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婚約破棄されたら代わりの立候補者が次々現れて困ってます

作者: 風風風虱
掲載日:2026/01/20

 婚約破棄というものは、もっと静かに行われるものだと思っていました。

 少なくとも私は、そう信じて疑っていなかったのです。


「――以上の理由により、この婚約は破棄する」


 王子はそう言って胸を張った。

 会場はざわめき、視線が一斉に私に集まる。


「……あ、はい」


 私は反射的に頷いた。

 正直なところ、理由の半分くらいは想定内だったし、残りの半分も今さら驚くほどのものではない。


(ああ、これで終わりね)


 そう思った、その瞬間だった。


「では、彼女の次の婚約者候補に僕が名乗りを上げましょう」


 涼しい声が横から割って入った。

 王子の隣に立っていた――彼の弟である第二王子だった。


「兄上が婚約を放棄なさるのであればそれはそれでよし。

でも王家としての責任は僕が引き継ぎますよ」


「……え?」


 思わず声が漏れた。

 第二王子はにこやかにこちらを見る。


「ご安心ください。僕は、兄上よりは誠実ですし、政治的にも――」


「ちょっと待て」


 王子が顔を引きつらせた。


「お前、何を勝手なことを。これは個人の判断でどうこうするものではない」


「個人の判断? じゃあ兄上は誰の判断で婚約破棄をしたんです?」


 第二王子は首を傾げる。


「そもそもこの婚約が結ばれた理由を、兄上はお忘れですか?」


 会場の空気が、ひやりと冷える。


(……あれ、私の婚約ってなにか秘密があるの?

なんかこれ、国家案件の匂いがするけど……私、なんかしたっけ?

まったく思い当たらないわ。でも、とりあえず聞いておこうかしら……)


 私は一歩引きながら、内心でそう思った。


「ええと……」


 場の沈黙に耐えきれず、私は手を挙げた。


「確認してもよろしいでしょうか」


 二人の視線がこちらに向く。


「私は、今しがた婚約を破棄された立場でして」

「はい」


「その直後に、弟殿下が立候補されているわけですが」

「その通りです」

「……これ、私の意思は、いつ挟まれる予定でしょうか」


 一瞬の沈黙。


 第二王子は目を瞬かせ、王子は視線を逸らした。

 そして二人とも黙り込む。


(あ、ないんだ)


 私は悟った。


 その時、奥の席から落ち着いた拍手が響いた。


「実に興味深いですね」


 振り返ると、王立魔法院の天才と名高い若き魔法使いが立ち上がっていた。


「国家の安定、王権の均衡、魔力供給網――総合的に判断すると、この件、吾輩にも無関係ではありませんね。

いえ、こうなると彼女の次期婚約者候補は吾輩である、と思われますがどうですかな」


「……どうして、そうなるのです? 

吾輩さんと私ってどんな関係でしたっけ? 

確か、初対面かと」


 思わず聞き返すと、彼はにっこり微笑んだ。


「あります。その件についてはすでに論文を学会に提出済みです」


「論文……」


(私と吾輩さんの関係の論文……一体どんな内容?!)


 頭と胸が少し痛くなってきた。

 私は深呼吸して、心の中で呟いた。


(婚約破棄って……こんなに怖いものなの)



 その時だった。


 謁見の間の扉が、重々しい音を立てて開いた。


「北方大国ヴァルディア帝国、皇帝陛下――ご臨席」


 空気が、凍った。


 誰もが一斉にひざまずく中、私は反射的に立ったまま固まった。

 ヴァルディア帝国と言えば、世界有数の軍事力を誇る覇権国家。

 我が国は同盟国とは言え力の差は歴然としている超大国。

 そんなところの皇帝がなんでこんなところに来るの? 誰が呼んだの?

 聞いていない。

 私、まったく聞いていないよ。


「ふむ」


 玉座に近づいてきた皇帝閣下は、年齢の割にやけに精悍で、そして明らかに楽しそうだった。


「噂は聞いていたが……なるほど。婚約破棄とは、随分と騒がしいことだな。

その女の次期婚約者は余であるべきだと思うがどうだろう」


「陛下、何をお戯れを。

これは我が国の内政問題で――」


 王子が慌てて言いかける。


「内政?」


 皇帝は片眉を上げた。


「この婚約が破棄されたことで、金融、軍事、魔力供給網に影響が出る。

それを内政と言い張るのは、少々無理があると余は思う」


 第二王子が息を呑む。


「……まさか、帝国が介入するおつもりですか」


「介入?」


 皇帝は軽く笑った。


「いや、もっと簡単な話だ」


 そして、こちらを見た。


「この婚約を軽んじた結果、この国がどれほど脆いか――

 それを、世界に示すだけだ」


 ざわり、と不穏なざわめきが広がる。


「安心するといい」


 皇帝は穏やかな声で続けた。


「国を一つ潰すだけだ。再建の見本にもなる」


「……潰す、とは?」


 思わず、私は聞いてしまった。


 皇帝は、にこりと微笑んだ。


「国家を、だ」


 一瞬、頭の中が真っ白になる。


(ええと……今の話の流れ、どこからそうなったの?)


