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第五話:罠と古の民と

第五話には程度は低いですが一部に残酷な表現があります。

苦手な方は目を細めて流し読む方向でお願いします。

 最初の針葉樹の森を抜けた先には、それこそ見事に白銀の原が広がっていた。

神殿のある山の上の方も高山植物と呼ぶべき背の低い木々が地を這っているだけで見晴らしは良かったが、ここはなにも、草一本も生えていない。遠くに再び固まって針葉樹が生えているのは見えるが、そこまでまっ平らだ。

見事なまでに雪が全てを覆い隠していて、その只中を突き進んでいる街道の敷石だけが白い世界にモノクロの色彩を差している。

そんな身を隠す場所が何もない場所だからか、それまで以上に一団が馬車を取り囲むようにして輪を縮めた気がする。


窓からそんな様子を覗いていると、ふと馬車の隣につけた騎馬にイーリスが乗っているのに気づいた。

今までそれに気付かなかったのは、イーリスが今まで見たことのない皮鎧をつけ、軽装だが兜を被っているからだ。

驚いた。

さっき休憩をとった時にはそんなものは付けていなかったと思ったが…。

ざっと記憶を辿ってみると、そういえばイーリスはリーンが着ていたような黒いコートを羽織っていた、と思いいたる。

兜は被っていなかったが、コートの下には皮鎧を着けていた、とそういうことだろうか。

そう思いながら視線をめぐらし、さらに他の兵士たちも同じくコートを脱いで鎧姿になっているのに驚く。

…よくよく注意して見ると、兵たちの顔つきが強張って…?


「…なぁ、リーン。」


何か知っているかと思って目の前の侍女長に声をかければ、その体がびくりと震えたのにこちらが驚いた。

まじまじとリーンの顔を覗き込むと、瞬時に動揺を押し隠したようだったがかすかに頬が硬くなっているのに気付く。

その違いがわかる程度にいっしょにいるのだな、と頭の片隅で思いながら、これは何かがおかしいとも思う。

…ちょっとカマをかけてみるか。


「イーリスが軽装とはいえ鎧をつけているのは初めて見たよ。いや、今外を見たらみんな付けていたんだがね?…それに、配置も変わっている。皆、何かを警戒するみたいに緊張しているようだ。」


何気なさを装って、敢えてリーンには視線を向けずに喋る。

視界の端で、リーンが身じろいだのに気付くがそのまましばし。


「……何があっても、我らがお守りします。この命に誓って、お守りします。」


「私だけ仲間はずれは酷いじゃないか。はぐらかすのかい、リーン。」


のろのろと口を開いた割には決然と言葉を紡いだリーンに構わず、さらに畳み掛ける。

別段何がわかっているわけではないが、ただ客観的に見て変わった部分を並べ立てただけでこの反応だ。

隠し事があるのは明確だし、それがどうにも危険を伴っているように感じられる。


『生物 ヒトの気配 敵意』


リーンが何か答える前に、バスケットから出て私の膝で丸くなっていたベルから伝わってきた言葉。


『…どのくらい?』


『40 雪 まぎれている  ナルミ 狙う 殺す?』


ぐぐ、と体を伸ばしたベルがこちらを見上げる。

首をかしげる姿はぬいぐるみそのままで可愛いが、考えていることは恐ろしい上に殺気が漂っている。

と、ひゅっと鋭く息を吸う音が向かいから聞こえ、リーンがベルを凝視して固まっているのに気付いた。


『ちょ、ベル。待て、殺すのは待った。ついでにリーンが死にそうだからその殺気もひっこめな。』


無言の抗議がベルから届くが、それでも従って凄まじい圧力が掻き消える。

それとともにリーンが肩で大きく息を吸ったのを認め、ひとまず安心。


「…敵襲があるんだね。それを、皆知っていたわけだ。――いや、あえてそうするように仕向けた、のかい?」


沈黙を返すリーンに、思わずため息がこぼれた。


英雄の出立を特別隠すわけでもなく、噂が漏れるままにしていた。

敵側の動きを知っていたってことは、相手の懐に連合軍の息のかかったものが入りこんでいて情報を流したか、それ以外に知る方法があるのか。

いずれにしろ、英雄を襲うにまたとない機会を自ら作り出し、敵をおびき寄せた、と。


なるほど、馬鹿ではないらしい。


まさか悪本人(ヒトなのかもわからないが)が現れるとは思えないが、この間のクレオのような捨て駒ではなく、40人という規模からしてあちらもそれなりに本気、ということか。

