第11話 四天王、来訪②【デーモンと埋葬】
「初めまして、新しき魔王様。私は魔王軍四天王が一人、【深淵】の魔導王。以後、お見知り置きを」
背後からかけられた声に、誠はペンを止めて振り返った。
そこにいたのは、地面から数センチほど浮遊している、蒼白な肌の美青年だった。仕立ての良い礼服を着こなし、額には閉じられた第三の目がある。いかにも「知性派」といった風貌だ。
「……誰?」
「フッ……。先ほどの脳筋トカゲとは違う、貴方様の『理解者』ですよ」
デーモンロードは優雅に一礼すると、誠の許可も得ずにテラスへ上がり込み、机の上のノートを覗き込んだ。
「ほう……。これが魔王様の研究ですか。あのドラゴンを一撃で彼方に吹き飛ばした術式の、理論的根拠というわけですね?」
「あ? 勝手に見んなよ」
誠がノートを隠そうとするが、デーモンロードは眼鏡の奥の目を怪しく光らせた。
「隠さずとも結構。私の『解析眼』にかかれば、あらゆる術式は丸裸……む?」
彼の視線が、ノートに書かれた数式の一行に釘付けになった。
『ΔL = α * L * ΔT (熱膨張によるゲート枠の歪み補正)』
その横には、『※金属が熱で伸びる分を計算に入れないと、ドアが閉まらなくなる』という誠の走り書きがある。
デーモンロードの顔色が、蒼白から土気色へと変わった。
「な……なんですか、これは……!?」
「え? ただの熱膨張の式だけど」
「『ただの』……だと!?」
デーモンロードが悲鳴のような声を上げて後ずさった。
「馬鹿な……! 物質の膨張ごときを、これほど高次元の変数を用いて記述するなど……! これは『熱』という事象そのものを、根源レベルで再定義しようとしているのか!?」
「いや、だから理科で習うやつだって」
「『リカ』……!? 聞いたことがない……まさか、神代の禁呪か!?」
デーモンロードはガタガタと震え出した。
異世界において、魔法とは「イメージ」と「詠唱」で行うものだ。物理法則を数式で記述し、それを魔力で再現するという誠のアプローチは、彼らにとって「神の御業」か「狂気の沙汰」にしか見えないのだ。
「すばらしい……! すばらしいぞ魔王様!!」
突然、デーモンロードが両手を広げて叫び出した。
「貴方は、この世界の理を根底から覆そうとしているのですね! 物質界の法則を無視し、独自の『リカ』という概念を上書きする……まさに魔王! まさに支配者!」
「ちげーよ。声デカいって」
「ああ、私の『深淵』の血が騒ぐ! もっと見せてください! その叡智を! その禁断の数式をぉぉぉッ!」
興奮したデーモンロードが、誠に詰め寄ろうと浮遊速度を上げる。
誠のこめかみに、青筋がピクリと浮かんだ。
「……うるさい」
誠はペンを置き、指先を地面に向けた。
「埋まれ」
ズドンッ!!
「ぐえっ!?」
鈍い音が響き、デーモンロードの姿が消えた。
いや、正確には「首から下」が消えた。
テラスのすぐ横の地面に、彼は首まで綺麗に埋まっていた。まるで最初からそこが生息地であったかのように、ピッタリと。
「……な、何が……?」
デーモンロードは目をパチクリさせた。
「土魔法……? いや、魔力の波動を感じなかった。これは『座標干渉』か? 私の身体の座標を、強制的に地中へ転移させたというのか……!?」
「反省するまでそこな」
誠は再びノートに向き直った。
「ま、待ってください魔王様! この私が、地面に埋まるなど……四天王の威厳が……!」
「うるさい。口も埋めるぞ」
「……っ!」
デーモンロードは慌てて口を噤んだ。これ以上喋れば、本当に窒息死させられるという確信があったからだ。
離宮に、再び静寂が戻った。
カチャリ。
そんなシュールな光景の中、アリアが静かに歩み寄ってきた。
彼女はお盆にティーカップを乗せ、地面から生えているデーモンロードの頭の横に、ソーサーを置いた。
「……紅茶でございます」
「あ、ああ……。かたじけない」
デーモンロードは地面に埋まったまま、アリアがストローを差してくれた紅茶をズズズと啜った。
「……美味いな」
「恐れ入ります」
「君、名前は?」
「アリアと申します」
「そうか、アリア君。……どうだろう、私の頭が痒いのだが、少し掻いてくれないか?」
「追加料金になりますが」
「金取るのか……」
テラスの端で、首だけの四天王と、無表情なメイドによる奇妙な交流が始まっていた。
誠はそれを横目で見ながら、小さく息を吐いた。
「……どいつもこいつも、キャラが濃すぎるんだよ」
離宮の庭には、巨大なドラゴンが寝そべり、地面からはインテリ悪魔の首が生えている。
魔王・黒峰誠の「平穏な日常」は、今日も遠ざかるばかりだった。