「婚約破棄が原因で国家が潰れる、という理解でよろしいでしょうか」


 私が確認すると、皇帝は満足そうに頷いた。


「そうだ。理解が早くて助かる」


(ごめんなさい、実は全然理解できてないです)


 第二王子と王子が、同時に声を荒げた。


「待ってください!」

「そんな話、聞いていない!」

「聞かれても困る」


 皇帝は肩をすくめる。


「そもそも、お主たちが婚約破棄など始めたのが原因だろう。

お主たちは自分たちの命綱を自ら手放したのだ。こうなるのも自然な流れだろう?」


 私はこめかみを押さえた。


(あ、だめだ。やっぱり理屈が追いつかない。

私って、いつからこの国の命綱になってたんだろう。全然自覚がない)


「念のため、もう一度確認させてください」


 私は、できるだけ落ち着いた声で言った。


「私は、婚約を破棄されただけの令嬢です」


「そうだ」

「国家を潰すことは、私の望みではありません」

「だが、私の望みだ」


 皇帝はきっぱり言った。


 その瞬間、私は理解した。


 (あれ~、私の次期婚約者候補の話ってどこいっちゃたんだろう)


「……あの」


 小さく手を挙げる。


「もし、その計画が実行された場合」

「うむ?」

「私、どこに住めばよろしいのでしょうか」


 一瞬の沈黙。


 皇帝は目を瞬かせ、やがて大笑いした。


「気にするな。些末な話だ」


 私にとっては大きなことだと思います、皇帝閣下。


(婚約破棄って……本当に、こわい)


――そのとき。


 謁見の間の空気が、ふっと冷えた。


 燭台の炎が揺らぎ、床に落ちる影が不自然に伸びる。

 誰かが笑う声が不気味に響き渡った。


「……何事だ」


 さすがの皇帝も驚いたように周囲を見回した。


 次の瞬間、影が剥がれるように立ち上がり、一人の男の姿を取る。

 いや、男に見える何か、と言うべきだろう。


 黒い角。

 赤く光る瞳。

 背後に揺れる、実体のない翼の気配。


「人の王よ」


 低く、重い声が響いた。


「魔王たる我がこの茶番を終わらせに来た」


 場内が、完全に凍りつく。


「婚約破棄だの、国家だの、実に瑣末」


 魔王は、ゆっくりと腕を広げた。


「争いを生み、憎しみを連鎖させる人類という種――

 ここで一度、滅ぼすのが最適解だ」


 (なんで~。なんでそーなるの)


 私は心の中で叫んでいた。


「待て」


 皇帝が口を開く。


「この国は余が滅ぼすといっておるではないか」

「国家だと? 知ったことか」


 魔王は冷ややかに笑った。


「国家を潰す? 再建する?

その前提となる“人”が不要だと言っておるのだ」


 王子が震える声で叫ぶ。


「な、何を言っている……!」


 ほんとそうって私はぶんぶんと激しく同意する。


「人類を滅ぼす。それだけだ」


 だけど、魔王様はまったく気にしてくれていないようだ。

 私は、深く息を吸った。


(……ここまで来ると、確認しないと怖い)


「すみません」


 思わず、手を挙げる。


 全員の視線が、こちらに集まった。


「一つ、質問してもよろしいでしょうか」


 魔王は、少しだけ興味深そうにこちらを見る。


「許そう」

「ありがとうございます」


 私は、できるだけ丁寧に言った。


「“人類を滅ぼす”とのことですが」

「そうだ」

「その人類に――」


 少しだけ、間を置く。


「私も、含まれますか?」


 沈黙。

 魔王は、目を瞬いた。


「……当然だ」

「ですよね」


 私は、素直に頷いた。


(なんとなく、そんな気はしていました)


