第20話 王国側の混乱③【王太子 vs 勇者】
王城の裏手にある、円形闘技場。
普段は騎士たちの訓練に使われるその場所に、今日は異様な熱気が渦巻いていた。
「見よ! あれが噂の勇者様か!」
「対するは、我が国の至宝、王太子殿下だ!」
観客席には、騎士団や貴族たち、そして面白がって見に来たクラスメイトたちが詰めかけている。
闘技場の中央。
まばゆい黄金の鎧に身を包み、宝石をちりばめた長剣を構えているのは、この国の王太子だった。
「ふふふ……。今日こそが貴様の命日だ、偽物の勇者よ! 衆人環視の中で、そのメッキを剥がしてくれるわ!」
王太子は髪をかき上げ、キザなポーズを決めて観客席にウィンクを投げた。観客の令嬢たちは黄色い声を上げるかと思いきや、ドン引きしていた。
対する勇者・白金洸は、学校の制服に、訓練用の貸出剣という軽装だ。
「はぁ……。なんで俺、こんなことやってんだろ」
洸は深々とため息をついた。
今朝、突然送りつけられてきた「決闘状」。
断ろうとしたが、「逃げるのか! それでも勇者か!」と王太子に挑発され、騎士団長にも「殿下の気が済むまで付き合ってやってくれ」と泣きつかれ、渋々承諾したのだ。
「いいか白金。絶対に、絶対に怪我をさせるなよ?」
審判役の騎士団長が、洸の耳元で必死に囁く。
「分かってますよ。適当にいなして、引き分けくらいに持ち込みます」
「頼むぞ……。殿下はプライドだけはこの国のどの山よりも高いからな……」
団長の悲痛な願いを背負い、洸は剣を構えた。
「双方、構え!」
ゴング代わりの鐘が鳴り響く。
「行くぞ! 王家秘伝剣術・奥義! 『ロイヤル・フラッシュ・スラッシュ』!!」
開始早々、王太子が必殺技の名前を叫びながら突っ込んできた。
剣が光り、無数の斬撃が洸を襲う。
(……遅い)
洸の目には、王太子の動きがスローモーションのように見えた。
召喚されたレベル1の時点で常人を遥かに超えていた勇者のステータスは、連日の訓練を経てさらに上昇している。王太子の剣速など、止まっているも同然だった。
(避けると後ろの壁が壊れるし……受けるか)
洸は軽く剣を出し、王太子の連撃を「ペシッ、ペシッ」と軽く払った。
「な、なにぃっ!? 私の光速の剣を、すべて見切っただと!?」
王太子が驚愕するが、洸にしてみればハエを追い払う程度の動きだ。
「くっ、ならば魔法だ! 喰らえ、上級火炎魔法『エクスプロージョン・バースト』!」
王太子が至近距離で爆炎魔法を放つ。
ドガァァン!
闘技場に爆風が巻き起こり、観客席から悲鳴が上がる。
「はっはっは! 見たか! 黒焦げにな――」
煙が晴れる。
そこには、制服に煤一つついていない洸が、困った顔で立っていた。
「……え?」
「あ、すみません。魔法耐性が高すぎて、ライターの火くらいの熱さしか感じなくて」
洸は正直に答えた。勇者の装備には「全属性耐性(大)」がついているのだ。
「ば、馬鹿な……! ならばこれだ! 王家の宝物庫から持ち出した伝説の魔剣『グラム』!」
王太子は金色の剣を投げ捨て、禍々しい紫色の剣を抜き放った。
「この剣は、触れた者の魔力を暴走させる呪いの剣! これなら貴様とて……!」
王太子が魔剣を振りかぶり、渾身の力で洸の脳天へ振り下ろす。
「うおっ、危なっ!?」
洸は反射的に、防御の姿勢をとった。
ガギィィィンッ!!
鈍い金属音が響き渡り――。
パキーンッ。
「……あ」
王太子の手の中で、伝説の魔剣が真っ二つに折れていた。
「…………」
闘技場に、痛いほどの沈黙が降りる。
「……そ、そんな……。伝説の、魔剣が……?」
王太子は折れた剣を呆然と見つめ、膝から崩れ落ちた。
洸が慌ててフォローを入れる。
「あー、いや! すごい威力でしたよ! 俺の剣もヒビが入ったし! ほら!」
洸が見せた訓練用の剣は、無傷でピカピカだった。
「う、嘘をつくなぁぁぁッ! 貴様、私を憐れんでいるのかァァァッ!」
王太子は顔を真っ赤にして絶叫し、そのまま泡を吹いて卒倒した。
「殿下ぁぁぁッ!?」
騎士団長たちが駆け寄る。
「勝者、白金洸!」
審判の声が響くが、洸に勝利の喜びはない。
「……はぁ。また変な恨み買ったな、これ」
観客席のクラスメイトたちが「さすが勇者!」「チート乙!」と盛り上がる中、洸だけが胃の痛みに顔をしかめていた。
魔王ほどではないにせよ、勇者という存在もまた、この世界の常識を遥かに超えた規格外であることを、王国中に知らしめる結果となったのだった。
***
一方、そんな騒ぎとは無縁の北の離宮。
「……平和だ」
誠はテラスで、珍しく穏やかな時間を過ごしていた。
王太子と勇者の決闘など露知らず、彼はアリアが入れてくれた紅茶を楽しみながら、庭の景色を眺めていた。
そこには、奇妙な光景が広がっていた。
『……ふごー。ふごー』
巨大なエンシェントドラゴンが、気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。
その横の地面には、相変わらずデーモンロードの首が生えていた。
「……おい、トカゲ。少し右に寄れ。影になって光合成ができん」
『……うるさいわ、生首。我は今、夢の中で空を飛んでいるのだ』
「フン、脳筋が。……おや? この土の成分は……」
デーモンロードは地面から魔法で土を操り、何かを作り始めていた。
それは、精巧な泥団子……ではなく、土壌成分を再構成して作った「家庭菜園」だった。
「魔王様の食卓を彩るため、魔界の野菜を栽培することにした。名付けて『デビル・トマト』だ」
『……ほう。美味いのか?』
「食うなよ? 絶対に食うなよ?」
ドラゴンとデーモン。
かつては人類の脅威と恐れられた魔王軍四天王の二人が、今や完全に離宮の庭で独自の生態系を築き始めていた。
誠はその様子を見て、ポツリと呟いた。
「……あいつら、もうここに住む気満々だな」
「はい。先ほど、住民票の申請用紙を持ってきました」
アリアが真顔で答える。
離宮のカオス化は、留まるところを知らなかった。




