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第1話 召喚と絶望の鑑定

 ゴールデンウィーク明けの五時間目。


 これほど、人間の尊厳を奪う時間帯もそうそうないだろう。


 窓から差し込む暖かな陽気。古文教師の単調な読経のような声。昼食後の満腹感。それらが渾然一体となって、俺――黒峰誠の瞼を重力に従わせようとしていた。


(あー……眠い。帰ってゲームしてぇ……)


 教科書の隅に落書きをしながら、あと二十分でチャイムが鳴ることを祈る。


 その時だった。


 教室の床が、カッと眩い光を放ったのは。


「えっ? 何これ!?」


「うわっ、魔法陣!?」


 クラスメイトたちの悲鳴が上がる。俺は頬杖をついたまま、光る床を見下ろした。幾何学模様の円陣。ラノベや漫画で腐るほど見た、いわゆる「召喚陣」というやつだ。


(うわぁ……マジかよ。面倒くさいことになったな)


 パニックになるよりも先に、そんな感想が漏れる。


 視界がホワイトアウトし、浮遊感が襲う。


 次に目を開けた時、そこは予想通り、学校の教室ではなかった。


 大理石の床。ステンドグラスから差し込む光。そして、目の前の一段高い玉座に座る、立派な髭を蓄えた王冠の老人。


 周囲を、鎧を着た騎士たちが物々しく包囲している。


「おぉ……! 成功じゃ! 勇者召喚は成功したぞ!」


 玉座の老人が立ち上がり、感極まったように叫んだ。


 クラスメイトたちは、突然の事態に腰を抜かしたり、状況が飲み込めず呆然としたりしている。そんな中、クラス委員長であり優等生の白金洸が、震える声で代表して問いかけた。


「こ、ここはどこですか? 貴方たちは誰なんですか?」


「うむ。よくぞ参った、異界の勇者たちよ。我はこの国の王である」


 そこからは、テンプレのような説明が続いた。


 かつて世界を恐怖に陥れた魔王が復活したこと。


 魔王の軍勢により、人類が滅亡の危機に瀕していること。


 そして、異世界から召喚された勇者だけが、魔王を倒す力を持っていること。


「……身勝手な願いであることは承知しておる。だが、どうか我が国を、この世界を救ってはくれまいか!」


 王が深々と頭を下げる。


 ざわめくクラスメイトたちの中で、俺は一つだけ気になったことを質問しようと思ったが、面倒なので心の中で突っ込むに留めた。


(で? 帰る方法は?)


 俺の心の声を代弁するように、白金が質問する。


「あ、あの……俺たち、元の世界に帰れるんですよね?」


 王の隣に控えていた宰相らしき男が、沈痛な面持ちで首を横に振った。


「召喚魔法は一方通行なのです。元の世界へ帰るための『次元の門』を開くには、膨大な魔力が必要となります。それこそ――魔王の魔核コアを触媒にする以外には」


 教室内が静まり返る。


 つまり、魔王を倒さない限り、日本には帰れない。


「ふざけんな! なんで俺たちが!」


「帰してよ! 勉強しなきゃいけないの!」


 パニックが再燃しかけたが、宮廷魔術師らしきローブの男が進み出て、声を張り上げた。


「皆様、どうかご安心を! 皆様には、この世界にはない強力な『加護』と『ジョブ』が与えられております! まずはこの『真実の水晶』で、ご自身の能力をご確認ください!」


 水晶玉のようなものが運ばれてくる。


 不安と好奇心が入り混じる中、まずは白金がおずおずと水晶に手を触れた。


 カッ!


 水晶が神々しい金色の光を放つ。


 空中にホログラムのような文字が浮かび上がった。


【氏名:白金 洸 ジョブ:勇者 レベル:1】


「おおぉ……! 勇者! まさしく伝説の勇者様じゃ!」


 王の間がどよめきに包まれる。白金も、満更でもなさそうな顔で自分の手を見つめている。


 これを皮切りに、クラスメイトたちが次々と鑑定を受けていった。


「きゃっ、私が『聖女』? なんかすごそう!」


 クラスのマドンナ、天音莉乃が可愛らしい声を上げる。


「ククク……『鑑定士』か。俺の魔眼が疼くと思っていたんだ……」


 中二病の百目鬼智弘が、眼帯を押さえながらニヤリと笑う。


 他にも『聖騎士』『賢者』『剣聖』など、誰もが強力なレアジョブを引き当てていた。不安に支配されていた空気は、いつしか「俺たちならやれるんじゃないか?」「異世界無双キタコレ!」という熱気に変わっていく。


(はぁ……。能天気な奴らだ)


 俺は最後尾でため息をついた。


 別に世界なんて救いたくない。ただ、早く家に帰って積みゲーを消化したい。それだけだ。


「次の方、どうぞ」


 宮廷魔術師に促され、俺はだるそうに前に出た。


「黒峰誠です。よろしく」


 ぶっきらぼうに言い捨て、水晶に手を乗せる。


 どうせ『村人』とか、あるいは『魔法使い』あたりだろう。適当にやり過ごして、白金たちの後ろでサボっていればいい。


 そう思っていた。


 ドォォォォォン……!


 俺が触れた瞬間、水晶がどす黒い、それでいて底知れない漆黒の光を放った。


「な、なんだ!?」


「きゃあっ!」


 禍々しい光は王の間全体を震わせ、窓ガラスがビリビリと音を立てる。


 やがて、その漆黒の中から、血のように赤い文字が浮かび上がった。


【氏名:黒峰 誠 ジョブ:魔王 レベル:∞(無限)】


「は?」


 俺が間の抜けた声を出した、その直後だった。


 パリンッ!!


 という乾いた音と共に、国宝級だという水晶が粉々に砕け散った。


「…………」


「…………」


 沈黙。


 さっきまでの熱狂が嘘のように、王の間が凍りつく。


 勇者、聖女、賢者。きらびやかなジョブを得たクラスメイトたちが、呆けた顔で俺を見ている。


 そして、王と側近たちの顔色が、青を通り越して土色に変わっていくのが見えた。


「ま……ま……」


 王がわなわなと震える指を俺に向ける。


「魔王だあぁぁぁぁっ!!」


 その絶叫を合図に、周囲の騎士たちが一斉に抜剣し、切っ先を俺に向けた。


「ひっ!?」


「く、黒峰が魔王!?」


 クラスメイトたちが、蜘蛛の子を散らすように俺から距離を取る。先ほどまで「黒峰くん」と親しげに呼んでいた天音すら、青ざめた顔で白金の後ろに隠れた。


 俺はポツンと一人、抜き身の剣と殺気に囲まれる。


(……あー、なるほど)


 俺はポリポリと頭をかきながら、砕け散った水晶の破片を見下ろした。


 魔王を倒さないと、日本には帰れない。


 だが、俺のジョブは『魔王』。


 つまり、俺が死なないと誰も帰れないし、俺自身も帰れない。


「……詰んでね?」


 俺の呟きは、怒号と悲鳴にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


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