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第一話:目覚めた英雄

2094年、10月8日。


残暑の日差しの暖かさと秋の訪れを感じさせる涼風が絶妙に混ざり合って割と過ごしやすい日だったと記憶している。


この日、私 相賀鳴海(おうかなるみ)94歳は死んだ。


ミレニアムベビーとして世に生を受けた私は、2094年のすさまじく暑い夏を乗り切ったと安心した矢先ぽっくりと死んだのだ。

死因はまあいわゆる老衰だろう。

もともと心不全であったためいつ死んでも不思議ではなかったのだが、ついにというべきか、その老いた心臓は動くことをやめたのだ。

眠っている最中だったため特に痛みもなく、ぴんぴんころりがスローガンだった私にとってこの上ない最期だったと言えよう。


日本の平均寿命(女)が90歳代を突破して久しいが、まだ94歳までは延びていなかったはず。

ボケることもなく、自分の歯を24本残して良く食べ良く噛み、最期まで自力で立って歩いた。

人生を振り返ってみれば酸いも甘いも苦いも辛いも経験し、娘や息子の、ひいては孫の結婚式も見たしひ孫の顔も見た。

強いて言うなら唯一の心残りであるスカイダイビングを経験したかったが、まあそれを除けばおおむね満足できる人生だった。

もう一度人生をやり直したいなんて、思ったことも願ったこともない。


―――さて。

そろそろ目の前に広がる非現実を受け止めなければなるまい。


私、相賀鳴海は確かに死んだはずだ。

別に自分が死んだ姿を見たとかではないが、死んだことはまぎれもなく事実であると確信を持って言える。

この感覚は実際一度死んでみればわかるだろう。


ではなぜ私がこんな風に生前の振り返りを、夏休み明けにその間の己の愚かさを振り返る生徒よろしく行っているのかといえば、


「…目覚めた…! 英雄(アオリック・フィンデル)殿が目覚めたぞぉぉぉおおお!!」


これだよ。


見たこともない奇抜な髪色をした、白いローブを身にまとう人々。

異世界トリップもののノベルズに相応しい台詞。

天国か極楽か、はたまた地獄か。

どうもそのどれとも違うこの場所に、私の心に浮かんだ疑問は一つ。


私の永眠はどこに行ったんだろうか?



*****




ざわざわと興奮していた空気が、打って変わって静寂に包まれる。

私以外の全員がこちらを凝視していることから、よっぽどの異変が私の背後で起こっているという可能性を除けば、この静寂は“私が身を起こした”ことに由来するらしい。


なんだというのだろう、起きたらまずかったのか。

歓迎されていない雰囲気はしなかったからとりあえず起き上がってみたのだけれど、もしかしたら宇宙人でも見るようなそういう興奮の類だったのか、も…


「…な、んじゃこりゃあ…」


第一声がこれって。

だが仕方ない理由がある。


傷一つない真っ白で絹のような皮膚。

出るとこは出て引っ込むべきところは引っ込んだ、まさに妖艶という言葉が似合う体つき。

そして全裸。

全裸。


20代くらいか、まさに熟れ始めた食べ頃の女性の身体が視界にうつる。

というか胸元あたりから足先までが視界に入っている。

ついでに言えば、その身体が横たわっていたらしい青だか緑だか、よくわからない色味をした大きな石の台座的なものも見えるが。


「………。」


ぺたぺた、と視界にうつる身体に触れてみる。

感覚がする。

触れられている感覚と、もちろん触れている感覚も。

もちもちすべすべですこしくすぐったい。

お尻や足に触れている石の台座は石らしく冷たくて硬い。

…えーと。


「なんじゃこりゃあ…」


経た年月を感じさせる年季の入ったシミ皺はどこにいった。

というか間違ってもこんな抜群のプロポーションを誇っていた時代など例え年齢をさかのぼってもなかった。

というか毛が…毛が白い。どこを、とまで突っ込んだ説明をしなくても全裸ということを鑑みて察してもらえるだろう場所の毛が白い。

むしろ全身毛が薄くてさらっさらやぞ。

自慢じゃないが生前の私の乙女期の体毛もやわらかな産毛だったけれど、これはもう毛が生えてない部類だ。

死ぬ間際はさすがに全身真っ白い体毛に代わっていたが、それは加齢のため。

このナイスバディ(死語)に白髪は年齢的にないだろう。


「…なんじゃ、こりゃあ…」


「英雄殿、こちらを…」


呆然とどうやらこれが今の私の身体らしいと認識して、馬鹿の一つ覚えのように再度間抜けなセリフを吐いているとなんちゃらフィンデル殿、と声をかけられる。

視線をあげれば、少々顔を赤くした青年が自身の着ているのと似たような白いローブを広げて差し出してくれていた。


明らかにあお…フィンデルとかいうカタカナの羅列が私を指している気がしてそれを問い詰めたいが、まあ青少年の育成に全裸はよくないためそれを受け取って素直に身につける。

