第三話:英雄と、
――人は器用なだけの矮小な生物と言われ
――魔は力があっても使う器がないと言われた。
――神を名乗った民族はすべてを持ち
――そして今を生きてはいない。
異世界生活3日目、図書館で本を見つけた。とても興味深い本を。
なにやら研究書とかはたまたエッセイとか、そういった作者の独白の類のようだが表題が『神族の笑い』。
この身体をクレオは神族と呼んだ。
だからおのずと英雄関連、神族関連に目が行ったわけなんだが…
「………。」
『なるみ?』
だんだんと深くなっていく眉間のしわに伴い、私の不機嫌も加速していく。
それに気付いたのか、不安げな感情を滲ませながら私のクッション状態になっているベルが頭を起こした。
『…ベル、私は…いや、この身体は神族ってやつなのかい。』
――白い髪を持ち、瞳は金色。
皆美しい容姿をして、何より強い力と知恵を持った種族だった――
『神族』
どきっぱりと肯定の意を返され、私は力なくもふっと背後の毛皮に埋もれる。
手に持った本がその拍子に膝に堕ちたが、それを気にしている気力もない。
――しかし彼らは現代に残ってはいない。
なぜなら――
…つらつら色々と理由が述べてあるが、全て自己解釈の元言ってみるならば神族は自己中だった、で終わる。
他族を見下し、神の一族と自分たちを名付け、傲慢で自己愛の塊で快楽主義。
まあ夫婦間の愛情には目を見張るほどだったらしいが、そこしか美点がない。
そんな神族たちは、繁殖率が低かったそうだ。
基本一匹狼で、夫婦になることそのものが珍しかったという。
しかも夫婦間の絆は固いくせに子供に関しては淡白で、12歳で成人だという。
寿命は長かったらしいが、正確にはわからない。
とにかく、そんな彼らは、まさに盛者必衰とでもいうように自然淘汰されて消えていった。
膝を意外に強打して落ちた本の裏表紙を開いてみる。
日本の本にはここに発刊がいつであるとか、著作権云々が書いてあるものだ。
この世界で通じるのか不明だったが、実際そこに求めていた情報が日本より少ないながら印字されていて、行きつく場所は一緒なのか、と私はひとり納得する。
表紙も紙も、読まれる回数が少なかったのかあまり擦れてはいないが古い匂いと日焼けが目立つこれは、約500年前に書かれたものだとわかった。
それの第154版。この本自体が印刷されたのは30年程前らしいが、どれだけベストセラーなのかとツッコミを入れたい。
少しだけズレとか擦れの見える文字でつづられているのは、神族を他の種族から見ての皮肉。痛烈な、皮肉だ。
他にも神族を扱っている書籍を読んでみたが、古くても新しくても似たり寄ったりのことが書いてあった。
こんな種族であるとみんなが認識しているのなら、そりゃあ一線引きもする。
ただ単に英雄だからと遠慮されたり他人行儀だったりするのかと思っていたけれど、違うのだ。
神族というこの身体が、そもそも遠慮されて他人行儀にされる要因を持っている。
「……ベル。これは忌々(ゆゆ)しき事態だと思わないかい。」
あまりお近づきになりたくないと思う神族の民族性については理解した。
まあ日本人も外国人からしたら顔をしかめられるような民族性を持っているわけだから、あまり神族を悪く言う気はないが。
他の種族が束になってもかなわないような力を持っていたということで、つまりそれで英雄なんてものにもなれたのだろう。
だがあくまでそれは中身も神族だったらの話だ。
今は神族とは似ても似つかぬ日本人が中身に入っている。
「神族のイメージアップを図らないといけないね。というより私の。」
味方は多い方がいい。
打算無しで味方についてくれるヒトが全てならそれはもうもろ手を挙げて歓迎するが、打算があっても味方についてくれる人間が多いに越したことはない。
特に、私のような危ない橋を渡っている奴にとっては。
それに。
――神族を語る上で、触れておかなければならない存在がある――
そう前置きが書いてあって、終章のひとつ前に補足事項のように突っ込まれている“英雄”についての章。
もっとも有名な神族として、カルカ――英雄についての考察が載っていた。
神族たちを曲がりなりにも研究して書かれたらしいこの『神族の笑い』作者から見ると、英雄は異端らしい。
私もそれは思う。
本を読んだだけで神族を知った気になるつもりはないけれど、火のないところに煙は立たない。
真実の一端を伝えているだろう神族についての研究書を読む限りでは、神族が「故郷を救う」なんて理由で悪を打ち倒しに向かうとは到底思えない。
それでもカルカが悪を滅ぼしたのは事実であるらしいし、つまりカルカは変わり者ということだ。
そんな変わり者と思われる英雄だから、みんなの戸惑いもひとしおなのではないだろうか。
けれどそれは他の神族がどうあれ、英雄についてはイメージを変えやすいということだ。
だいたい、倫理的にしっかりしてればヒトは好感を持って受け入れてくれるもの。
自分で言うのもなんだが、ちょっと気に入ったものを虐める癖がある以外は悪い性格をしていないと思うのだ、私は。
よって、日本人らしく事なかれ主義平和ボケ長いものには巻かれろで味方を増やしていこうと思う。
