第四話:3
この回、もしかしたら読者様の好き嫌いが分かれるかもしれません…。
「じゃ、とりあえず姿を隠してついていくから。何かあれば即座にあんたの名前出すからね。」
「はいはい。それじゃ、殺されないように…ああ、あと誰も殺さないように。気をつけて隠れてなよ。」
「その辺は信用してよ。仮にも一流なんだからさ。」
ひらりと奴が片手を振ったその瞬間に、話は終わったとばかりにクレオの気配が掻き消えた。
次瞬には厨房の天井裏あたりに現れたため、大方なにか食べるか飲むかしに行ったのだろう(最初こそ私が夜食やおやつと称して食事を運んでもらっていたが、不名誉な噂が立ち上りそうだったため自給自足してもらうことにした)。
しばし気配を探っていたが、特に何か変な事をしでかす様子はない――クレオを全面的に信頼しているわけではないのだ――ため、意識をふっと緩める。
このまま得意の転移で敵側に情報を漏らそうものならイーリスに告げ口に走るところだった。
…そういえば、目立たないようにする必要はないのだろうか。
この神殿にいると感覚がわからないが、現在ちまたは初春らしく、参拝者も少ないがいないわけではない。
そういったヒトビトと顔を合わせないようにと配慮はされているが、いつどこで噂が漏れるかわからない。
旅立ったと知れたら、クレオを雇った奴らも動きやすくなるのではないか。
『なるみ』
「ん?」
ふと名前を呼ばれ、毛皮もといベルの顔を振り返る。
情報工作の辺は私が考えなくともイーリスやローガンが考えているだろうし、何かあれば私にも伝えられるだろう、と丸投げしておく。
『ノーケル 行く?』
『そうさ。まあノーケルを通って王都の連合軍本部へ行くんだが。…そういえば、ベルはどうするのかねぇ…。』
ベルの大きさだと馬車に乗らない。
歩かせる、のか?皆が怯えて仕事にならなさそうだが。
私に慣れるのとベルに慣れるのはまた別の話らしく、私のクッションと化している状態のベルなら近づけるが、自分で立って歩いている状態のベルにはまだ近づけないらしい。
なぜそこまで神獣が恐れ、いや畏れられているのか疑問に思ったが、話を聞き本を読むことで解決した。
今から100年ほど前に実際にあったことだが、一体の神獣をどこぞの国が怒らせたらしく、一夜で滅びたそうだ。
ありきたりだが納得せざるを得ない理由のため、みんなが腫れものを触るような態度をとるのも仕方ないかと思う。
それがベルにとって不快であるなら別だが(色んな意味で)、なんにも気にしてないベルの様子を見ている限り、特に何を言う必要もないかと思っている。
『ついていく なるみの側 ずっといる』
『…うん、ありがとうね。だが手段がいるだろう。ベルは歩いたり空間転移したり色々できるが、私たちは馬車で行くんだよ。』
一瞬の沈黙。
考え込んでいるようだが、何も手段について悩んでいるわけではない。
なぜ私がそんなことを気にするのかわからない、といった疑問が伝わってくる。
『…ベルはどうやってついてくるつもりだい?』
『どうやってでも』
そして尋ねても答えが捉えられないのには慣れたが、今回は周りのみんなの精神負担を考えると理解しておく必要があるだろう。
『いっしょに馬車に乗るのは無理だろう?歩くのかい?』
『? 乗る』
乗るって。
え?
私の知ってる馬車とは違うのか?
馬の引く、ヒトが乗ったり物を運ぶとか用途は様々だが、基本的に車輪がついているアレじゃないのか?
『ベル、馬車ってのはその大きさで乗れるものなのかい?』
『乗れない でも もうちょっと小さくなる 乗れる』
……小さくなる、とな?
