第12話 クラスメイト動向④【勇者(?)チャレンジ】
「頼もう!!」
離宮の静寂を破ったのは、時代錯誤な大音声だった。
誠が面倒くさそうに顔を上げると、庭の入り口に三人の男子生徒が立っていた。
先頭で木刀(異世界製の業物)を構えているのは、剣道部主将にして『侍』のジョブを持つ九条一颯。
その横で筋肉を見せつけるようにポーズをとっているのが、柔道部員の『聖騎士』楯山剛。
そして、少し後ろで申し訳なさそうに頭を掻いているのが、『勇者』の白金洸だ。
「……なんだお前ら。部活の勧誘なら間に合ってるぞ」
誠がノートから視線を外さずに言うと、九条が一歩踏み出した。
「否! 我らがここに来たのは、己の未熟さを知るため! 黒峰殿、貴殿の『最強』の座に、僭越ながら挑戦させていただきたい!」
「俺、もっと硬くなりてぇんだよ! 団長が『黒峰のデコピンに耐えてこそ一人前』って言ってたからさ!」
剛も鼻息荒く同意する。どうやら騎士団長による間違った教育が浸透しているらしい。
「悪いな、黒峰。こいつら、お前の強さを肌で感じないと気が済まないらしくてさ。……まあ、俺も今の自分がどれくらい通用するか、知っておきたいってのはあるんだけど」
洸が苦笑しながら剣を抜く。
彼らの目には敵意はない。あるのは、RPGで隠しボスに挑む前のような、純粋な好奇心とワクワク感だけだ。
「……はぁ」
誠は深く、重いため息をついた。
「俺は忙しいんだよ。空間座標の固定計算で頭使いすぎて、知恵熱出そうなんだ」
「ならば、その熱ごと俺たちが受け止めよう! 行くぞ黒峰ェェェッ!」
剛が地面を蹴った。
『聖騎士』のスキル【城壁突進】。戦車のような突進力が、誠に向かって一直線に迫る。
「続け! 【秘剣・燕返し】!」
九条もまた、神速の踏み込みで間合いを詰める。
「俺も行く! 【ブレイブスラッシュ】!」
洸の剣が光を帯びる。
三方向からの同時攻撃。今の彼らは、中層レベルの魔物なら瞬殺できるだけの実力を持っていた。
だが、相手が悪すぎた。
「……っくしゅんッ!!」
誠が盛大にクシャミをした。
ただの生理現象だ。だが、魔王のクシャミは、災害だった。
ドォォォォォォォォンッ!!
「「「うわあああああああぁぁぁぁッ!?」」」
口から放たれた衝撃波が、突進してきた三人を真正面から吹き飛ばした。
剛の筋肉も、九条の剣技も、勇者の加護も関係ない。
三人は枯れ葉のように舞い上がり、庭の生垣を突き破り、遥か後方の森の中へと吸い込まれていった。
ズドーン、バコーン、メシャァ……と、木々が倒れる音が遠くから聞こえる。
「……うぅ……鼻むずむずする。誰か噂してんのか?」
誠は鼻をすすり、ティッシュでチーンとかんだ。
自分がクラスメイトを三人まとめて吹き飛ばしたことには、全く気づいていないようだった。
***
「……皆様、お元気そうで何よりです」
アリアが淡々とした口調で言いながら、誠のカップに新しいお茶を注いだ。
勇者たちが空の彼方へ消えてから数分後。離宮には再び平穏な時間が流れていた。
「元気すぎだろ。受験生としての自覚あんのか、あいつら」
「ふふ……。でも、楽しそうでしたよ。誠様も」
「どこがだ。迷惑なだけだろ」
誠はぶっきらぼうに答えるが、その表情は王城にいた頃のような無関心なものではなかった。クラスメイトとのやり取りは、彼にとって唯一「日常」を感じられる瞬間なのかもしれない。
アリアは、誠の向かいの席――彼に勧められて座るようになった定位置――で、そっと口を開いた。
「あの……誠様」
「ん?」
「誠様の世界……『ニホン』では、剣で戦ったりはしないのですか?」
「しないな。スポーツとしてやることはあるけど、命のやり取りはない。そもそも、一般人が武器を持つこと自体が禁止されてるし」
「武器を持たなくても……生きていけるのですか?」
アリアの問いに、誠はペンを回しながら空を見上げた。
「まあな。夜中に外を歩いても魔物に襲われないし、警察……まあ、騎士団みたいな連中が治安を守ってるから」
「……身分の差は?」
「ない。王様もいないし、生まれた家で職業が決まることもない。努力次第で何にでもなれるし、誰と結婚しても自由だ」
誠が語る日本の姿。
それはアリアにとって、御伽噺に出てくる『天国』そのものだった。
魔物におびえる夜も、理不尽な身分差別も、生まれによる呪いもない世界。
「……髪の色は?」
アリアが一番聞きたかったことを、震える声で尋ねた。
「関係ない。金髪だろうが白髪だろうが、ただの色だ。むしろ、みんなお洒落でいろんな色に染めてるくらいだしな」
「自分で……色を変えるのですか?」
「ああ。天音とか蝶野とか、あいつらも元は黒髪だったのを染めてるんだぜ」
「……!」
アリアは目を見開いた。
自分の髪を、呪いではなく、装飾として楽しむ世界。
彼女は無意識のうちに、自分の白い髪を指先で絡め取っていた。
誠の手によって、帽子から解放された髪。
かつては憎悪の対象でしかなかったこの色が、彼の世界では「綺麗」として、あるいは「当たり前のもの」として受け入れられる。
(行ってみたい……)
それは、単なる好奇心を超えた、魂の渇望だった。
この地獄のような世界から逃げ出したい。
誠のいる、優しくて、自由で、温かい世界へ。
「……夢のようですね」
「ま、行ってみれば意外と世知辛いとこもあるけどな。満員電車とか、テストとか」
誠は苦笑して肩をすくめたが、アリアは笑えなかった。
彼女の瞳に宿ったのは、切実なまでの「理想郷」への憧れ。そして、その理想郷へ帰ろうとしている誠への、言葉にできない感情だった。
***
離宮の庭の茂みの中。
吹き飛ばされた勇者たちがうめき声を上げているその横で、白衣を着た少年と、コックコートを着た少年が密談をしていた。
「……見たかい、味沢くん。勇者たちの物理攻撃は、クシャミ一つで無効化されたよ」
『錬金術師』円城寺創が、眼鏡の位置を直しながら呟く。
「ああ。筋肉の繊維一つ、魔力の流れ一つ見逃さなかったが……あれは次元が違う。物理では倒せない」
『三ツ星シェフ』味沢譲二が、包丁を研ぎながら同意する。
「ならば、アプローチを変えるしかないね」
「物理がダメなら、化学だ」
円城寺が懐から、紫色の怪しい液体が入ったフラスコを取り出した。
「僕が調合した特製ポーション『猛毒・麻痺・睡眠・混乱のカルテット』。これを飲ませれば、魔王といえども……」
「フッ……。ならば俺は、その毒を最高の一皿に隠して提供しよう」
味沢がニヤリと笑う。
「さあ、実験(料理)の時間だ」
生産職たちによる、魔王攻略戦(デバフ大作戦)の幕が上がろうとしていた。