「補足してもよろしいでしょうか」


 魔王は頷いた。


「私は本日、婚約を破棄されたばかりの令嬢です。

それでみなさん、なぜか私の次期婚約者候補として立候補されているのですが、

魔王様もそうなんでしたっけ?」

「そうだ」

「そんな状況で、ついでに人類滅ぼしちゃうってノリでよろしかったです?」

「そうなるな」

「魔王様、次期婚約者候補も殺すことになるんですがよいのです?」


 私は、少し声を強調する。


「悲しいことだが……」


 魔王はそこで言葉を曇らせた。


「お主が……人類ならば致し方あるまい。

人間とは、かくも悲しい生き物だな」


(……同意を求められた)


 婚約破棄って……本当に、どこまで広がるのかしら 


と、空が鳴った。


 正確には、世界そのものが軋む音だった。


 謁見の間の天井に、細かな亀裂が走る。

 光が差し込み、次の瞬間、重力の感覚が狂った。


「……これは面妖な」


 魔王が低く呟いた。

 天井が砕け散った。


 瓦礫は落ちなかった。

 代わりに現れたのは、空そのものを押し広げるように現れる巨大な瞳。


 黄金色。

 理性と災厄を同時に宿した、圧倒的な存在。


《久しいな、矮小なる者たちよ》


 声が、直接頭の中に響いた。


 魔王が、ゆっくりと息を吐く。


「……古代魔法龍か」


《左様》


 瞳が瞬き、空間が震える。


《婚約破棄という歪みを起点に、

 国家、種族、文明、世界の位相が乱れておる》


 私は、もう驚かなかった。


(あ、次はこれね)


《よって我は決定した》


 龍の声が、静かに宣告する。


《世界を――作り直す》


 王子が崩れ落ちた。

 第二王子は無言で天を仰いでいる。

 皇帝は……ため息をつく。


「なるほど。全面リセットか」


《そうだ》


 魔王が低く唸る。


「待て。人類滅亡は我らの領分だ」


《滅ぼすだけでは足りぬ》


 龍は冷静に返す。


《構造そのものが歪んでいる》


「構造……?」


 私は、恐る恐る口を開いた。


《婚約制度、血統主義、権力集中、

それらすべてが因果の絡まり、歪みを生んでいる

よって、世界を初期化する

種族も、国家も、歴史も、概念も》


(すっごいことになってきた)


 私は、手を挙げた。


「すみません……」


(うわ、すごく遠いな、もうちょっと大きな声じゃないと聞こえないかしら)


「えっと、すみませ~ん!」


 龍の瞳が、こちらを向く。


《何だ、人の子よ》


「初期化とのことですが~」


《うむ》


「私もぉ~、含まれますかぁ?」


 一瞬。


 本当に一瞬、龍は考えた。


《……含まれる》


「ですよね~」


 私は頷いた。


(今日だけで三回目だわ)


 なんかもっと多いような気もしないでもないけど、とりあえずそんなことにかかわっている場合じゃない。


「追加でぇ、確認してもよろしいでしょうか~」


《許そう》


「私は、本日婚約を破棄されただけの令嬢で~す」


《知っている》


「国家を潰すことも、人類を滅ぼすことも、

 世界を作り直すことも、望んでおりません

ざまぁとか考えてないで~す」


《お前の意思は関係ない。

婚約破棄による因果の歪みが問題なのだ》


「それは理解できま~す」


 私は、深く息を吸った。


「では質問を変えます」


《うむ》


「やっぱり、私の次期婚約者候補とか考えてられますか~」


《うむ》


「――あなた、私と面識ございましたっけ?」


 沈黙。


 龍の巨大な瞳が、わずかに揺れた。


《……ない》


「ですよね~」


 私は、静かに言った。


「では、なぜ私の婚約破棄が原因であなたの“世界調整”が起こるんですか~

私も消えちゃいますよ~」


 空間が静まり返った。


 魔王は口を閉ざし、

 皇帝は腕を組み、

 王子たちは完全に思考停止していた。


《……》


 龍は、長い沈黙の末に答えた。


《世界リセットだからだ》


「……リセットするとどーなるんですか~」


《……最初に戻る》


「最初に戻るって~、どういう意味ですか?」


《最初に戻るは最初に戻る、だ》


(え、それってもしかして……)


《ではリセットをする》


「ああ、ちょっとまって。まだ心の準備が……」


 龍の宣言で、空間が歪み、つぶれ、消えた……


 



「――以上の理由により、この婚約は破棄する」


 王子はそう言って胸を張った。

 会場はざわめき、視線が一斉に私に……



 私は、


「……婚約破棄って」


(……)


「本当に、こわいわ」 と呟いた。


 


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