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彼の心は誰のもの?  ~愛した人は雲の上、ついていきますどこまでも!  作者: 寄賀あける


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 母ハシヒに呼ばれナカツ宮(ハシヒの宮)に出向いたトヨミ、都に行きたいと言われ当惑する。よくよく聞くとオシフル帝(ハシヒの異母姉)に呼び出された。そのうえトヨミも連れてくるよう言われたらしい。


()にも何か用事が?」

トヨミが首を(かし)げる。(みかど)には役目の都合上、定期的に出向いて謁見している。用があるのならその際に済ませばいいはずだ。


 ハシヒが息子をじっと見る。

「咲き過ぎたる花は摘め。実り過ぎたるもまた同じ。大きく育てたタチバナは欲しがる者も多し。惜しむな」


母者(ははじゃ)……?」

ハシヒが巫女の力を発揮しているのだとは思うものの、どう受け止めればいいのか迷うトヨミだ。多すぎる花や実は間引いたほうが大きく実る。そうして大きくした実を欲しがる者には分け与えろと言う意味らしいが、実際には何を意味しているのか?


 ハシヒがいったん目を閉じる。そして再びトヨミを見詰めた。他にも告げたいことがあるらしい。

「忘れえぬ初花(はつはな)。実を結ばず散った後は枯れる運命(さだめ)

ますます判らない。春一番に咲いた花は忘れられない。実を結ばず散ってしまったら枯れてしまう、と言っているわけだが、果たして何を指しているのか?


 ハシヒの『過ぎたる』との言葉に真っ先にトヨミが思い浮かべたのはアスハナの繁栄だ。


 ホキを妃として十余年が過ぎようとしている。アスハナの地も賑わいを見せ、当初予定していたよりも順調だ。収穫も増え、(みかど)への献上も増やした。トヨミに開拓を命じたのは前帝だが、アスハナの恩恵は現帝オシフルのものだ。アスハナを敵視するとは思えない。では、別のなにかか?


 オシフル帝でないとしたら、ソガシか? この十年余り、トヨミとしてはソガシとは手を取り合って政治を進めてきたつもりだ。確かに身分制度を定めるにあたって軋轢はあったものの、最終的にはソガシも納得した。憲法にしてもそうだ。トヨミとしては五十条として細かく制定したかったが、ソガシに譲って十七条まで減らした。


 ヤマテ国の属国ミマンナを新興国ニイラが侵攻し滅亡させたときには、ソガシの要請を受諾し弟皇子クルメを征ニイラ大将軍に立てた。片腕と言っていいクルメを手放したのだ。クルメは妃ヒリを伴って遠く離れたミマンナの地に赴任した。トヨミとしてはかなりソガシにも遠慮しているつもりだ。


 ではほかに何かあったか? 過ぎたる実り……子のことだろうか?


 ホキとの間にはすでに七人、今、腹に八人目の子がいる。これを面白く思わないとしたら……トウジ? しかしそれも納得いかない。あの(・・)トウジがホキとの仲を妬くとは思えない。何しろあの妃は()に関心がない。父ソガシの意向で妃になったまで、夫婦とは言え最初から心も身体も冷え切っている。それでも四人の子を産ませた。第一子ヤマセはまごうことなく()が後継者、それははっきりトウジに伝え、態度にも現わしている。トウジに不満があるはずがない。


 考え込んでしまったトヨミを尻目にハシヒが立ち上がる。従わないわけにはいかない。トヨミも立ち上がる。オシフル帝の呼び出しを拒めるはずがない――


 行ってみるとなんのことはない。()に何かご用命でも? 身構えるトヨミに『たまには昔語りがしたかったまで』とオシフル帝は言った。嫣然とした笑み、相変わらずの美貌は年齢を感じさせない。


 語るのはもっぱらオシフル帝、ハシヒとトヨミはそれを聞いているだけだ。が、聞いているうちに『忘れえぬ初花』の意味が朧気(おぼろげ)に判ってきた。オシフルは執拗(しつこ)いほどに、トヨミの最初の妃カタコの話をしてくる。初花とは初恋を指しているのだろう。


 カタコはオシフル帝(ヌカタベ)とトヨミの父帝の前の帝の間に生まれた皇女(ひめみこ)だ。ヌカタベとトヨミの父は同母姉弟、その関係からヌカタベは幼いころからトヨミに目をかけ可愛がってくれた。当然ヌカタベの娘カタコとトヨミは幼馴染、よく一緒に遊んだものだ。


 そして思春期を迎え、関係がより深まった。隠れて睦みあうようになる。だが隠しきれるものでもない。すぐに正式な婚姻となり、カタコはトヨミの妃となった。


「まったく、いったいいつの間にと、あの時は驚きました」

オシフル帝がトヨミを見てニンマリ笑う。トヨミとしては(たま)ったもんじゃない。なんでいまさらそんな古い話を持ち出して、いったい何を言わせたいんだ? 実に居心地が悪い。


 だから話題がオシフルの、他の子たちに移った時はホッとした。オシフルの子はカタコを含め二男五女と多産だ。が、オシフルが一番可愛がっていた第一皇子はテイビの乱で()え無くなった。もしこの皇子(みこ)が存命だったら、現帝はオシフルではなくこの皇子(みこ)だったかもしれない。もう一人皇子(みこ)がいるがこちらは病弱で、テイビの乱にも参戦できなかった。継承争いから脱却したと言うことだ。話題はこの皇子(みこ)ビチョウのことに移った。


