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第四話:2

もふん、と毛皮に背中からうずまる。

空調のおかげでこの図書館の中は外気温と比べて過ごしやすいが、毛皮にくるまるとその暖かさにほっとする。

もちろん、背後の銀色の毛皮が生きているからであるが。


「さて…ノーケル、と。」


改めて開いたのは、先日もお世話になった地理についての雑誌。…平たく言うとアレだ。じゃら○的なアレ。

神殿の図書館にあっていいものなのか定かではないが、なぜか膨大な蔵書数を誇るこの図書館には雑誌コーナーも完備されている。おかげで今年のシュエルタンのトレンドがファー付きのコートというのも知った。ファーコート着てるぞ。ナイス侍女ズ。


話がそれたが、北端の町・ノーケルを含む北方の観光名所や名物、地図なんかが書いてあるこの本は、鵜呑みにはできないにしろただの地理誌よりも現在の情報としてあてにすることができる。

というのは現代人としての私の認識であるためなんとも言えないが…。


とにかく、ノーケルだ。

さすがにカラー写真で紹介、なんてものはないが、かなり精巧な絵らしきものが白黒で書いてある。

それらの説明を読み進め、この地が天然の要塞のような作りであることに気付いた。

霊山エバーアリシア。

夏場でも夜間は氷が張るほどの寒さと、地を這う様な低い樹木しか根付かない極寒の大地。

そこに生きている生物は限られ、神殿周囲は霊山のヒトの行く手を拒むような険しい絶壁がほとんどを占め、唯一整備された街道がかろうじて門戸を開いている。

その街道を下り、北へ北へと進んでいくと針葉樹の森が姿を現し、やっと小さな集落が見えてくる。

窓から見た時は森を近場に感じたが、森まで行くのにも割と大変そうだ…道を選ばなければ直線距離はずいぶんと近いのだろうけれど。

2,3の集落――特筆することがないのか、とにかく自然押しで紹介されていた――を越え、白銀の大地を抜け、街道をさらに進むとノーケルにたどり着く。

北端の町で海に面しているノーケルは、海産物(ありきたり)と犬(?)が名物、らしい。

犬といっても食べるわけではない。犬を食べるなんてかわいそうとは言わないけれど違和感を覚える人種な私にとっては嬉しい限りだ。

犬、犬ぞりを引かせたり労働力として重宝するタイプの、大型で寒さに強く、死んでも毛皮として活用できる犬種。

絵を見る限りでは、ポニーくらいの大きさはあるんじゃないかと思う。

元の世界でもギネスに載ってる犬はそれ以上あったから、多分そうおかしいこともない、んじゃないか。


「何?旅?」


「……ああ。忘れてた……」


ひょい、と、だいぶ神獣という存在に慣れたらしいクレオが、雑誌の上から顔を出した。

ついこの間までは毛を逆立てた猫みたいにベルと対峙していたのに、ヒトは変われるものだ…。


「何、忘れてたって。まさかオレのこともう忘れたの?やっぱり死体の脳って一回腐っちゃって使い物にならないわけ?」


「あんたアレだね、親しくなると遠慮がなくなってくるね。まあいいが…。」


こんな言葉を私に吐いてるのを見たら、イーリスあたりが目くじら立ててる姿が思い浮かぶ。

なんてこと前も思わなかったか。クレオのこういう態度、もう出会ってすぐから変わってないってことか。


じゃなくて、忘れていた。

こいつのことを。


「旅っていうか、ついに連合軍本部へ出向くことにきまってねえ。」


「ふぅん…? それで、何を忘れてたって?」


「あんたのことさ。あんた、ついてくるんだろう。私を飼い主に決めたなら、ついてくるよね?」


別についてきてほしいと思ってるわけでもないが、ちょっと脅すような口調になってしまった。

クレオは奇妙な顔をして私を見下ろす。


「ついていくけど…、で?何をあんたは悩んでるのさ。」


何って、


「あんたがどうやってついてくるのか、さ。馬車で行くんだよ?道のりの高低差を生かせば後ろから気付かれずについてくることは可能かもしれないが、ここにいる時よりもっとばれやすくなるだろう。」


まさか一団に紛れ込むわけにもいくまい。

神殿にいる連合軍の兵士全員と顔見知り程度にはなったのだ、私ですら神殿の信徒と見分けがつくのだから、彼らにそれができないはずもない。

どこかから物資やヒトを運ぶ人員を雇う可能性がないとも言えないが、混ざるにしても危険じゃないのか。


「あー。まぁ…ちょっと骨は折れるけど、転移するとかも出来るし。オレが逃げるかもしれないとか思って…ないだろうけど、何か気になるなら毎日あんたが一人になったら顔を見せに行ってもいい。」