相賀鳴海94歳の身体より明らかに動作が軽いこの身体で立ち上がってすとんとローブを頭からかぶれば、生前よりも明らかに高い位置に目があることがわかった。

生前のピークは157cmだが、90歳の時測ったら身長が150まで縮んでいてショックを受けたが…これはピーク時より高いんじゃないだろうか。


「…よくぞ目覚めてくださいました、英雄殿。私は連合軍総指揮官イーリス・グレガンディアと申す者です。まずは連合軍を代表して御礼申し上げます。」


右の拳を胸につけて腰を折った青年、イーリス・……横文字なんて知るか。

とりあえずイーリスでいいだろう。

私にローブをくれたのがこのイーリスで、連合軍総指揮官とかいう位の高い人物らしい。

名乗りを上げるところからどうやら私とイーリスは初対面らしいが、目覚めた、とは一体。

あおり…フィンデルというらしい私というかこの身体は、長く昏睡でもしていたのか。


私から何の反応もないことに戸惑った様子のイーリスが見えるが、私も戸惑っているのだから申し訳ないのだが状況把握する時間をくれ。


「総指揮官、どうやら英雄殿はまだ目覚めたばかりで困惑していらっしゃる様子。一旦部屋でお食事をとりながら休息と、説明をなさってはどうでしょうか。」


2人して固まっていると、助け船を出してくれたのはイーリスの後ろに控えていたナイスミドル。

あと30年くらい私が若ければアプローチしていたかもしれない。

まあ1年前に亡くなった夫の方がいい男だったが。


「あ、ああ、そうだな。気付かず申し訳ありません、英雄殿。すぐにお部屋へご案内いたします。」


腰を折ったイーリスとナイスミドルを交互に見て、私はとりあえず鷹揚に頷いておく。

危害が加えられる心配はあまりなさそうだし、どうやら私(の身体)は待ち望まれている人物らしい。

周りの人垣が割れ、頭を垂れる人々で作られた道を裸足でぺたぺたと歩きながら、とりあえず状況把握に努める。


ここはどうやら石の洞窟のようだ。

私の横たわっていた台座と同じ材質の、つるつるした岩が身の内からほのかに輝いてあたりを照らしている。

洞窟らしく湿り気を帯びた空気は、全裸でいるには少し肌寒い程度に低い。さっきは気付かなかったけれども。

足元は微かに濡れて滑りやすそうだ…もし94歳の身だったなら、滑って転んで頭打って死亡ということも十分あり得そうな場所。

この身体なら多分滑って転んでも手くらいは付けそうだ。

横の広さはそれほどないが奥行きは深く、未だ入口は見えない。

振り返ってみれば洞窟の一番奥にしつらえられていたのがあの台座で……って、うおおおお。


後ろを振り返ったら白いローブの集団が静々と後をついてきていた。

私たちを先頭に、道を作っていた人々がぞろぞろと列をなしている…はっきり言おう、非常にビビった。

顔を引きつらせながらその光景を眺めていると、私のすぐ後を歩いていた白ローブと目が合う。


「…っ…」


と思ったらばっ、と音がしそうなほどの勢いで目をそらされた。

頬をうっすらと桃色に染めている所から、なにやら恥ずかしかったか何かあったのか。さっき私が全裸でいたのも関係するのかもしれない。不可抗力だと訴えたい。

後ろを振り向きながらの不安定な姿勢でその白ローブを観察してみると、顔にかかった長い髪に隠れて良く見えないが17,8くらいの女の子である。

ちなみに髪色は緑だ。

洞窟自体が緑というか青っぽい色に光っているため判断しにくいが、どうも緑に見える。

しかもそれが似合う顔立ちなのだ。


「…………。」


その女の子から視線を外してさらに周りを良く見てみる。

緑の髪の者、赤い髪の者、青い髪の者、たまに金という者もいるが少ない。黒っぽいのも茶色っぽいのもいるにはいる。

ちなみにイーリスは金だった。ナイスミドルは青である。

私の体毛、さらにさらさらと顔の横で揺れ、腰あたりまで流れているこの身体の髪は白。


ふむ。


よしここは日本じゃない上に異世界的なアレな可能性が高い。

私にはこんな場所というか世界の記憶など無いしこの身体が自分のものであった記憶もないため、実は日本で生まれ死んだという世界が夢であったという可能性は低い。

だがこの身体自体はこの世界のもので、どうも私はそれの中身として存在してしまっているようだ。

いったいぜんたいなぜそんなことになっているのか。

しかも目覚めたことに感謝されている。

もしイーリスの言葉が嘘でないのなら、私はなんらかの目的があって目覚めた、もしくは目覚めさせられ、そしてその目的を達成するために何かをなさなければならないのだろう。


ようやく見えてきた洞窟の出口というか入口というか、そこに差し掛かっているイーリスの背中を見つめながら、私は面倒なことになったとため息をついた。

鳴海さんが割と落ち着いているのは年の功。

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