それならば、クレオよりも情報を持っていそうではある。


「責めるつもりはないよ。…先の雪原に40人、雪にまぎれて隠れている。イーリスに伝えてきな。」


「――っは」


瞠目したリーンは、すぐさま馬車の扉を開けると横を走るイーリスを手招いた。

何事かと驚いた顔をしたイーリスだったが、リーンから事の次第を伝えられるとはっとこちらに視線を移す。

促すように頷いてやれば、後悔と悲しみが入り混じったような顔をして馬上だと言うのに頭を深く下げてくる。


『なるみ 』


『…大丈夫さ。敵側の情報が必要なのは当然なことだしねぇ。』


そう、よくあることだ。

よくある、囮を使って目的を果たそうとする戦略。

囮が生死を問わない(デッドオアアライブ)のが基本だと考えると、今の私の待遇はおとり役として破格なんじゃないだろうか。

だがしかし、そもそも連合軍の総大将はイーリスなのであって、私がもし連合軍への協力を是と言ってしまったならば、私は最前線に立つべき存在になるのではないのか。

イーリスや、むしろこの世界丸ごとを守って、悪と第一線で相対する存在になるのではないのか。

今でこそ最重要人物扱いを受けているわけだが、まあそんなこともあって手中、籠の中から逃がしたくない気持ちはわからないでもない、だが、それでも。


…結局私が悪いのか。

自分の身の振りを決められないまま、保身に走って、イーリス達を仲間だとか言いながらも全ては話さず。

いや、そもそもは連合議会が英雄を復活させようとしたことが全ての始まりで…


ああ面倒くさい。

渦中にいなかったら全部丸投げしたくなるような、やり場のない感情が胸中に渦巻く。


じっと考え込んでいるうちにも、私にすら気配が読み取れるまで一行は街道を進んでいた。


『確かに40…この連合軍は20弱。こっちも少数精鋭だろうが、あっちも少数だ。馬鹿じゃないなら……どうするか。』


『なるみ 悲しい 皆殺し ?』


それイーリス達含めて皆殺しって意味だろ。

それはダメだ、なんでかって言うと私はイーリス達を曲がりなりにも大切に思っているからだ。

悪い奴らではないし、私は何一つ…何一つ?害を与えられていない、はずだ。少なくとも良くしてもらっている。

そんな彼らに、一度裏切られたからと言って――


裏切られたと考えることすら、私にとってはおこがましい、か。


でもこれでわかった。

私はイーリス達を見捨てることはできないだろうということが。

私は、英雄として戦わずとも、協力をするだろうことが。


「もうすぐで囲まれるよ。どうするつもりだい。」


両手を組んでその上に額を乗せて俯いていた私は、目の前で石のように微動だにしなかったリーンへと視線を向けた。

そして唖然とする。


「なんて顔をしてるんだい…」


形容しがたい表情である。

鬼気迫る表情というか、死を覚悟しているというか。

この子、これが終わったら死んで詫びようとか思いかねない。そういう性格だと、知っている。


「誰が考えたことであれ、これは正しい選択だ。目的のためであれば手段は選ばない。汚い手でもなんでも使うべきだと思うね。」


どうにもヒトだから心は隠しきれないが、と付け足し、私は苦笑をリーンに送る。

許しを求めるなら許そう。

神族の英雄は、そういう存在であろうから。


「…ナルミ様、わたくしたちは…」


「苦しかったろう。でも今度からは、ちゃんと教えてくれるとありがたいね。私は…連合軍に協力をしようと思うから。」


リーンが目を丸くして口もあけっぱなしにするなんて表情を作るのを初めて見た。

しかも、普段なら表情が崩れてもすぐに立てなおすこの侍女長が数秒そのまま固まるとは。

けれど、それは外から聞こえた一つの剣戟の音で掻き消える。


包囲網のように布陣していた敵方の囲いに入ったようだ。

一撃目が合図か、後は四方八方から襲い来る敵との乱戦が始まった。

怒号が飛び交い得物は金属の甲高い鳴き声をあたりに喚き散らす。


協力をするとは言ったが…いやはや、やはり日本人は平和ボケしているとしか言いようがない。

神族の体を持ってしても恐怖があるのか、私の足と言わず体が震えるのを止められないのだ。


「…ナルミ様。わたくしたちが必ずお守りいたします。ご安心くださいませ。」


震えを誤魔化すために胸の前で組んだ両腕に、リーンが触れた。

ゆるりと擦られ、私は苦笑を返す。


「さっきからそればかりだね、リーン。」


嫌なわけではない。

頼もしい、嬉しい。英雄だから、大切な存在だから、それだけではないのがわかるから。

けれど、


「なぜ私が協力をすると言ったか。わかるかい?」


私は、この世界ですでに大切なものを見つけてしまったようだ。

簡単すぎる、嫌になるほど簡単に大切だと思えてしまう。


「私も、リーンやイーリスや…連合軍の皆、それを守ろう。この敵襲は私を狙っているんだろう?なら、」


私が出れば済むことだ。


情けなく震える体は武者震いだ。

なぜならば、自分の奥底で感じる本能が声高に叫んでいるのがわかるから。

殺せ、と。

喰い尽くしてしまえ、と。


呆れるほど理性もへったくれもないこの衝動を感じるに、神族はやはり傲慢な種族であったのではないかと頭の片隅で考えて、

私は馬車の扉を開け放った。



アクティブというよりアグレッシブな鳴海おばあちゃんの命運やいかに。

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