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第一話:4

何が起こったのか把握できない。

いや、とりあえず何かが大窓を叩き割って侵入して、今まさに私に襲いかかっているのだというのは客観的ながら理解できている。


ただ、これはなんだ。


ピィッ、と風を斬る鋭い音が幾度も耳元をかすめる。

目の前に見えるのは真っ黒な身体にフィットした服を着た人物で、眼だけがぎらぎらと輝いているがそこに垣間見えるのは驚き。

恐らく――私を殺しに来たのだと思うが。

しかし、何度斬撃を放っても私が軽やかに、本当にこれくらい朝飯前だ、とでも言いたげに避けてしまうものだから驚いているらしい。

本当に客観的な情景描写で申し訳ないが、私も驚いている。


「あの、」


とりあえず、と口に日本人定番の文句を乗せれば、はっとして一飛びでテーブルを越した絨毯の上に着地する…とりあえず刺客らしい人物。

油断なくこちらを窺っているようだが、私が攻撃を全て避けてしまうので攻めあぐねているみたいだ。


「…貴方、誰に命令されてやってきたのかわかりませんが…」


「ご無事ですかナルミ殿ッ!」


バアン、と勢いよく開け放たれたのは、現れたイーリスが先程出て行った扉。

意図せず膠着状態に入っていたこの部屋の人々は、乱入してきた彼とローガンによって動きを取り戻し。

結果、割られた窓から刺客らしい人は逃げてしまった。


待て、とか言いながら窓際に走り寄るイーリスの手には白銀に光る武骨な剣が握られている。

年若そうな見た目と反して結構な大きさのあるその剣に、私はそういえば彼は連合軍総指揮官とか言う大層な役職があったな、と思い出していた。


「ナルミ様、お怪我はありませぬか。」


窓の方を気に掛けながらもこちらに寄ってきたのはローガン。

彼の手にも同じく装飾用ではない明らかな実戦用とわかる剣が握られているが、イーリスのものよりも短い。

逆なイメージがあった、というかさっきまでは剣なんて佩びていなかったのに。


「申し訳ありません、ナルミ殿…。この神殿は聖結界に守られていると油断していました。まさか結界を破る程の術者が攻め入ってくるとは…」


なるほど、結界で守られているから腰に剣を刺していなかった、ということだろうか。


「至急結界を強化し、見張りの兵も増やします。……ナルミ殿?」


イーリスの言葉に、私は無意識に首を振っていた。

アレは外から突然現れた、だから見張り兵を増やしても意味がないだろう、と。


「……ナルミ殿、」


先程から一言も発していない私に、イーリスが眉をひそめて手を伸ばす。

一瞬躊躇した彼の手が私の手に触れると、そこでやっと私は思いがけない感覚からくる混乱から戻ってきたのだった。


「…大丈夫。少し、驚いて…」


――この、身体は。


思えば、ガラスが割られる前から私はアレが襲ってくるのが解っていた。

そして、割と激しかったと思われる攻撃を息さえ乱さず捌き切る動き。


戦いを覚えている――


「…リーンは?彼女らは無事かい?」


私は身体が動くがままに避けるだけ避けていたからいざ知らず。

あんな乱暴なノックをして入ってきた刺客だ、ガラスの破片で怪我をしていてもおかしくは無いと、はっとしてリーンたちがいた給仕用のワゴンが並ぶ一角に目をやれば…なんというか。

すごく臨戦態勢のままでいる侍女ズと目があった。

どこに隠し持っていたのか、両手に短剣を構えて腰を落としている様は戦うメイドさん。不覚にもときめいた。


「――はい、ナルミ様。私どもに怪我はありませんわ。」


「…お恥ずかしいことです、ナルミ様…。英雄様には遠く及ばずとも、共に戦えるだけの腕は持っていると思っておりましたのに。ふたを開けてみればただ貴方様の戦いにあっけに取られて見ているだけになってしまうとは。」


