地に叩きつけられた。どうやら気を失ってしまったらしい。が、打ち所が悪ければ恐らく命を失ったことだろう。

 ――能力が解除されていないために、衛士の腕力に落下の速度、そこに加えて屈強な男でさえ身動きできぬ程の圧力が加わった一撃だ。その打撃力はおよそ想像を絶するモノだろう。

「ったく、教わんなかったのかよ。能力中心の戦闘はダメだって」

 能力は便利だが、万能ではないし最強でもない。

 これは耳にたこができるほど聞かされて来た言葉だった。

 しかし今回は、敵が場慣れしていない間抜けで良かった。

 おそらく素人相手の戦闘が多かったために、そういった油断や隙が慢心となって現れてしまった。今回がその結果だ。どの道、あのままではそう長い命でも無かったことだろう。

 衛士は感想づけて、ギャラングから一歩退いて手を差し伸べる。すると、膝をがくがくと震わせたエミールが背後から近寄ってきた。

「な、なんも出来なかった……」

「安心しろエミール。俺もだ」

 ――衛士はそんな彼らの、安堵と共に吐き出される言葉を聞いて、今回ほど良かったと思う事はなかった。特異点故にささやかに肉体が強化されていてよかった、と。

 身体能力は通常の一.五倍。五○○メートル程度の距離ならば、ただでさえ全力疾走で三○秒とかからぬのだ。強化されていれば単純計算で二○秒。男が発砲に驚き、無駄口を叩いている時間を計算すれば余裕が出る時間である。

 最も、実際はそんな余裕綽々の思考が出来た筈がない。

 死ぬ気で走って三メートル弱のコンクリートの壁に飛び上がり、手で掴んで這いずり上がり、そして飛び降りた。その結果は見てのとおりである。

「……トキ」

 夢想していると、不意に頬を叩く男が居た。ギャラングだ。

「やつに止めを刺すのか?」

「あー、あんたらはそうしたいだろうな。だが生きているなら、聞き出したい情報があるんだ。たぶん、この状況をコイツの仲間も見てるだろうけどな」

「な、仲間がいんのか?」

 エミールは口を挟みたじろぐ。

 衛士は首肯し、続けた。

「数も武装も未だ不明。だがオレ達はその中の一人と接触するためにここに来ている。極秘任務ってていでな」

「……そんな事を俺達に伝えても?」

協会やつらにもバレてるし、もう漏れたって広がりようがないからな」

「そんなもんか……。なにはともあれ、だ」

 ギャラングが手を差し出す。衛士は応えて、その手を握る。

「エイジ・トキ。心から感謝する」

 熱い握手は、同時に男たちの熱い信頼を得たという証でもあった。

 人数は三人。そして恐らく彼らの援軍は望めない。

 それでも、やけに心強く感じるのは、何故だろうか。

 衛士はにこやかな笑顔に応じてにやけると、気味が悪いと切り捨てられて、思わず苦笑を漏らした。

「そいつを拘束してくれ。それと、あんたらはもう――」

「ホテルにゃ戻らないぜ? まだ”これから”なんだろう? 小僧!」

 言葉を遮り、エミールは親指を立てた。

 衛士は嘆息混じりに首を振って、仕方ねぇなぁと苦言を呈し、

「んじゃ拘束した後、四時までここで待機。目を離すなよ」

 ポケットの懐中時計に視線を落として、そしてその意外な時刻に、また自然と息が漏れ、肩から力が抜けた。

 ――時刻は午前二時四五分。

 既に一時間以上は経過していたはずなのに。

 衛士は心のなかで独りごち、それからベストを腕を通さずに着せて拘束する男たちのもとへ足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