第4話 クラスメイト動向①【勇者と聖騎士】
王城の裏手に広がる、石造りの演習場。
そこで、空気を切り裂くような鋭い音が響いていた。
「はぁっ!」
「ぬんッ!」
剣と剣が激突し、火花が散る。
一方は、屈強な体躯を持つ歴戦の騎士。
もう一方は、まだあどけなさの残る学生服の少年――勇者、白金洸だ。
「せいっ!」
洸が踏み込み、目にも止まらぬ速さで連撃を放つ。
騎士はそれを盾で受け止めるが、衝撃に耐えきれず数メートル後退した。
「……そこまで!」
審判役の兵士が声を上げる。
「み、見事ですぞ勇者様! 我が国の精鋭騎士を相手に、召喚二日目でこれほどの立ち回りを演じるとは!」
髭面の男――騎士団長が、感嘆の声を上げて駆け寄ってきた。
洸は肩で息をしながら剣を納め、汗を拭った。
「いえ……ステータスのおかげです。体が勝手に動くというか、ゲームのアシスト機能がついてるみたいで」
「謙遜を! その心構えこそ、まさしく勇者の器!」
騎士団長は目を輝かせ、バシバシと洸の背中を叩く。痛い。ステータス補正がなければ脱臼しているレベルだ。
「うおおおっ! 俺も負けてられねぇ! 筋肉が! 筋肉が唸るぜぇぇ!!」
隣の区画では、聖騎士のジョブを得た柔道部員、楯山剛が巨大な岩を持ち上げてスクワットをしていた。
「素晴らしいぞ聖騎士殿! その大胸筋、まさに歩く城塞!」
「あざっす団長! この世界、プロテインないのが残念っすけど、魔物の肉でパンプアップします!」
「うむ! 良い師弟関係が築けそうだな!」
騎士団長と剛が、暑苦しい笑顔でガッチリと握手を交わす。
洸はそれを見て、深くため息をついた。
(……馴染んでるなぁ、剛のやつ)
クラスメイトたちは、この異常事態に驚くほど順応していた。
「勇者」や「聖女」といった特別扱い。
レベルアップと共に湧き上がる万能感。
現代日本では得られない刺激的な体験に、多くの生徒が浮足立っていた。
だが、洸の胃はキリキリと痛んでいた。
原因はもちろん、あの「魔王」だ。
「……あの、団長さん」
休憩中、水筒(革袋)の水で喉を潤しながら、洸は切り出した。
「黒峰……じゃなくて、魔王の様子はどうなんですか? あいつ、本当に離宮に閉じ込めてるだけでいいんですか?」
その名が出た瞬間、騎士団長の表情が険しく引き締まった。
「……勇者殿。あの者は危険だ」
団長は声を潜め、周囲を警戒するように言葉を続けた。
「昨日の『謁見の間』での出来事、覚えているか? あの時、彼が放った殺気……歴戦の私ですら、肌が粟立つほどの重圧だった」
「え?」
洸は首を傾げた。
(殺気? 黒峰が? ……あいつ、単に『眠いなー』とか『帰りたいなー』ってボーッとしてただけじゃね?)
付き合いの長い洸には分かる。
黒峰誠という男は、基本的に省エネ主義だ。怒るとか恨むとか、カロリーを使う感情表現を何より嫌う。
あの時も、ただ面倒くさそうにしていただけだろう。
だが、騎士団長の解釈は違っていた。
「あの沈黙こそが、王者の風格。我々ごとき、歯牙にもかけぬという傲慢さの表れだ。うかつに刺激すれば、王都ごと消滅させられかねん」
団長は真剣な顔で、とんでもない過大評価を口にした。
「いや、あいつはそんなこと考えないと思いますけど……」
「甘いぞ勇者殿! 奴は『理の改変』という未知の権能を持っているのだ。バロン卿が吹き飛ばされたのも、彼が指一本動かさずに空間を捻じ曲げたからに違いない!」
「あれはバロン卿が勝手に突っ込んで自爆したように見えましたけど……」
「いいか、勇者殿。奴は間違いなく、人類史上最大の脅威だ。君たちが十分に育つまでは、決して接触してはならん。これは王命でもある」
騎士団長は洸の両肩を掴み、鬼気迫る形相で念を押した。
「はぁ……。わかりましたよ」
洸は曖昧に頷くしかなかった。
(これ、完全に誤解だよな……。黒峰のやつ、今頃離宮でゲーム機がないって文句言ってるだけだと思うんだけど)
とはいえ、この世界の人々にとって「魔王」という肩書きがどれほど恐ろしいものかは理解できる。
下手に弁解して、黒峰が処刑されるような流れになるよりは、恐れられて遠巻きにされている今の状況の方がマシかもしれない。
「おーい、白金!」
スクワットを終えた剛が、汗だくで戻ってきた。
「どうした? 辛気臭い顔して」
「いや……黒峰のこと、ちょっと心配でさ」
「ああ、黒峰か! あいつスゲーよな!」
剛はニカッと笑い、プロテインシェイカーの代わりに木樽の水を煽った。
「魔王だぜ? カンストだぜ? やっぱあいつ、昔からタダモノじゃねーと思ってたんだよ。体育の時間とか、いつもやる気なさそうだけど、実は力隠してたんだな!」
「いや、あいつは本当に体力ないだけだぞ」
「へへっ、俺も早くレベル上げて、黒峰と手合わせしてぇな! あいつのデコピンに耐えられるくらい硬くなるのが、俺の今の目標だ!」
「……目標の志が低くないか?」
剛の脳筋ぶりには救われるが、話が通じないという点では騎士団長と同じだった。
(はぁ……。俺がしっかりしないと)
洸は空を見上げる。
この異世界は、思った以上にカオスだ。
魔王(黒峰)の存在、王国の過剰な反応、そして浮かれるクラスメイトたち。
生徒会長として、そして勇者として、全員が無事に帰れるように立ち回らなければならない。
「……ん?」
ふと、視界の端に人影が映った。
演習場から見える城の裏門。そこから、こっそりと抜け出そうとする数名の女子生徒の姿があった。
その先頭にいるのは、ふわふわとした栗色の髪の美少女――『聖女』天音莉乃だ。
彼女たちが向かっている方角は、間違いなく『北の離宮』だった。
(……おい。嘘だろ?)
洸の顔から血の気が引く。
「接触禁止」と言われたそばから、このクラスで一番空気を読まない天然爆弾が、魔王のもとへ転がっていこうとしている。
「ちょ、待て! 天音!」
洸が制止の声を上げるが、遠くの彼女は「あ、白金くーん! ヤッホー!」と無邪気に手を振り返し、そのまま離宮への小道へと消えていった。
「……胃が痛い」
勇者・白金洸の苦労は、まだ始まったばかりだった。




