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無実の犯罪  作者: 大黒
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回想5 言葉によるマインドコントロール

 相馬は、三人の被疑者の周辺捜査に行き詰まっていた。

 彼らの経歴、交友関係、精神鑑定の結果――そのどれもが「異常なし」と結論づけられている。だが、相馬の直感は、彼らの空白の記憶の裏側に、何か巨大で異質な「鋳型」が存在していることを告げていた。

 相馬は、数年前に国際刑事警察機構(ICPO)へ出向していた後輩に連絡を取り、あるキーワードで過去の特異事例を検索させた。

 ――「非物理的接触による意識剥奪」

 ――「伝統催眠の悪用」

 ――「東南アジアにおける不審な連続強盗」

 数日後、相馬の元に届けられたのは、公的な記録には決して残らない、各国の捜査官たちが個人的に綴った「備忘録」の写しだった。

 相馬はその中の、インドネシアの地方都市で起きた凄惨な事件の記述に目を止めた。

 雑踏で、男がターゲットの肩を軽く叩く。あるいは、耳元で一言二言、何らかのフレーズをささやく。それだけで、被害者は人格を失った人形のように、自ら全財産を差し出し、犯人の指示通りに動くようになる。

 現地の捜査資料には、不気味な注釈が添えられていた。

 『証拠なし。薬物反応なし。犯人は一切の凶器を用いず、被害者の「意志のスイッチ」だけを操作している。追跡は不可能。犯行後の被害者には一様に、記憶の欠落ブラックアウトが見られる』

 相馬は、報告書を握りしめる手に力がこもるのを感じた。

 東南アジアの一部では、古くから伝わる伝統催眠やブラックマジックの類が、犯罪に転用されている。それは、現代医学が言う「暗示」の域を遥かに超えた、精神の急所を突く技術だ。

「……信じていたのか。それとも、望んでいたのか」

 相馬は、被疑者たちの自宅から押収された資料をもう一度見直した。一人の本棚の隅に、東南アジアの怪異について書かれた古びた雑誌が紛れていた。また別の被疑者のPCには、インドネシアの雑踏で起きる「一瞬の催眠」を収めた、低画質な動画の再生履歴があった。

 彼らは、神谷の番組を聴く前から、その「術」の存在を知っていたのだ。

 いや、知っていただけではない。絶望的な日常の中で、**「自分ではない何かに操られたい」**という救いを、無意識のうちにその異国の術に見出していた。

 相馬は、椅子の背もたれに体を預け、暗い天井を仰いだ。

 科学的根拠など、どこにもない。現代の精神医学をもってしても、「一瞬で人を殺人鬼に変える催眠」など否定されるのがオチだ。

 だが――「信じられている」という事実は、科学よりも強固な現実としてそこに在る。

 相馬は、震える手で一つの結論を書き殴った。

 重要なのは「術が本物かどうか」ではない。

 「術にかかれば自分を捨てられる」という信仰を、彼らが持っていたことだ。

 神谷の声は、直接的な命令など下さない。

 ただ、深夜二時という最も孤独な時間に、リスナーたちの耳元でささやく。

 「あなたはもう、頑張らなくていい。外側の大きな力に、全てを委ねていい」と。

 それは、インドネシアの術師が肩を叩く行為と同じだ。

 神谷は電波を通じて、リスナーの精神の「スイッチ」に指をかけている。

 「これは催眠なのだから、私が何をしても私の責任ではない」という、究極の免罪符を彼らに与えているのだ。

 相馬は、重くページを閉じた。

「これは、超能力の事件じゃない……」

 過酷な現実の中で、自分で考えることに疲れ果てた人間たちが、神谷の声というガイドによって、異国の闇深き術へと「自ら堕ちていった」のだ。

 相馬は、再びアーカイブの再生ボタンに指をかけた。

 今度は、恐怖ではない。

 海を越えて持ち込まれたその「呪い」を、根こそぎ破壊するための、冷徹な怒りを込めて。


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