『小さくなるって、どういう…?』
『こういう』
するするする、と衣擦れのような、ベルの銀の体毛が絨毯を擦る音が背後で聞こえ、同時に背中を支えていたもふもふが消失していく。
さすがに神獣といえど伸縮自在とは聞いてない、と慌てて(慌てる必要はないが)後ろを振り向くと、やはり慌てる必要があったと言える光景が広がっていた。
「中くらいがこのくらい。」
頭の中ではない、文字ではない、きちんとした音で聞こえたベルの声に再び慌てる。
私の後ろで片膝を立てて座り込んでいるのは、銀の長髪を背に流した中性的なヒトだったのだから。
修道士が着るような形の、ベルと同じ毛皮の色をした服を身につけているこのヒトは頭に角まで生えて、瞳もベルと同じ透明感の強い紫。
「………」
「小さいのが、」
さらに慌てなければならない事態が起こった。
言葉に続いてまたベルが縮んでいき、12歳くらいに見える子どもになった。
言い忘れたが、大人型も子ども型も大変美しくてテンプレ過ぎて何も言えない。
「このくらい。もっと小さいのが、」
どう言葉にしていいかわからない。
大きささえ変えればいいと思っているのか、いや大きさを気にしているような発言をしたのは私だが、
最終的にベルはふわっふわした毛を纏った毛玉のような獣になった。
全ての動物の赤ん坊は庇護欲を掻き立てられる姿をしているのだと言うが、これ以上可愛い獣を見たことがない。
もうどう対応すればいいのかもわからない。
『このくらい』
獣から大人のヒト、大人から子ども、子どもから幼獣へと姿を変えたベルは、最後の姿のままで私の頭に言葉を伝えてきた。
さも当然のように振られる尻尾が、大きい獣の姿だったときのように重力を無視したような動きをするのを眺めながら、私は考えることを放棄した。
『よし、わかった。あんたは馬車に乗って一緒に行けるんだね。』
『そう』
認められたのが嬉しいのか、ちびベルはとてとて(擬音語は私が決めた)とこちらに近寄ると、見た目より軽い体で膝に乗って丸まる。
もうキャパシティオーバーしているからどうでもいい。
そういえばヒト型の時に耳としっぽがあって大変その筋の人間に受けそうだとか思いだしたが、断然私はこのちびベルを推奨する。
ふわっふわや!ふわっふわやぞ!
『…なぁベル、その姿で何か弊害はないのかい?』
例えば能力が弱くなるとか。
もしそうだったら、ベルの安全のために(ベルにちょっかい出そうなんて馬鹿はいないと思いたいが)何か考えなければならない。
『ない』
ないのか。規格外だな。
神獣について調べなかったわけではないが、縮めるとかヒト型になれるとか、そういった能力的なものは一切書かれていなかった。
かろうじて、神獣は銀色をしていて体のどこかに黒い文様をもつと知った程度。
カラフル過ぎて銀をもつヒトがいないことに気付かなかったが、なるほど、赤緑青まで居ながら銀はいなかったと思いだす。
文様というのは…ベルの額にある、二重になったさすまたの刃ような形(神秘性のかけらもない例えで申し訳ない)をした黒い毛の生えた部分だろうか。
ちびベルの額を覗き込み、やはり大型だった時と同じ形のそれがあるのを確認する。
「……なんていうか…ここはアレだねぇ、よくあるパターンだねぇ…。」
獣が人の姿に。選ばれた存在に現れる文様。
出来過ぎているような、そういうものであると言われればそういうものかとも思うけれど。
慣れたと思っていたが、この世界が、自分が、現実はどこにあるのか、存在が心もとなくなるような不安を煽られる。
『なるみ』
いつのまにやら思考の渦にのまれていたのか、はっと目を上げると目の前にどアップで銀の毛玉が鎮座していた。
小さなままのベルが、私の膝の上でお座りをしてこちらを見上げている。こころなし心配そうな顔をしている、ような。
くっそ可愛い…!
「ああやめやめ!どうせなるようにしかならないんだ、ねぇベル。」
小さなふわふわした体を持ち上げ、宝石の輝きを持つ紫と目線を同じくする。
しばし探るような意識を向けられるが、ベルは結局何も言葉にせずに是、と返した。
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もふもふが好きだとおっしゃって下さった方に全力で土下座。
ベルは実はヒト型になれるとかそんなファンタジー設定、いらん!って方…申し訳ございませんでした…。