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第18話 四天王、来訪④【スライムとシェフ】

『……ジュルリ……(主、すき……おやつ、ちょうだい)』


 離宮を飲み込まんばかりの巨大な青い津波――スライムエンペラーは、テラスの寸前でピタリと止まると、甘えるような念話を響かせた。


 その質量は、城壁をも容易く押し潰せるレベルだ。公爵令嬢とサキュバスは、恐怖で顔を引きつらせて抱き合っている。


「ひぃっ! 食べられますわーッ!」


「ちょ、ちょっと! 私のフェロモンもスライムには効かないんだけど!?」


 二人がパニックになる中、誠は本を閉じて、呆れたように言った。


「……デカい。邪魔。小さくなれ」


『……プル?』


「バスケットボールくらいだ。それ以上デカかったら庭に入れないぞ」


 誠の命令は絶対だ。


 スライムエンペラーは、シュルシュルと音を立てて急速に収縮を始めた。山のような巨体が、見る見るうちに圧縮され――ポンッ、という可愛らしい音と共に、手のひらサイズの青いプルプルした球体に変身した。頭にはちょこんと王冠が乗っている。


『……プルプル!(これなら、いい?)』


「おう。よしよし」


 誠が手を差し出すと、スライムは嬉しそうに飛び跳ね、誠の膝の上に収まった。


「……は?」


「……え?」


 令嬢とサキュバスが腰を抜かす。


「あ、あの巨大な怪物が……マスコットになりましたわ……?」


「嘘でしょ……? あれ、【腐敗】の粘液王よ? 触れただけで国を溶かすっていう……」


 二人の戦慄をよそに、誠はアリアを呼んだ。


「アリア、なんか甘いもんあるか? こいつ腹減ってるみたいだ」


「はい。余ったクッキーがございます」


 アリアが皿を差し出すと、スライムは『ジュルッ!』と触手を伸ばし、クッキーを一瞬で溶かして吸収した。


『プルルンッ!(うまうま!)』


「そうかそうか。もっと食うか?」


 誠が頭(?)を撫でると、スライムは気持ちよさそうに震え、ひんやりとした体を誠の手に擦り付ける。


 完全にペットだった。


 庭のドラゴンが『チッ……新入りめ、主に媚びおって』と嫉妬の炎を鼻から吹いているが、スライムは我関せずだ。


 平和な餌付けタイム。


 だが、その平穏を切り裂く、鋭い金属音が響いた。


 ジャキッ!!


「……見つけたぞ。極上の……いや、究極の食材(ゼラチン質)を……!」


 生垣の陰から現れたのは、コックコートに身を包み、両手に牛刀と中華包丁を構えた男――『三ツ星シェフ』味沢譲二だ。


 彼の目は、完全に据わっていた。


「黒峰! そのスライム、俺に譲ってくれ! いや、体の一部だけでいい! 1キロほど切り取らせてくれ!」


 味沢が涎を垂らしながらジリジリと詰め寄る。


「……味沢か。お前、まだ懲りてないのか?」


 誠が呆れるが、味沢の料理人魂(狂気)は止まらない。


「見ろ、この透明度! この弾力! 最高級の寒天か、あるいは希少な海月か……! 刺身にしてポン酢で食うか、あるいは極上のコンソメジュレにするか……夢が広がるッ!」


 ギラリ、と包丁が光る。


 スライムエンペラーが、ピクリと震えた。


『……プル?(殺気? ……あいつ、僕を食べるの?)』


「待てェェェ! そのプルプル感、絶対に喉越しが良いはずだ! 俺のスープの具になれェェェッ!」


 味沢が地面を蹴った。


『ピギーッ!?(食べられるぅぅぅ!?)』


 スライムは誠の膝から飛び降り、驚異的なバウンド力で庭を逃げ回り始めた。


「逃げても無駄だッ! 痛くはしない! 一瞬で捌いてやるからッ!」


『プルプルプルプル!(主ぃぃぃ! 助けてぇぇぇ!)』


 最強種族であるはずのスライムエンペラーが、ただの人間(料理人)に追い回されるという、食物連鎖の逆転現象が発生していた。


「ひぃっ! な、なんなのですの、あの野蛮な男は!?」


「狂ってる……! 四天王を食材扱いするなんて……!」


 令嬢とサキュバスも、味沢の鬼気迫る形相にドン引きして身を寄せ合う。


「……はぁ。アリア、止めた方がいいか?」


「いえ、適度な運動は肉質を良くしますので」


 アリアは冷徹に言い放ち、逃げ回るスライムと包丁を振り回すシェフを、スポーツ観戦のように眺めていた。


 しばらくのドタバタ劇の末。


「わぁっ! なにこれー! ぷるぷるしてるー!」


「んー? なんか美味しそうなのが跳ねてきたねー」


 騒ぎを聞きつけた『聖女』天音莉乃と、『魔物使い』小鳥遊萌が、庭の入り口からひょっこりと顔を出した。


 逃げ場を失ったスライムは、本能的に「この人間たちは安全(無害)」だと悟り、二人の足元へダイブした。


『プルルンッ!(匿って!)』


「きゃっ、冷たーい! すっごい懐いてる!」


 莉乃がスライムを抱き上げる。


「ああっ! 天音、小鳥遊! そのスライムを渡せ! それは俺のメインディッシュだ!」


 味沢が包丁を持って迫るが、萌が立ちはだかった。


「だめだよ味沢くん! こんなに可愛い子を食べるなんて!」


「そうだそうだー! かわいそーだぞー!」


 女子二人にガードされ、さすがの味沢も包丁を下ろさざるを得なかった。


「くっ……! 今日のところは引くが、諦めんぞ……! いつか必ず、その極上の喉越しを……!」


 味沢は捨て台詞を残し、無念そうに去っていった。


『……ホッ(助かったプル……)』


 スライムは安堵のため息をつき、莉乃の柔らかい胸の中でデレデレと溶け始めた。


 その光景を見て、アリアは小さく呟いた。


「……離宮の住人が、また増えそうですね」


 魔王、メイド、ドラゴン、デーモンの首、そしてスライム。


 カオスな共同生活に、新たなマスコット(兼食材)が加わった瞬間だった。


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