第9話 クラスメイト動向③【賢者と錬金術師の研究訪問】
「お邪魔するよ、魔王くん」
「へぇ……ここが魔王の住処か。意外と趣味がいいね」
翌日。離宮の書斎に、二人の男子生徒がズカズカと上がり込んできた。
白衣を着た『錬金術師』円城寺創と、眼鏡の奥で知的な光を放つ『賢者』深見玲だ。
「……お前ら、インターホンって文化を知らないのか?」
誠は机に向かったまま、鬱陶しそうに振り返った。
「失礼いたしました、誠様。私が止める間もなく……」
アリアが申し訳なさそうに頭を下げる。彼女の手には箒が握られており、いつでも実力行使に出る構えだ。
「まあまあ、そう邪険にしないでくれよ。僕らは君と敵対しに来たんじゃない」
深見が眼鏡の位置を直しながら、興味深そうに誠の手元を覗き込んだ。
「君が昨日の騒動で、ドラゴンを物理法則ごと吹き飛ばした件について……学術的な興味があってね」
「そうそう! 君の『出力』の高さは異常だ。一体どんな理論で魔法を構築しているのか、僕らにも見せてくれないかな?」
円城寺が目を輝かせて詰め寄る。
誠は「はぁ……」と深いため息をついた。
「見てもいいけど、参考になんねーぞ」
「ふふ、謙遜を。僕の『賢者』スキルと、彼の『解析』スキルがあれば、どんな難解な魔導書でも……」
深見が自信満々に誠のノートを覗き込み――そして、固まった。
「…………は?」
隣で覗き込んだ円城寺も、ポカンと口を開けた。
ノートに書かれていたのは、異世界の魔法文字でも、数式でもなかった。
『イメージ:ここ(A)と日本(B)をワームホールで繋ぐ。ドアノブを回す感覚で、時空の膜を“グイッ”とやる』
その横には、下手くそなドアの絵と、その周囲を埋め尽くす狂気的なメモ書き。
『※シュワルツシルト半径の計算は面倒なので省略。事象の地平面は気合で突破する』
『※因果律の矛盾が生じた場合は、俺の魔力で“黙らせる”』
『※エネルギー保存則? 知らん。俺がルールだ』
「…………」
「…………」
沈黙。
深見の額から、タラリと冷や汗が流れる。
「……えっと、黒峰? これは……何かの暗号かな?」
「いや、見たままだぞ」
誠はペン回しをしながら、淡々と答えた。
「この世界の魔導書を読んだけど、まどろっこしくて訳わかんねーんだよ。詠唱とか印を結ぶとか。だから、結論だけ決めて、過程は全部スキップすることにした」
「ス、スキップ……?」
「ああ。例えば『火の玉を出す』じゃなくて、『そこの空間が1000度になれ』って命令する。理屈は後付けで、俺の魔力が勝手に現実に合わせてくれるんだわ」
誠は事もなげに言った。
それが、どれほど恐ろしいことか。
魔法とは本来、複雑な計算式と手順を経て、世界に干渉する技術だ。それを誠は、「答え」だけを書き込み、途中式を「魔力」という名の暴力で無理やりねじ伏せているのだ。
「ば、馬鹿な……! そんなことが可能なはずがない! エントロピーの増大を無視している!」
円城寺が頭を抱えて叫んだ。
「そうなんだよ。だからこうやって、一応それっぽい単語を並べてイメージを補強してんだ」
誠はノートの端にある『超ひも理論』や『多次元宇宙論』の用語を指差した。
「この辺の難しい言葉を思い浮かべると、世界が『あ、こいつ賢いから言うこと聞かなきゃ』って勘違いしてくれる気がするんだよな」
「気がする、で物理法則が変わってたまるか!!」
深見が冷静さをかなぐり捨てて突っ込んだ。
「くそっ……! 解析不能だ! 彼の術式には論理的整合性が皆無なのに、結果だけが成立している! これは『魔法』じゃない……『現実改変』だ!」
「ああっ、僕の脳が! 理解しようとすると知恵熱が出る!」
二人の秀才は、誠の「感覚派」すぎる理論(暴論)に触れ、脳がオーバーヒートを起こしてその場に崩れ落ちた。
「……大丈夫か? 保健室行くか?」
誠が心配そうに声をかけるが、二人は「うわごと言いながら」床を転げ回っている。
アリアが冷ややかな目で、彼らに「頭を冷やすための氷嚢」を乗せた。
***
数十分後。
どうにか復活した賢者と錬金術師は、やつれた顔で離宮を後にしようとしていた。
「……白金(勇者)に伝えておこう。魔王は、スライムに微積分を教えるより厄介な存在だと」
「ああ……。僕らの科学も魔法も、魔王には通じないよ……」
敗北感を背負い、トボトボと庭を歩く二人。
ふと、円城寺が足を止めた。
「ん? あれは……」
離宮の庭の隅。
巨大な影――エンシェントドラゴンが、丸くなって昼寝をしている。
その鼻先に、一人の小柄な少女が、忍び足で近づいていた。
「……小鳥遊さん?」
深見が眼鏡を押し上げる。
クラスのマスコット的存在、『魔物使い』小鳥遊萌だ。
彼女は、凶悪なドラゴンの寝顔を見ても恐怖するどころか、目をキラキラと輝かせていた。
「わぁ……。おっきい……」
萌は、涎を垂らしそうな顔で、ドラゴンの巨大な鱗に手を伸ばす。
「可愛いワンちゃん……! ねえ、お手できるかな? 肉球あるかな?」
「おい! やめろ小鳥遊! あれは猛獣だぞ!」
深見が叫ぶより早く、萌はドラゴンの鼻先に抱きついた。
「むぎゅーッ!」
『……!?』
ドラゴンが驚いて目を覚ます。
離宮に、新たなカオスの予感が満ちていた。




