第5話 クラスメイト動向②【聖女と遊び人】
北の離宮に、奇妙な平穏が訪れていた。
「誠様、お茶のお代わりはいかがですか?」
「ん、頼む」
午後のテラス。アリアが恭しくポットを傾け、琥珀色の液体をカップに注ぐ。
召喚から三日が経過していた。
当初の「いつ殺されるか」という極限の緊張感は、アリアの中から薄れつつあった。目の前の魔王――黒峰誠は、拍子抜けするほど無害だったからだ。
世界を滅ぼす気配もなく、ただ日向ぼっこをしたり、難解な記号(とアリアには見える日本語や数式)をノートに書いたりして過ごしている。
(……不思議な方)
アリアは誠の横顔を盗み見る。
白髪を「綺麗だ」と言ってくれた、初めての人。
その言葉の温かさを思い出し、アリアの頬が微かに緩んだ、その時だった。
「マコトっち~! あ~そ~ぼ~!」
「黒峰くーん! ヤッホー! 元気してたー?」
離宮の静寂をぶち壊す、場違いに明るい声が響いた。
「っ!?」
アリアは反射的に身を硬くし、誠の前に立ちはだかる。
「し、侵入者……!? 誠様、お下がりください!」
庭の生垣をかき分けて現れたのは、二人の少女だった。
一人は、派手なメイクと短いスカート、金髪を巻いた少女。
もう一人は、ふわふわとした栗色の髪に、聖職者の法衣を身に纏った美少女。
アリアの顔色が青ざめる。
彼女たちの顔は知っていた。召喚の儀式で、誠と対をなす「希望」として紹介されていた者たちだ。
『遊び人』蝶野瑠奈。
そして、『聖女』天音莉乃。
(聖女……! 魔王様の天敵! 討伐に来たのですか……!?)
アリアはガタガタと震えながらも、箒を構えて主を守ろうとする。
だが。
「あ、マコトっち発見~! やっほ~、ここマジでボロいね~ウケる~」
「黒峰くん、お邪魔しまーす。あ、お茶飲んでたの? 私も飲みたーい」
二人は殺気など微塵もなく、まるで放課後のファミレスに来たかのようなノリでテラスに上がり込んできた。
誠が露骨に嫌そうな顔をする。
「……お前らなぁ。ここがどこか分かってんの? 監獄だぞ?」
「え~? でも暇だったし~。男子たちみんな訓練で忙しそうだし~」
蝶野瑠奈が勝手に空いている椅子に座り、足を組む。
「警備の兵士はどうしたんだよ」
「ん? なんか全員、たまたま靴紐がほどけて下向いてたから、普通に通れたよ? ラッキーって感じ?」
「……相変わらずの運ゲーだな」
誠が呆れる中、天音莉乃がアリアの前に立った。
「あ……」
アリアが息を呑む。聖女。魔を祓う浄化の光。
その目が、アリアの白い髪と赤い瞳を捉える。
(浄化される……!)
アリアが覚悟を決めて目を瞑った瞬間。
「わぁっ! すっごーい!」
莉乃が目をキラキラさせて、アリアの手を握りしめた。
「か、可愛いー! 髪の毛真っ白だね! お人形さんみたい!」
「……は?」
アリアの思考が停止する。
罵倒でも、呪詛でもなく、純粋な称賛。
「え、あ、あの……私は、忌み子で……」
「イミゴ? よく分かんないけど、その色すっごく綺麗だよ! ねね、瑠奈ちゃんもそう思うよね?」
「あ~、確かに。マジ映えって感じ? カラコンとかじゃなくて自前? 超レアじゃん」
瑠奈がスマホ(圏外)を向けてくる。
「え、あ、うぅ……?」
アリアは混乱のあまり目を白黒させた。
彼女たちの反応は、誠のそれと同じだった。こちらの世界の「常識」が全く通用しない。偏見という概念が存在しないのだ。
「黒峰くん、いいなぁ。こんな可愛いメイドさんと一緒で」
「……あげるよ、お茶。アリア、そいつらにも注いでやって」
誠がため息交じりに新しいカップを差し出すと、莉乃は「わーい」と受け取り、アリアに微笑みかけた。
「私、天音莉乃。よろしくね、アリアちゃん!」
「あ……は、はい……よろしく、お願い……いたします……」
アリアは戸惑いながらも、その温かい手から逃げることができなかった。
***
その後、離宮のテラスでは異様な光景が繰り広げられた。
魔王、聖女、遊び人、そして元忌み子のメイドによる優雅なティータイムである。
「ねえねえ黒峰くん、肩凝ってない? 治してあげる!」
莉乃が誠の背後に回り、肩に手を置く。
「『ヒール』!」
淡い光が溢れる。聖女の治癒魔法だ。本来なら瀕死の重傷すら癒やす奇跡の御業を、彼女はマッサージ代わりに乱発していた。
「……おー、軽くなったわ。サンキュ」
「えへへ、どういたしましてー」
「マコトっち~、このクッキー硬くな~い? もっといいのないの?」
「文句言うなら帰れ」
アリアはその光景を、給仕をしながら呆然と見守っていた。
(魔王様と聖女様が、仲良くお茶を……)
世界の理が崩れていく音がする。
だが、不思議と不快ではなかった。誠がクラスメイトたちに向ける表情は、いつもより少しだけ年相応の少年のものに見えたからだ。
「……ふふ」
アリアが小さく笑みをこぼした、その時。
ウゥゥゥゥゥ――ッ!!
不穏なサイレンのような音が、遠くから響き渡った。
「ん?」
誠が顔を上げる。
離宮の外、生い茂る森の向こうから、ガチャガチャという大量の鎧の音が近づいてくる。
「……何だ?」
「あちゃ~。バレちゃったかな?」
瑠奈が舌を出す。
生垣の向こうには、武装した騎士団と、神官服を着た集団が殺気立って集結していた。
その先頭には、鬼の形相をした騎士団長と、青筋を立てた大神官の姿がある。
「聖女様をお救いしろぉぉぉっ!!」
「魔王め! 卑劣にも人質を取るとは……!!」
どうやら、外の世界では「聖女と遊び人が魔王に拉致された」という最悪の解釈がなされているらしい。
「……はぁ。うるさいのが来たな」
誠が心底嫌そうにカップを置く。
穏やかなティータイムは、やはり長くは続かなかった。




