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第21話 魔王軍の日常①【ドラゴンとデーモン】

 離宮の朝は、実にシュールな光景から始まる。


「……アリア君。そこ、右の耳の裏が痒いんだが」


「自分で掻いてください」


「手が埋まっているのだよ」


 箒を持ったアリアが、地面から生えているデーモンロードの頭の周りを、まるで庭石の苔を払うかのように無表情で掃き清めている。


「……仕方ありませんね」


 アリアは箒の柄の先で、デーモンロードの耳の裏をグリグリと突いた。


「あ、そこそこ。……んっ、強っ、ちょっと痛い! 鼓膜破れる!」


「失礼。手加減が分かりませんので」


 アリアは淡々と掃除を続け、今度はその横で小山のように丸まっているエンシェントドラゴンの鼻先を箒でパシパシと叩いた。


「ドラゴン様、起きてください。掃除の邪魔です」


『……むにゃ? ……あと羊500匹……』


「寝言は寝て言ってください。邪魔なので尻尾を持ち上げてください」


『……ふぁぁぁ……。承知した』


 ドラゴンは巨大なあくびをし、ズズズと体をずらしてスペースを空けた。


 テラスで朝のコーヒーを飲んでいた誠は、その光景を見てしみじみと呟いた。


「……完全に馴染んでやがる」


 かつて王国を震え上がらせた魔王軍四天王。


【深淵】の魔導王は、地面に埋まったまま「固定砲台兼インテリア」として。


【剛力】の竜王は、庭の「番犬兼巨大クッション」として。


 彼らは完全に離宮の生態系の一部と化していた。


「おはようございます、誠様。……少し濃いめに淹れ直しました。お目覚めに丁度良いかと」


 掃除を終えたアリアが、何事もなかったかのように――庭に転がる怪物たちなど最初からいなかったかのような涼しい顔で――コーヒーのお代わりを注ぎに来る。


「ああ。……あいつら、いつまであそこにいるつもりなんだ?」


「デーモン様は『地球の重力加速度(G)を肌で感じる修行』だと言い張っていますし、ドラゴン様は萌様が持ってくるおやつ(骨付き肉)を待っているようです」


「……そうか。まあ、害がないならいいけど」


 誠はコーヒーを啜る。


 その時、離宮の生垣の外で、カサカサという不審な物音がした。


「ん?」


 誠が反応するより早く、庭の二つの「置物」が動いた。


『……グルゥッ!』


 ドラゴンが瞬時に片目を開け、殺気のこもった眼光を茂みに向ける。


「……解析完了。東南東、距離15メートル。質量60キロ。……隠密スパイか」


 デーモンロードが地面から目を光らせ、冷徹な声で告げる。


「ひぃっ!?」


 茂みから、黒装束の男が飛び出して逃げていった。どうやら王国の密偵か、賞金稼ぎだったらしい。


『……フン。雑魚が』


「魔王様の朝のティータイムを邪魔するとは、万死に値するな」


 二人は何事もなかったかのように、再び「置物」に戻った。


 誠は感心して頷いた。


「……セコムより優秀だな」


「はい。維持費もかかりませんので、経済的です」


 アリアも涼しい顔だ。


 魔王軍幹部の威厳は地に落ちたが、その実力は「庭の防犯装置」として遺憾なく発揮されていた。


 ***


 一方、離宮の客間では、別の意味で深刻な作戦会議が開かれていた。


「……ダメよ、サキュバスちゃん。そんなんじゃマコトっちは落とせないって」


「そ、そんな……。この私が、色仕掛けで通じないなんて……」


 ベッドの上で膝を抱えているのは、ボンテージ姿のサキュバスクイーンだ。彼女は誠に「服を着ろ」「痴女」と罵倒されたショックから、未だに立ち直れていなかった。


 その横で、スナック菓子をボリボリ食べているのは、『遊び人』蝶野瑠奈である。


「マコトっちはさ~、多分『耐性』がありすぎるんだよね。直球のエロとか、逆効果なわけ」


「で、ではどうすれば……? 夢魔としてのプライドが……」


「そこで! これだよ!」


 瑠奈が鞄から取り出したのは、日本から持ってきた少女漫画の単行本だった。タイトルは『オレ様生徒会長と秘密の放課後』。


「これは『少女漫画』。日本の女子の恋愛バイブルだよ。ここに書かれている最強のモテ属性、それが……」


 瑠奈はページをめくり、あるコマを指差した。


「『ツンデレ』だ!」


「ツン……デレ……?」


 サキュバスが慣れない単語を復唱する。


「そう! 普段はツンツンして冷たいのに、ふとした瞬間にデレて甘える! このギャップに男子はイチコロなわけ!」


「ギャップ……!」


「あんたはずっと『デレ』一辺倒だったでしょ? だからダメなの。まずは『ツン』を見せつけないと!」


 瑠奈の熱弁に、サキュバスの瞳に希望の光が宿る。


「なるほど……! 冷たくあしらって、焦らして、最後に甘える……! それが高等な恋愛テクニックなのですわね!」


「そゆこと! この漫画読んで勉強しな! マコトっちを跪かせたかったら、まずは『べ、別にあんたのことなんか好きじゃないんだからね!』からスタートだよ!」


「べ、別に……好きじゃない……?」


 サキュバスは漫画を受け取り、食い入るように読み始めた。


 しかし、彼女は重大な勘違いをしていた。


 彼女が参考にしたページは、ヒロインが主人公に食パンを咥えてぶつかるシーンと、勘違いから平手打ちをするシーンだったのだ。


「……分かりましたわ。暴力的なまでの衝撃インパクトと、拒絶。それが愛を育むのですね……!」


「ん? まあ、だいたい合ってる……かな?」


 適当な瑠奈の指導により、サキュバスの方向性は致命的にズレ始めていた。


「見てらっしゃい、魔王様……! 次こそは貴方を、私の『ツンデレ』で虜にしてみせますわ!」


 サキュバスは拳を握り締め、間違った決意を固めた。


 離宮に、新たな(そして残念な)ラブコメの波動が近づいていた。


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