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第五話:3

 真っ白だと思った空間は、気付けば緑あふれる森の情景に変わっていた。

苔と落ち葉に覆われた地面に、背の高い樹木の梢から明るい陽の光が点々と差し込んでいる。銀世界に囲まれていた先程までとはまるで違う、森林浴にぴったりといった風情の森だ。

 どこに連れていかれるものかと内心緊張していたわけだが、なんともほのぼのとした、そう、まるで童話の中のような、温かな風景に私は束の間意識を持って行かれる。


「英雄、こちらだ。」


なぜかつないだままの手を引かれ、私はアジリーズに視線を戻す。


「…英雄じゃないよ。私は…ナルミ、だ。」


カルカ、と名乗ろうかと思った。

神族相手に、本名で名乗りを上げるなんてのは博打に近い。

けれど、もしアジリーズに神族についての教えを請うならば、私は初めて、私という本当を打ち明けなければならないだろう。


『なるみ』


と、二人きりだと思ったらなぜか銀色の毛玉が宙に浮いていた。

なかなかシュール…いや、ファンタジーなアレだ。


「ベル。お前、ついてきたのかい。」


『なるみ いっしょ』


尻尾を一振りしたベルは、まるで帽子のように私の頭の上に着地した。


なんにせよ心強い、と思ったのもつかの間、突然つないでいた手を離され、アジリーズが呆然と私、ではなく私の頭の上の毛玉を見つめている。

基本的に無表情か機嫌が悪いか、そういった表情だったアジリーズだが、驚愕に染まった彼の顔は思ったよりも幼い気がする。


「…神獣…」


呟いた声は震えていまいか。


「悪いね、アジリーズ。こいつはベル、私について来てしまったようでね。けどまあ、連合軍とは何の関係もないから許してくれないかい。」


どうも様子のおかしいアジリーズを落ち着かせるため、先手を打ってベルの紹介をしておく。

私の博打にも似た本名暴露が流された気がするが、まあいい。

神族――そういえば古の民とかなんとか。わからないが、その民であれなんであれ、神獣という認識のベルに対する反応はだいたい、畏怖か恐怖か、そのあたりと決まっている。


「…英雄…いや、ナルミ。やはりお前は英雄たる器なのだな。己も、そして仲間も、誰一人お前にはかなわないだろう。」


聞いていたのか、私の自己紹介。

いや、というか、ベルを見てそう言われたってことは私が神獣と仲良し、みたいな認識に至ったのだろうが、それは違う。

しかし否定するには私が本当は英雄ではないと教えねばならない。今それを語るべきではないし、そもそもアジリーズの目的も何も聞いていない。


「…かなうかなわないは知らないが、アジリーズ。理由を話してくれるんだろう?」


それならば、最初に向かっていた場所に早く行こう、と目線を進行方向の遠くに馳せると、目に飛び込んできたのは驚くべき大木だった。


いや、ただの大木ならそこまで強調して表現する必要などないのだが、その大きさもさることながら、大木にはなぜか窓があった。

あの木なんの木、ではあるが、例えるならばナナカマドと柳を足して2で割った感じだろうか。

幹は大人10人いても腕を回し切れないほど太いがしなやかで枝垂れ、葉は割と肉厚に見える。

そんな木に、なぜか窓がついている。

緑に生い茂っているところから枯れてはいないようだが、明らかな人工物の窓があり、しかもそこから中が覗けるということはつまり、中身がない、のではないのか。

…そうか、ここの常識は私の常識とは違ったのだった。


無理矢理自分を納得させると、気を取り直したらしいアジリーズについてその木へ歩いていく。


「ここは己たちの家のひとつだ。森に守られているから危険はない。」


窓があるなら扉もある、言いながら自分から“家”に入って扉を押さえているアジリーズの横をすり抜け、私はその…ツリーハウスとでも言うのだろうか、明らかに何か違うが、まあ『木の家』なのだからツリーハウスで間違っていないだろう。そんな奇妙な木の中を見渡して首をひねる。

存外、ファンタジーであり木の家とくればファンシーなのかと思ったが…普通だ。

生活感がなく静謐な空気を保っていた家の中は薄暗く、3方に開いた窓からの木洩れ日で映るのは実用的な四角い木の机に4対の丸椅子、壁際には麦の様な草の束がいくつも垂れ下がり、棚には食器やガラス瓶が置いてある。入って右手の窓はキッチンらしいものに光を投げかけていて、唯一窓の無い奥の壁際には折り畳み式のベッドが4つあるのが見て取れた。