私と目があった瞬間動きを取り戻したリーンたちは各々自分を恥じるように頭を下げる。

しかしその瞳に、先程まで無かった熱が――あれは羨望とか憧れとかいう感情に思える――灯っていた。

自分としては全く何も考えず本能というか命じるままというか、そのまま動いていただけだったのだが…どうやら戦えるらしい侍女ズの尊敬を集める程度にはすごい動きをしていたらしい。


「記憶が曖昧でも戦闘の技術はさすが英雄殿、というべきでしょうか。…なにはともあれお怪我がなくて幸いでした、ナルミ殿。この部屋を片付けさせますので、どうぞ別の部屋に…質は落ちますがお許しください。」


抜き身だった剣を鞘に戻し、イーリスも同じく尊敬っぽい眼差しでこちらを見ている。

言葉だけ聞けば嫌味にも取れたが、声音に籠った興奮を聞いてしまえば純粋に褒めているのだとわかる。


「私は寝られればどこでもいいよ。とりあえず…あいつはなんなんだろうね、人に見えたが。」


私を殺したいと思うのは悪くらいのものだと思っていたが、悪はまだ活動していないと聞いた。

このタイミングで刺客がやってくるというのはいささか急展開過ぎやしないか。


「…私が見た限りでは魔族と思われます。種族しか解りませんが、悪に与する者たちは全て二千年前に途絶えた筈。人であれ魔であれ、今になって悪側につくものが現れたということでしょうか…悪もナルミ殿の目覚めを感じ取ったのかもしれませんね。」


それはまたはた迷惑な話だ。

場合によっては悪が有害なものでなかったら和解、という選択肢ももっていたのに、あちらから攻撃されては和解どころではない。

悪が目立った活動をしていないというのだから、悪も何か事情があって目覚めたのかもしれないし…事情がバリバリある目覚めを実体験している私としては、もしそうなら同情してしまうが。