「転移、ねぇ…。あんたよく使うよね。それって他のヒトは一緒に飛ばせないのかい?」


「死ねって言ってる?いかにオレが『魔の』の称号持ってるからって言って、他人と一緒に陣もなく…ノーケル?あんな北端に移転できると?」


私の持つ雑誌に目をやり、ノーケルという地名を目にした奴は顔を露骨にしかめた。


「陣があればできるのかい?」


「陣があればね。けど転送陣は専門の術者しか使えないし、なんとかネットワークにもぐりこんだとしてもオレだってばれるし。ばれると厄介なんだよね、色々と。」


ちょっと誇らしげに言うことじゃないと思う。

いっそ魔術の腕と敵の情報をもつことを武器に紹介してしまおうかとも思ったが…微妙だ。

このままクレオの存在を隠しておいてもいいが、いずれは紹介しないと…間違って殺されかけないとも限らないし、クレオが一流だと自他ともに認めているってことは、つまり発見者も危険だ。


「…なにより、切り替えが面倒なんだよねぇ…」


「本音そこしかないでしょ。」


ただでさえ重大な秘密を抱えている身で、正直他に配っている気なんて持ち合わせてない。

クレオと連合軍の面々が仲良く、とまではいかなくても顔を合しても臨戦態勢を取らない程度になってくれれば、私の心的負担も減ると思うのだが。


「オレは別にどっちでも構わないけどね。英雄の懐刀みたいな立場も楽しそうだし。」


本人は特に何も気にしてない風に笑って、一番近い位置にあった机にもたれかかった。

そんな力はいらない、とも言ってられない程度に面倒な立場にいることはわかっている。

…なら懐刀には事実を明かすべき…いや。

だめか、クレオは英雄についてきているんだから、そのラベルが剥がれてしまえば離れて行きかねない。

暗殺者なんてものがどんな職業か知らないが、イメージとしてプロ意識がきわめて高い特殊職業、みたいな気がする。

前提としているものがなくなってしまえば、簡単に手の平を返すような…事実、クレオは雇い主に裏切られたことで、よりにもよって殺そうとした私の側にやってきた。


「……はぁ。もう、いいや…あんたはこれまで通り、他の人に姿を見せないように。ばれたら全力で無害を主張して…英雄の名前を使うかねぇ…。」


結局現状維持としか結論が出せずいささか投げやりに言えば、クレオはその若い外見に似合わない悪人顔で嬉しそうに笑った。


「いいね。あんたのそういう、手段を選ばないとこ好きだよ。英雄って言うからどんな偽善者かと思ったけど、だいぶ悪…っ失言だった。」


自分で口を滑らせておいて、気まずそうに顔をしかめるクレオ。

大方悪に近いとかなんとか言いたかったのだろうが、日本でそうそう本来の意味を込めて使われない『悪に染まってる』とかそういう言葉、こちらではものすごい侮辱の言葉ととらえられるようだ。

しかも相手が悪を倒した張本人となれば、まあ張本人側からしたら屈辱にすら感じるかもしれない。

違うからなんとも思わないが。


「…構わないさ。それじゃ、懐刀は懐刀らしく、あんたの知ってるノーケルについて教えてもらおうかね?」


半分以上ふざけて言ってやれば、目を丸くしたクレオは直後、にやりと唇をゆがめた。

まさか懐刀と、言葉だけではあるが認めるとは思わなかったのだろう。


「あんたのそういうとこ、好きだよ。で…ノーケル、ね。えーと…何度か行ったことあるよ、ただ仕事じゃなくて中継地点だったけど。」


あんた殺しに来る時もあそこの転送陣使ったし、とクレオはいらんことをつけたしながら首をひねった。


「大きさはそれなりにあるよ。北の大陸との玄関口で交易地点だから、珍しい物も多い。転送陣があるから治安もそこそこだしね。名物の海の幸の中でも、ガラス貝は特産。西の職人町・カッサとはガラス貝の細工品の関係で仲がいい。…あと…犬が多い。あの町の自警団には犬だけで構成された部隊があるそうだよ。厄介だよね、人間じゃごまかせるくらい匂いを消しても嗅ぎつけるんだから。」


それは後ろめたいことがある人間特有の感想であって、一般人にとっては何ら問題はない。むしろ歓迎できる。


「なるほどね。やっぱり雑誌より聞いた方がわかりやすいし情報も多いか…。」


別にじゃ○んを馬鹿にするわけではないけれど、割と情報に抜けが多い。この世界に、この思いっきりファンタジックな世界に、雑誌なんて画期的なものがあることが驚きではあったがその程度かとも思う。


「…で、他に何かききたいことある?」


「今は特にないねぇ…。そういえば、昼ころの議事堂での会議には参加しなかったんだね?」


主に天井裏(特等席)で。

こいつ、昼間どこにいるのか知らないが私がイーリスやローガンなんかと接触する時は割と近くにいることが多いのに。


「参加したかったけど…結界と盗聴防止の術が幾重にも張ってあってさ。さすがに全部すり抜けるのは難しっ…出来ないことはないけど。…あんたから聞けるかと思って入らなかったんだよ。」


あの時の話し合いがノーケル通って王都へ、ってことか。とクレオは納得していた。

ヒトのことは言えないが、こいつも適当なやつだ。




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