第17話 鉢合わせ【公爵令嬢 vs サキュバス】
「今日こそは! 今日こそはあの朴念仁を私の魅力でメロメロにして、首輪をつけて散歩させてやりますわーッ!」
離宮へと続く小道を、怒涛の勢いで突き進む人影があった。
フリル満載のドレスを纏い、縦ロールの金髪を揺らす彼女こそ、この国でもっともプライドの高い公爵令嬢である。
先日のドラゴン騒動で腰を抜かし、無様に撤退した屈辱。それを晴らすには、魔王を完全に篭絡し、下僕として侍らせるしかない。彼女はそう結論づけ、再び戦場(離宮)へと舞い戻ってきたのだ。
「ごめんあそばせ! 魔王様、私の愛を受け取り……」
勢いよくテラスへ飛び出した彼女は、そこで言葉を失った。
「……あら?」
「……ん?」
そこには先客がいた。
過激なボンテージ風ドレスに、コウモリの翼。誠の隣にべったりと張り付き、何やらピンク色のオーラを出そうと頑張っている美女――サキュバスクイーンだ。
「魔王様ぁ~ん。やっぱり『大人の授業』、しません? 今なら特別に、私の尻尾で……」
「近い。暑苦しい」
誠に顔を背けられながらも、めげずにアタックしている最中だった。
公爵令嬢の眉がつり上がる。
「……どこのふしだらなメス猫かと思えば、魔物風情が私の魔王様に何をしているのです!?」
扇子をバチリと鳴らし、サキュバスを指差す。
サキュバスもまた、不快げに目を細めた。
「あらぁ? いいところだったのに、キャンキャンうるさい小型犬が迷い込んできましたわねぇ」
「こ、小型犬ですって!? 私は公爵家の令嬢! この国の社交界の華ですわよ!」
「へぇ、人間界の『華』って、そんなに厚化粧で香水くさいのが流行りなのかしら? 魔界じゃ『枯れた花』扱いよ?」
「な、なんですってぇぇぇッ!?」
バチバチバチッ!!
二人の間に、目に見える火花が散った。
「よくってよ! そのふしだらな格好、恥を知りなさい! 布面積が少なすぎて、貧乏くさいですわ!」
「あらあら、嫉妬? ナイスバディを見せつけられないからって、フリルの塊で誤魔化してる寸胴さんは可哀想ねぇ」
「ず、ずんどう……ッ!? この私が!? 撤回なさい! 今すぐ撤回して土下座なさい!」
「いーやーよーっだ。ベーッ!」
公爵令嬢と魔界の女王。
本来なら国を動かすほどの権力と、国を滅ぼすほどの力を持つ二人が、小学生レベルの口喧嘩を始めた。
「キィーッ! こうなったら勝負ですわ! どちらが魔王様のパートナーに相応しいか、美貌と教養で決着をつけますわよ!」
「望むところよ! 私のフェロモンで、あんたごときイチコロにしてあげるわ!」
二人は同時に、テラスの主である誠の方を向いた。
「魔王様! 貴方はどちらを選びますの!? この気品溢れる私ですわよね!?」
「いいえ魔王様! この包容力溢れる私ですわよね!?」
鼻息荒く迫る二人の美女。
だが、誠の席は――もぬけの殻だった。
「……あれ?」
「……いない?」
二人がキョロキョロすると、少し離れた庭のベンチで、誠が耳栓をして本を読んでいるのが見えた。その横では、アリアが無表情で日傘を差している。
「……いつの間に移動を?」
「完全に空気扱い……!?」
二人が呆然としていると、誠がパタリと本を閉じ、アリアに話しかけた。
「……アリア。なんか庭が騒がしいな。カラスか?」
「いえ、発情期の猫と犬かと」
「そうか。保健所に連絡しといてくれ」
「かしこまりました」
「なっ……!?」
「ね、猫と犬……!?」
二人のプライドが同時にへし折れた音がした。
「許しませんわよ! 私を無視するなんて!」
「私の魅力を分からせないと気が済まないわ!」
二人が再びギャーギャーと騒ぎ出そうとした、その時だった。
ズズズズズズズ……ッ。
今度は空からではない。
足元の地面が、不気味に振動し始めたのだ。
「……きゃっ? 地震?」
「なに……この揺れ……?」
令嬢とサキュバスが動きを止める。
揺れは次第に大きくなり、テラスのティーカップがカタカタと音を立てる。
そして、離宮の正門の向こう側から、巨大な影がヌルリと姿を現した。
それは、青く透き通った、山のような「ゼリーの塊」だった。
『……ジュルリ……』
脳内に直接響くような粘着質な音と共に、その巨体は日光を浴びてキラキラと輝きながら、ゆっくりと離宮へと雪崩れ込んでくる。
「ひぃっ!? な、なにあれ!?」
令嬢が悲鳴を上げる。
ドラゴンですら警戒して身を起こすほどの、圧倒的な質量と魔力。
魔王軍四天王・【腐敗】の粘液王。
その巨体が求めているのは、破壊でも殺戮でもなく――ただ一つ、「極上のおやつ」だった。
『……ジュル……(いい匂い……主の匂い……)』
青い津波が、テラスへと押し寄せる。
女たちの低レベルな争いは、物理的な捕食者の登場によって、強制終了を迎えようとしていた。




