第2話 隔離と忌み子
「き、貴様ぁ! 動くな! 動けば斬るぞ!」
騎士団長の怒声が響くが、その切っ先は小刻みに震えている。
王の間は異様な空気に包まれていた。勇者であるはずの白金たちが呆然と立ち尽くす中、俺――黒峰誠だけが、数百の兵士に包囲されるというVIP待遇を受けていた。
(いや、動くなって言われても……足が痺れてきたんだけど)
俺は心の中で毒づきながら、ため息をつく。
「ま、待て! 何かの間違いかもしれん!」
震える声で叫んだのは、玉座の王だった。
「そうだ、水晶の故障かもしれぬ! 百目鬼殿よ! そなたの『鑑定眼』で、もう一度黒峰を見てみるのじゃ!」
指名されたのは、クラス一のオカルトマニア、百目鬼智弘だった。
彼は眼帯(ただのものもらいだが、本人は『封印』と言い張っている)を押さえながら、脂汗を流して一歩進み出た。
「ククク……いいでしょう。俺の魔眼が、真実を暴く時が来たようですな……」
百目鬼は芝居がかった動作で俺を指差し、叫んだ。
「刮目せよ! 『真理鑑定』!」
彼の右目が怪しく光る。
俺と目が合った瞬間、百目鬼の表情が凍りついた。
「ぐっ……!? な、なんだこの情報量は……!? エラー……測定、不能……? 文字が、多すぎ……あがっ、あああああぁぁぁッ!?」
百目鬼は白目を剥き、口から泡を吹いてその場に倒れた。
「ど、百目鬼ぃー!?」
クラスメイトが駆け寄る。「脳がショートしたみたいだ!」と誰かが叫ぶ。
それを見た王たちの顔から、完全に血の気が引いた。
「ほ、本物じゃ……。奴は、本物の魔王じゃ……!」
「ひぃっ!」
騎士たちがジリジリと後退する。
その時だった。
「ええい! お前たち、何を怖気づいておるか!」
ドシドシと床を鳴らしながら現れたのは、派手な服を着た肥満体の男だった。見るからに頭の悪そうな、ステレオタイプの貴族だ。
「魔王などと虚勢を張ったところで、所詮は子供! このワシが、教育してやるわ!」
男は唾を飛ばしながら、俺の胸倉を掴もうと太い腕を伸ばしてきた。
「おい、やめ――」
俺が制止しようと手を上げた、その時。
バチィンッ!!
何かが弾けるような音がして、男の巨体がピンボールのように真後ろへ吹き飛んだ。
「ぶべらっ!?」
男は王の間の壁に激突し、ズルズルと崩れ落ちる。
俺は何もしていない。ただ「触るな」と思っただけだ。だが、周囲には俺が裏拳で男を吹き飛ばしたように見えたらしい。
「ひぃぃぃっ! バ、バロン卿が一撃で!?」
「近寄るな! 殺されるぞ!」
パニックは頂点に達した。もはや誰も俺に近づこうとしない。
宰相らしき男が、脂汗を拭いながら王に耳打ちをする。
「へ、陛下……。このままでは城が崩壊します。しかし、下手に刺激すれば我々全員、消し炭に……」
「ど、どうすればよいのじゃ!?」
「……『北の離宮』へ。あそこなら本城から離れております。隔離……いえ、丁重にお引き取り願うのです。決して怒らせぬように……!」
宰相は意を決したように前に出ると、引きつった笑顔を俺に向けた。
「く、黒峰……様。ここは少々、手狭かと存じます。貴方様のために、静かで……その、広大な『離宮』をご用意いたしました」
「離宮?」
「は、はい! 他の方々に邪魔されず、ごゆっくりとお過ごしいただける場所でございます! ささ、こちらへ!」
宰相が手を振ると、俺を取り囲んでいた騎士たちが、まるでモーゼの十戒のようにサァッと道を開けた。
全員、顔面蒼白で直立不動の姿勢をとっている。俺が少しでも動くと、ビクッと肩を震わせる。
(……腫れ物扱いにも程があるだろ)
だが、このうるさい場所から離れられるなら好都合だ。
「わかった。案内してくれ」
俺が一歩踏み出すと、騎士たちは悲鳴を噛み殺しながら後ずさり、必死に道を作る。
まるで時限爆弾でも運搬するかのような、慎重さと緊張感に満ちた「案内」が始まった。
***
連れてこられたのは、王城の敷地内でも一際外れにある、古びた洋館だった。
『北の離宮』と呼ばれているらしいが、手入れは最低限で、周囲には人気がない。
「こ、こちらでございます……!」
案内役の騎士は、扉の前まで来ると、ガタガタと震える手で鍵を開けた。
「中は清掃してございますゆえ……! ど、どうか、お怒りをお鎮めになり、ごゆるりと……!」
騎士は俺が中に入ったのを確認するやいなや、深々と最敬礼をし、逃げるように走り去っていった。
バタン、と重々しい音がして扉が閉まる。
(……やれやれ。やっと一人になれたか)
俺は埃っぽいホールを見渡した。
静かだ。あのパニック状態の王の間よりは、よっぽど落ち着く。
「とりあえず、寝床でも探すか」
カツ、カツ、と足音を響かせながら、奥の広間へと進む。
そこで、俺は足を止めた。
広間の隅に、一人の少女が立っていた。
「…………」
王国支給のものだろうか、飾り気のないクラシックなメイド服。
だが、何よりも目を引いたのは、その色彩だ。
新雪のように真っ白な髪。そして、怯えに見開かれた瞳は、宝石のルビーのように透き通った赤色をしていた。
色素欠乏症。
現代地球でも珍しいその姿は、この世界ではより一層、異質なものとして映るのかもしれない。
彼女は、俺の姿を認めると、小動物のように肩を跳ねさせた。
「お、お初に、お目にかかります……」
消え入りそうな声。震える手は、スカートの裾を握りしめている。
「魔王様への……生贄として参りました……アリア、と申します……」
アリアと名乗った少女は、ガタガタと震えながら、床に額を擦り付けるように深々と頭を下げた。
「ど、どうか……殺すときは、苦しまないように……お願い、いたします……」
その言葉には、生きることを諦めた者の、深い絶望が滲んでいた。
「……は?」
生贄? 殺す?
何を言っているんだ、こいつは。
俺は頭を掻きながら、とりあえず彼女を落ち着かせようと一歩踏み出した。
「いや、俺は別に取って食ったりしな――」
「ひっ……!!」
俺が手を伸ばしかけた瞬間。
アリアは、まるで死神の鎌でも突きつけられたかのように、喉の奥から悲鳴を漏らしてその場にうずくまった。
「ご、ごめんなさい……! ごめんなさい……っ! 許してください……!」
彼女は顔を覆い、ただひたすらに謝罪を繰り返す。
その過剰なまでの怯えように、俺はこの世界が彼女に与えてきた仕打ちを想像し――そして、どうしようもなく面倒くさいことになったと、天を仰いだ。