新たなる決意とともに、昨日200ページくらい読んで挫折した分厚い歴史書を机から取り上げる。
皮肉たっぷりの『神族の笑い』は反面教師的な意味で愛読書認定しておき、ずっしりと重い歴史書を溜息とともに開いた。
と、そういえば。
この世界に時間という概念はきっちりあった。
というか時間の概念がない世界なんて存在するのか疑問だが、まあこうして異世界トリップしている身としてはどこかにどんな世界があってもおかしくはないと実感している。
そしてこの世界の時間だが、1時間は60分、1分は60秒と数えることは同じだが週というものが存在しなかった。
30日単位でひと月。気候や天文的にずれを修正するためにその年その年で年末に5日をはさむ。一年は365日で地球と同じだ。
しかし時計は…とてもファンタスティックとしか言いようがないが、壁にかかっているタペストリーのような布がソレだった。
何を考えて布にしたのかまったくわからないが、その布地の上に糸で現在の年月日時刻と織り込まれている。刻一刻と勝手に変化していく糸の位置に一種薄気味悪さすら覚えるが、生まれてからずっとこれに慣れているイーリス達は何とも思わないらしい。
幸いなのは二千年前にはあまり普及していなかった技術らしく、私が引き気味なのを見ても誰も不思議に思わなかったことだろうか。
まあなんにせよ、時間の概念がなかったら二千年前とか言えるはずもない。
「にしても…まあよくわかりもしてないのにでかでかと…」
開いた歴史書の、始まりから167ページ目に堂々と載っている二千年前の出来事。
グラッタ歴、と現在呼ばれている暦は、ちょうどこのページから始まっている。
それ以前のことは本当におおざっぱというか、いつ頃に何が起こったとか、それ以降と比べると雲泥の差としか言いようのないくらいに歴史の情報量が違う。
この境目というべき年は、つまり悪が滅び英雄が誕生し、そして同時に死んだ年だ。
ものすごく丁寧に始まりの年というかその日について書かれている…が、イーリスに教わった以上のことは何も書かれていない。
英雄が悪を滅ぼし、世界は救われた。
『ナルミ 嫌い?』
相変わらず主語のない問いかけをしてくれるクッション、もといベルに瞬間頭を悩ませる。
『……何が?』
結局悩んでも主語がわからなかったため、素直に尋ねることにした。
ベルと一緒にいるようになって2日目であるが、こいつとうまく付き合っていくコツは素直になることだと学んだ。
何度となく要領を得ない問答を繰り返すうち、こちらから気を遣って回り道をするとこいつはこれ幸いとばかりにとんでもない道草を食ってくれることに気付いた…つまり、ド直球にいけ、ということ。
『本 カルカ 英雄のこと 載っている』
…それでも自分の想像力というか補間力というか、そういった類のものが試されている気がしないでもないが。
『……ああ、私がこの本読んでて難しい顔になってるから、英雄についての話が嫌なんじゃないかって思ったんだね?』
ふわふわ、と尻尾が視界の端で揺れ、肯定を伝える。
というかこいつの尻尾、妙にくねくねしてて細いし長いし、別の生き物みたいに動いてるんだが大丈夫なんだろうか。
尻尾の長さとベルの体長が同じくらいってどういうことだろう。
っていうか、だいたいにして前足と後ろ足の形が違うんだがなんなんだ。前足は4本指だが拇指対向してるし、後ろ足は犬や狼を連想させる。
しかも角は2本かと思いきや4本だし。
謎は謎を呼ぶとばかりに地球産の生物としてはありえない形をしてくれているベルの姿をまじまじと観察し…
返答を待っているベルに気付いた。
『あ。…悪いね、ちょっと気になることがあって。…まあそりゃあね、神族関連の本にもなんかやたらにこの…英雄について書かれているしさ、歴史書にもあるし…なんだろうねえ、変な感じだよ。歴史に残る偉業を成し遂げたって思われてるんだろ?ああ面倒な。』
面倒な、それは正直な私の気持ちだ。
この世界、この立場から逃れられない以上ついて回る英雄の名前。
目覚めた理由も併せて考えると、まず安全圏にはいられないだろう。
だがそんな、悪を退治してくれなんて無茶ぶりにもほどがある。
中身がもうちょっと頑張れば100歳だったお婆ちゃんなのだから、いくら英雄、神族の体をもってしても越えられない壁があるに違いない。
だからこそ味方を増やすなんて手法をとって、他力本願な力の蓄え方を考えているのだから。
『消す?』
ベルが味方に付いた時点で怖いもの無しな気がしてきた。
消すってなんだ、消すって。物騒な事言うんじゃない。
『本一冊消すって意味だね?本一冊くらいの規模のことだね?そうだと言っておくれ私のためにも。』
『 そう』
間が気になる。
何を消す気だったのかも気になるが、答えを聞くのは精神衛生上良くない気がする。
ああよし、お勉強してはやく世界に慣れようそうしよう。
不服げにたしたしとベルの尻尾が絨毯を叩くが、なだめるようにベルのふさふさの毛並みを撫でてやると大人しくなった。
こういうところは可愛いのにまったく末恐ろしい獣である。
お久しぶりになりました。
今回は鳴海さんが自分の居場所を作るために奮闘するお話です。
ちょっと説明文が長くなりましたが、流し読んでいただければと思います…。