第15話 四天王、来訪③【サキュバスと拒絶】
「うふふ……。初めまして、若き魔王様。私は四天王が一人、【妖艶】のサキュバスクイーン。貴方様に『大人の愛』を教えに参りましたわ」
離宮のテラスに舞い降りた美女は、艶めかしい声で囁きながら、誠へと歩み寄った。
彼女の衣装は、目のやり場に困るほど際どいものだった。黒革のボンテージ風ドレスは胸元も背中も大きく開いており、スリットからは滑らかな太腿が露わになっている。背中のコウモリのような翼と、お尻から伸びる矢印状の尻尾が、彼女が人ならざる夢魔であることを示していた。
「……」
誠は無言で、腕の中でぐったりとしているアリアを見た。
彼女はサキュバスが放つ濃厚なフェロモンに当てられ、熱に浮かされたように荒い息を吐いている。
「あら、その子は邪魔ね。せっかく二人きりになれるチャンスですもの。いい夢を見させてあげましょ?」
サキュバスが妖艶な笑みを浮かべ、指先からピンク色の煙を飛ばそうとした。
「……空気清浄」
誠がボソリと呟いた。
シュンッ!!
一瞬にして、離宮の空気が入れ替わった。
漂っていた甘ったるい香気も、ねっとりとしたフェロモンも、全てが原子レベルで分解され、無臭の清浄な空気へと置換される。
「え?」
サキュバスが呆気にとられる。
「はぁ……っ、うぅ……?」
アリアが、憑き物が落ちたように正気を取り戻した。
「ま、誠様……? 私、一体……」
「大丈夫か。変なガス吸わされただけだ。部屋に戻って休んでろ」
誠はアリアを立たせると、背中を押して館の中へと避難させた。
「あ……はい、申し訳ありません……」
アリアがふらつく足取りで消えていくのを見届け、誠はようやくサキュバスに向き直った。
その目は、ゴミを見るようなジト目だった。
「……で? 何しに来たんだ、あんた」
「なっ……!?」
サキュバスは狼狽えた。自慢のフェロモンを無効化された上に、この冷淡な反応。
「つ、冷たいですわねぇ……。せっかく私が、手取り足取り『夜の帝王学』をご教授しようと思いましたのに」
彼女は気を取り直し、豊満な胸を強調するように体をくねらせて誠に迫った。
「ねえ、魔王様? 固いこと仰らずに……私のこの体で、天国へ行ってみたくはありませんこと?」
甘い吐息と共に、白い肌を誠の腕に押し付ける。
思春期の男子中学生ならば、鼻血を出して即死してもおかしくない刺激だ。
だが、誠の口から出たのは、氷点下の言葉だった。
「……服着ろよ」
「は?」
「寒いだろ、それ。あと目のやり場に困るんだよ。露出狂か?」
「ろ、露出きょ……ッ!?」
サキュバスの動きが止まる。
誠は近くにあったカーテンをひっぺがすと、それを無造作にサキュバスの頭から被せた。
「うわっ、なにすんのよ!」
「とりあえず隠せ。思春期の男子中学生の情緒に悪影響が出たらどうすんだ」
「じょ、情緒……!?」
サキュバスは布を払い除け、顔を真っ赤にして抗議した。
「失礼なっ! これは夢魔の正装よ! 男ならこれを見て興奮するのが礼儀でしょう!?」
「知るか。俺の世界じゃ、そういうのは『痴女』って言って捕まるんだよ」
「ち、痴女ぉぉぉッ!?」
サキュバスがショックでよろめく。
「大体な、初対面でいきなり体擦り付けるとか、距離感バグってんだろ。もっと段階踏めよ。交換日記から始めるとかさ」
「こ、交換日記……!? 魔王相手に!?」
誠のあまりにも真面目かつピュアな説教に、サキュバスの妖艶なペースが完全に崩壊していく。
「あーもう、見てて痛々しいわ。とりあえず帰って反省文書いてこい。『TPOを弁えます』って百回な」
誠はシッシッと手を振って追い払おうとした。
「う、うぅ……っ」
サキュバスの大きな瞳に、じわじわと涙が溜まっていく。
「ひどい……。私、魔界一の美女って言われてるのに……。キモいって言われた……痴女って言われたぁ……!」
「キモいとは言ってねーよ」
「言ったも同然よぉぉぉッ! うわぁぁぁぁん!!」
プライドをズタズタにされたサキュバスは、その場に泣き崩れてしまった。
「……なんだこいつ。めんどくせぇ」
誠が頭を抱えていると、生垣の陰から「クスクス」という笑い声が聞こえた。
「あ~あ、サキュバスちゃん泣いちゃった~。ウケる~」
現れたのは、派手なギャル――『遊び人』蝶野瑠奈だった。
彼女はスマホで泣いているサキュバスをパシャパシャと撮影し、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「ねえねえ、お姉さん。マコトっちにフラれて落ち込んでる感じ?」
「うっ、うぅ……。なによぉ、人間の小娘……」
サキュバスが涙目で睨むが、瑠奈は動じない。
「私、恋愛相談とか得意なんだよね~。よかったら話聞くよ? あ、ついでにそのエッチな衣装とか魔道具とか、ちょっと見せてくんない? 高く売れそうだし」
瑠奈の目が「¥」のマークに変わっている。
「……え? 相談に乗ってくれるの?」
「もち! 日本の『少女漫画』っていう恋愛バイブルも持ってるし、作戦会議しよっか?」
「しょ、少女漫画……?」
チョロいサキュバスは、コロッと瑠奈の口車に乗せられようとしていた。
誠はそれを見て、本日二度目のため息をついた。
「……絶対ロクなことになんねーな、あれ」
離宮の庭では、ドラゴンが昼寝し、地面にはデーモンの首が生え、泣きじゃくるサキュバスをギャルが慰める(カモにする)という、地獄絵図が完成していた。