「ともかく、このことを踏まえて議会に指示を仰ぎます。…ナルミ殿にはもうしばらくお待ちいただくことになりますが…」


それまでの厳しい、上に立つ者としての顔を一変させてイーリスは眉を下げた。

先程の私の言葉を思い出したのだろう、ものすごく申し訳なさそうな表情になってしまったイーリスに私は苦笑を返す。


「構わないよ。どうせ、この世界には私の知り合いもいないんだ。」


気にするな、という意味と暗に嫌味も込めて言ってみると、ものの見事にしょげかえるイーリス青年。

素直な奴ってすごく苛めたくなるものなんだが…そこまで素直な反応をされるとこっちが毒を抜かれてしまう。


「この世界で頼れるのはあんたたちだけだ、ってことだ。頼んだよ、イーリス。」


「! …はっ!」


しっぽがあったならぶんぶんと振られていただろう喜びように、私は初めて声を上げて笑った。

なんだかんだ、順応し始めたらしいこの世界でのんびりしてみるのもいいかもしれない。




****




まあ結論から言えば、英雄なんてのんびりできるはずがなかったのだ。


所は変わって新しく用意された部屋、寝室。

絶妙な硬さのあるベッドに、恐縮していたイーリスにはこれくらいの硬さの方が好きだと言っておいた。

実際日本でもベッドは適度に硬い方が好みだったのだ、前の部屋のものより今の方が寝やすそうだ。


なんて言っていたのが3時間ほど前だろうか。

今はまったくそんなことに構ってられない。


「まったく、驚いたよ。オレの攻撃が避けられちゃうなんてさ、お陰で任務失敗でオレの名前暴落。」


知ったことか。


「どう責任取ってくれるのさ、英雄様。」


恨めしそうな表情だが、どこか嬉しそうという奇妙な様子でこちらを見てくる黒装束。

お察しの通り、昼間の刺客だ。


「なんでここに、というか…ああもういい。任務失敗なら私とはもう関係ないだろう、出ていっておくれよ。」


眠っていたら襲われたのだ、そりゃ対応が適当になりもする。

相手も別に気にしていないようで、ああ、それはだめ、と軽く答えてくれた。

…それはだめとはなんだ。


「さっきも言ったけど、オレの名前暴落したの。一回失敗したらもう暗殺業でなんて食っていけない。そこで、ちょっとオレを助けて「断る。」……。」


間髪いれず断りながら、じりじりと距離を詰めようとする奴から離れるべくベッドを回り込む。

今、私と刺客の彼は(声からして男だろう)ベッドを挟んで会話している状態にある。

間にあるのがベッドだけ、とは不安が残る状態だが、相手曰く


「あんたは多分、誰にも殺せないよ。その界隈で一番の腕を持ってると自他ともに認めるオレが言うんだから、間違いない。」


らしく、さらに彼の主張は続く。


「あんたの動きには惚れぼれしたよ。あんなにやりあってて興奮したのは初めてだったし。…でね、考えたんだ。オレはもう暗殺者としては食っていけない、というか多分落ちたものとして狙われる。別に返り討ちにしてもいいけど、それよりあんたを「断る。」最後まで聞いてよ。」


全く気が早いなあ、とか暢気に言ってくれる黒装束だが、この話の流れからして嬉しくない状況に陥るに決まってる。

嫌そうな、というか実際嫌だから心底嫌な顔で応対しているにもかかわらず黒装束はめげない。


「だから、あんたの側においてよ。」


なにが『だから』なんだ。


「オレより強いあんたの側ならずっと退屈しなくて済みそうだし、」


それは私といつでも戦える的な意味でか。


「何よりオレはあんたが気に入ったよ。」


嬉しくない。すこぶる嬉しくない。


「ね、どう?」


「だから断ると」


「知りたくない?あんたを狙っている敵の存在。あんたの敵は悪…だけ、かな?」


「………。」


オレを側に置けば、オレの知っている情報を流すよ、と声で笑う黒装束。


「考えてみなよ、オレを飼ってるってけっこう便利だと思わない?英雄暗殺を任されるような暗殺者だよ?よっぽどのことがない限りあんたを裏切るつもりはないし、というか裏切ったら面白くないし。…ね、どう?」


再度、媚を売るように、面白そうにこちらを誘ってくる暗殺者。

私は熟考し、そして


「断る。…と言いたいけど…あんた、勝手についてくるだろう、断っても。」


「お。察しが良いね、さすが英雄様。」


こんな厄介そうな奴を側に置くとか面倒なことになる確率の方が高いし、正直言ってコイツの言い分を信じられるわけもない。

でもこいつは、…出来るやつだ。

そうこの身体の勘が告げている。

離そうとしても離れずついてくるだろうし、それならばいっそ。


「いいだろう、あんたを飼ってやるよ。…でもイーリスがなんていうか…」


あの真面目そうな青年の胃に穴を開けそうだ。

ちょっと考えても、英雄を殺そうとした奴を身内に引き入れるなんて、と卒倒する姿が目に浮かんでくる。


「大丈夫、ばれるまでは身を隠しているよ。…ばれたらかばってね、ご主人様?」


かわいこぶって小首をかしげた奴は、その顔を覆っていた布を取り去って笑顔を作る。

まあ声から想像していた通り若いが、顔立ちは可愛い系の猫タイプといった評価を贈ろう。私の好みではない。

布で押さえていたためかすこしくしゃりとなっていた前髪(見事な赤毛だ)をかき上げ、彼はふと真顔に戻る。


「――オレの名前、クレオっていうんだ。本名だよ。…ご主人様は名前を聞かせてくれないの?」


クレオ、と唇に乗せてみる。

良い名前じゃないか、横文字の長ったらしい苗字もなくて。

なぜだか少しだけ緊張したように名乗った目の前の男…少年と言ってもいい程度に若く見えるクレオに、私は仕方なく苦笑を送る。


「私は鳴海・相賀だ。とりあえず…信頼はしてないが、よろしく。」




第一話・了

というわけで、これにて予定通り第一話終了です。

今度の更新では足りない要素を補っていこうと思います。


それと拍手設置いたしましたが、中身がまだ思いつきません。

もしリクエストなど…こんな辺境で何を言っているのかというお話ですが、よろしければどしどしご応募ください。


追記:イーリスの「…私の見た限りでは~…魔もナルミ殿の~」→「~悪もナルミ殿の~」に変更しました。

魔じゃないですね、悪ですね。魔は種族名でした。


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