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第14話 王国側の混乱②【財務卿の胃痛】

 王城の大会議室に、重苦しい空気が澱んでいた。


「……えー、それでは。今週の『対魔王特別対策費』に関する決算報告を行います」


 長机の上座に立ったのは、神経質そうな眼鏡をかけた男――財務卿だ。


 彼の手には、羊皮紙の束が分厚い辞書のように積み上げられている。そして反対の手には、怪しく光る電卓型の魔道具が握られていた。


 机を囲むのは、全身包帯だらけで松葉杖をついた騎士団長、やつれ切った宮廷魔術師、そして胃薬を握りしめた宰相という、国の重鎮たちだ。


「まず、離宮の正門および外壁の修理費。金貨800枚」


 財務卿が淡々と読み上げ、電卓をパチパチと弾く。


「次に、エンシェントドラゴンの着陸による庭園の造園費および土壌改良費。金貨2500枚」


「うぐっ……」


 宰相が呻き声を上げる。


「さらに、騎士団長閣下が吹き飛ばされた際に破壊した尖塔の修繕費、および治療に使った最高級ポーション代。金貨1200枚」


「む、無念……! あの一撃さえなければ……!」


 騎士団長が包帯の隙間から悔し涙を流す。


「そして本日! 錬金術師とシェフによる爆発事故で生じた、離宮テラスのクリーニング代および環境汚染対策費! 金貨500枚!」


 バンッ!!


 財務卿が机を叩き、全員を睨みつけた。


「締めて、金貨5000枚! たった三日で、国家予算の10%が消し飛びました! どう責任を取るおつもりですか!?」


 怒号が響き渡る。


 騎士団長が慌てて弁解した。


「ま、待たれよ! これは全て魔王の仕業! 奴さえ討伐すれば、魔王の城にある財宝で補填できるはず!」


「その『討伐』に行く前に国が破産すると言っているのです! そもそも、貴方が独断で突撃して鎧(国宝級)を壊さなければ、被害は半分で済んだのですよ!」


「ぐぬぬ……! そ、それなら……召喚の儀を行ったのは宮廷魔術師殿だ! 彼の責任も重い!」


 団長が矛先を変える。


 飛び火した宮廷魔術師が、青ざめて反論する。


「なっ、責任転嫁ですか!? 私は王命に従っただけです! それに、あの規格外の魔王を『鑑定』した際、水晶(これも国宝)が割れたのは不可抗力で……」


「水晶代! 金貨3000枚! 忘れていました、追加です!」


「ひぃぃぃっ!?」


 財務卿が無慈悲に電卓を叩く。


「いいですか、皆様。我が国の金庫は無限ではありません。魔王に世界を滅ぼされる前に、インフレと財政赤字で国が死にます!」


 財務卿は眼鏡の奥の目をギラつかせ、冷徹な宣告を下した。


「よって、今月より皆様の給与を50%カット! およびボーナスの全額カットを決定いたします!」


「な、なんだとぉぉぉッ!?」


「横暴だ! そんな権利はないはずだ!」


「うるさい! 文句があるなら魔王に請求書を回してきなさい! あのデコピンを耐えられるなら、ですがね!」


 財務卿の一喝に、全員が押し黙った。


 あの理不尽な暴力を前にして、集金に行ける勇気のある者は、この部屋には一人もいなかった。


「……はぁ。胃が……」


 宰相がガクリと項垂れ、虚空を見つめた。


 魔王召喚から数日。


 王国は、物理的な脅威よりも先に、経済的な危機によって崩壊の危機に瀕していた。


 ***


 一方、財政難の元凶である北の離宮。


 ここでは、外の世知辛さとは無縁の、奇妙な時間が流れていた。


「……平和だ」


 誠はテラスで、アリアが焼いたクッキーを齧っていた。


 庭には相変わらずドラゴンが寝そべり、地面からはデーモンロードの首が生えているが、慣れればどうということはない。むしろ、下手な人間より大人しいので害はなかった。


「誠様、お茶のお代わりはいかがですか?」


「ん、頼む」


 アリアがポットを傾ける。


 その時だった。


 ふわり、と。


 風に乗って、どこからともなく甘い香りが漂ってきた。


 それは花の香りのようでもあり、熟れた果実のようでもあり、あるいは極上の香水のようでもあった。


「……ん? なんだ、いい匂いだな」


 誠が鼻をひくつかせる。


 だが、アリアの反応は違った。


「っ……!?」


 ガチャン!


 アリアの手からポットが滑り落ち、テラスの床で砕け散った。


「アリア? どうした、火傷し――」


 誠が立ち上がろうとした瞬間。


「あ……ぅ……っ、ぁ……」


 アリアが胸を押さえ、苦しげに喘ぎながら、その場に崩れ落ちた。


「おい、アリア!」


 駆け寄って彼女の体を支える。


 熱い。


 まるで高熱を出したかのように、アリアの体が火照っている。白い肌が、見る見るうちに桜色に染まっていく。


「はぁ……っ、うぅ……誠、さま……」


 アリアが潤んだ瞳で誠を見上げる。


 その瞳は、いつもの理知的な光を失い、どこかトロンとした熱っぽい色を帯びていた。


「なんだ? 熱か? 毒か?」


 誠が慌てて周囲を見回す。


 庭のドラゴンが、鼻をピクピクさせながら顔を上げた。


『……む。この匂い……媚薬か? いや、これはサキュバスの……』


「サキュバス?」


 誠が眉をひそめた時。


「うふふ……。ごきげんよう、可愛いボウヤ」


 甘い香りの発生源――離宮の屋根の上から、ねっとりとした嬌声が降ってきた。


 見上げれば、夜空のような黒い翼を広げ、ボンテージ風の過激な衣装を身に纏った美女が、月を背に浮かんでいた。


 魔王軍四天王・【妖艶】の夢魔女王サキュバスクイーン


「あらあら、人間の小娘には刺激が強すぎたかしら? 私のフェロモンは」


 彼女は妖しく微笑み、誠に向けて投げキッスを送った。


 新たなトラブルメーカーの登場に、誠はアリアを抱き寄せながら、盛大に舌打ちをした。


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