使われなくなってずいぶん経つのか、歩くたびに光の帯の中を埃が舞うのがよく見える。

それを見ていた私に気付いたのか否か、アジリーズは例のファンタスティックな光を放つ石を点けた。埃が見えにくくなる。


「今茶を用意しよう。座って待っていてくれ。」


明るくなったことで見えやすくなった室内を目線だけ動かして眺めている私の背に、アジリーズの幾分和らいだ声がかかる。

自分が慣れ親しんだ家に入ったことで緊張が薄れたのだろうか。


「…その神獣殿は何か飲まれるのか」


と思ったら固い声でそんなことを尋ねられる。

誰でもそうなるようだが、やはりベルは生物として格が違う存在らしい。今はどうやら私の頭の上でお昼寝中のようだが、確かに初対面の時の威圧感は半端なかったと思う。


「ベル、何か飲むものはいるかい?」


『 ゼル』


……ゼルって…なんだろうか。

何か、こう…どろっとしていそう。ジェルっぽそう。


「……ゼル、だそうだ。」


「…わかった。取ってこよう。しばし待って頂くよう伝えてくれ。」


取ってくるものなのか。

木の実系か、それとも草か。根っこか。雑食だと本人も言っていたから、生物(ナマモノ)という線も捨てきれない。

英雄云々の前に、私はこの世界の知識すら知らなすぎる。このまま口先三寸で嘘をつき続けたら、間違いなくボロが出そうだ。

そういう意味でも、アジリーズはぜひ味方にしておきたい存在でもあるんだが。


「アジリーズ、ベルにはあんたの言葉も通じているよ。まあ会話する気はないようだがね。」


「……そうか。」


なんとも言えない表情で眉を寄せたアジリーズは、私とベルを残して再び扉から外へ出ていった。

逃げないとわかっているのか、何もしないと思っているのか、ここが自分たちの家だと言った上で私たちだけ置いていくなんて勇気がある。

まあ何をする気も、出来るわけでもないが。


しばしアジリーズの帰りをそのままの姿勢で待っていたが、体感時間的には5分程度しか経っていないのに落ち着かない。

やはり見知った顔がないというのは緊張するものらしい。

それに、何もしていないと考えてしまうのだ。


私を狙ってやってきたらしい40人の刺客、そして覚悟もないのに前に出て本能のままに…ヒトを殺そうとした自分。

呆気なく血霞となって死んだ彼ら、そしてそれに眉一つ動かさないアジリーズ。

警戒した皆の顔、死がすぐそばにあることに慣れていたようだった。


溜息が洩れる。幸せが逃げていく気がするが、溜息をつかずにはおられない。


ベルはベルで歩く危険物みたいな発想をしているし。

私も頭に血が上ると恐ろしいことをしでかす危険大だし。


『  なるみ 恐い?』


『…ああ…恐いねぇ。いけないよ、自制心を持たなくちゃねぇ。』


この身体は恐ろしい力を秘めている。

私は、本能というものだけに縋りさえすればあの人数を殺せると思っていた。いや、確信していた。

今となってはわからないが、恐らく、それは間違っていない。

この身体はあの人数を相手取っても一人で殺してしまえる。アジリーズがやったらしい、魔術だか念力だか…あれも、神族の能力が桁違いであることを示している。

そのアジリーズでさえ一目置いている、英雄。

私は何も知らないままに、最終兵器じみた力を手にしてしまったらしい。


だからこそ私は、私の力を知らなければならないだろう。


「すまない、遅くなった。」


小さな木鳴りがして、背後で扉が開く。

声の主はアジリーズで、その手には拳ほどの大きさがあるラズベリーに似た果物が5個、提げられている。

あれがゼル…だろうか。ラズベリーのお化け、という感じに見える。


『ゼル』


嬉しそうに尻尾が揺れ、ベルが私の頭の上からテーブルの上へと着地した。

好物のようだ。


「潰して…ジュースにするか、それともこのまま召し上がるのか?」


「………ベル、どうする?」


『そのまま』


アジリーズに興味がない、というか割と嫌っているようで、聞こえているのは確かなのにベルは私の問いかけにしか反応を返さない。

そのまま、というベルの返答をアジリーズに伝えると、彼は頷きそろそろとベルの乗っているテーブルに果実を置いた。

ところで、これ自体がゼルという名なのだと解釈していいんだろうか。


巨峰くらいの大きさがある果実の一粒ずつを大きく頬張ってベルがそれを食べ始め、アジリーズは微かにほっとした表情でキッチンスペースへと戻っていく。


『食べる?』


鍋で湯を沸かし始めたアジリーズの後姿を眺めていたら、口の周りを赤紫に染めたベルが首を傾げた。

見れば、5個あったゼル(というらしき果物)はすでに後1つになっている。…私が食べるかもしれない、と取っておいてくれたようだ。


「ああ、ありがとう。…それじゃ、一粒だけ貰おうかねぇ。」


お化けラズベリーを構成している一粒をもぎ取り、私はそれをしげしげと観察してみる。

表面は光沢の無い、粉をまぶしたような不透明な皮に包まれ、中身はほぼ液体のように柔らかく流動性を持っている。

本当にラズベリーの実を大きくしたような感じだ。

ラズベリーは嫌いなわけではないが、単体で食べるには酸っぱすぎないかと思うのだが…これはどうなのだろう。


というか神獣以外が食べても大丈夫なのか。

ちらりとアジリーズを窺うと、丁度湧いた湯に茶葉を投入しているところだった。

作法は知らないが、この世界ではお茶を淹れる時は熱湯に茶葉を適量入れ、カップに移す時に茶漉しの様な目の細かい網で不純物を取り除く、という工程が主流らしい。以前ローガンも似たように淹れていた。

アジリーズに意見を求められそうもないので、私はじっくりと手の中の赤い果実をみつめてからそれを一口に含む。


こころなしか笑んだように見えるベルが、上機嫌に残りを平らげていくのを前にして、私は意外に美味しいそれを噛みつぶしていく。

想像通り、中身はほぼ液体だ。飲むもの、という表現でもあながち間違いではない。

味は甘く、どちらかといえばライチのさっぱり版、とでも言い表わせるだろうか。


ふむふむ、と思いながらそれを飲み込むと同時、目の前にカップが置かれた。

目線を上げると、向かいの椅子に腰を下ろしたアジリーズの端正な顔にぶつかる。


「待たせたな、ナルミ。…それでは、本題に入ろう。」


厳かに告げたアジリーズだが、テーブルの上の神獣から若干腰が引けているように見えます。




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