「このところは臥せってばかり」

オシフルが溜息を吐く。

「儚くなるのも(じき)でしょう――どれほど心残りな事かと」


「それほど悪いのですか……」

トヨミとしても子を持つ親だ。子の健康が思わしくない親の心情は痛いほど判る。


 大げさなとホキは笑うが、子が咳でもしようものなら大慌てで祈祷させる。祈祷など熱が出てからでも良いと言われても、熱が出てからでは遅いと言い返す。そんなトヨミがオシフルに同情しないはずもない。


 なんと言ってオシフルを慰めたものかとトヨミが考えているうちに、話はビチョウの子に移っていった。ビチョウは病弱とは言え妻を持ち、子も得ていた。


「そうそう、イナノがトヨミに会いたがっていましたよ」

イナノはビチョウの娘だ。カタコの姪でオシフルの孫、カタコと一緒に幼いイナノの遊び相手をしたことがある。


「ビチョウがイナノを大変心配していてね」

オシフルがトヨミを見てニンマリと笑う。なんだ、この笑いは? 嫌な予感にトヨミが身構える。そんなトヨミにオシフルが、さらにニッコリ笑んだ。

「ぜひトヨミの妃にして欲しいと言っている」


「はっ? あ、いや……えっ?」

余りのことにすぐには意味が飲み込めない。


「いや、()ではなく他にも誰か――」

やっと言ったのにオシフルに遮られる。

()が孫娘を妃にするのはイヤだと言うか?」


「いえ、そんなわけでは」

「では決まりだな」

「いえ、いや、()はともかくイナノの気持ちは?」

「それなら心配ない。童女の頃よりトヨミを慕っていたらしいぞ」

「はぁ?」

「嘘だと思うなら本人に訊いてみろ――イナノ、隠れていないで顔を見せよ」

オシフルが開け放たれた庭を見る。トヨミもつられて同じかたを見ると、繁みの影から若い女が姿を見せた。


「トヨミ、()を妃にするのはイヤか?」

若い女、イナノがトヨミを見て目を潤ませる。トヨミは……胸が高鳴るのを感じていた。なんとカタコ(初恋の女)に似ている事か。


 トヨミとイナノの婚姻はその日のうちに成立している。


 マダラ宮……ホキにトヨミは木簡(手紙)(したた)め、言い訳を書き綴った。トウジにはどうするか迷ったが、放置した。オシフルがソガシも承知のことと言ったからだ。ソガシがトウジに報せるだろう。


 イナノが住む(みや)から翌日はタチバナ宮に入った。それからしばらく都に留まりイナノのもとに通っていた。素直に好意を見せる若いイナノに夢中になったのだ。とは言うものの、常にホキの顔が脳裏に浮かぶ。イナノは可愛いが話し相手としては手応(てごた)えに欠けると気づくころには、やはり(おのれ)にはホキが一番だと思っていた。が、長くマダラ宮を()け過ぎた。


 気拙くて、帰りたくても帰れない。気拙さを感じるのはホキ、そしてイナノに対してだ。ホキとはどんな顔で会えばいいのか判らない。妃にして以来、毎日通っていたのに突然来なくなればイナノが悲しむのが目に見えている。


 そんなトヨミがマダラ宮に戻ったのは、ホキが産気づいたと報せが来た時だ。これには一切迷わず、馬を走らせた。クロコマに乗ってくればよかったと後悔したが都への往路はハシヒと一緒、他の馬を使っていた。


 報せを受けてすぐに都を出たがマダラ宮に到着したのは真夜中だ。ホキの様子を女官に訊くとお産は重く、苦しんでいると言う。産屋(うぶや)の前で何人もが祈祷する中にトヨミも加わり、ホキの無事を祈った。


 嬰児(あかご)の声が響いたのは日の出の時刻、母子ともに健やか、誕生したのは女児と、出産を手伝っていた助産女が産屋から飛び出してきて告げた。ホッとしたトヨミは大いに喜び、女児にウマキ(生まれた喜び)と名付けた。


 あれほど気拙かったホキとの対面も、気拙かったことなど忘れて果たしている。少しでも早くホキの無事を(おのれ)の目で確かめたかった。


 よく頑張ったなと喜色を隠すことなく労ってからもホキの傍を離れず、さすがに下の世話は女官に任せたが、食事の世話をしたりなどトヨミにできることならなんでもした。ホキだけではなく、自ら進んでウマキの世話もした。


「トヨミが襁褓(むつき)を替えてくれようとは」

ウマキの襁褓(むつき)を嫌がりもせず取り替えるトヨミを見てホキが笑む。襁褓(むつき)とはオシメのことだ。


「ふむ、嬰児(あかご)の便は不思議な匂いがするものだな。大人とは違う」

「乳しか飲まないからでしょう」

「乳の出はよいか?」

「えぇ、今のところ。ウマキには乳母が必要ないかもしれません」


 ホキはイナノのことを知らないはずはないのに、一言も訊いて来なかった。それが心苦しくもあり物足りなくもあった。トヨミのホキへの献身は新しい妃を娶ったことへの後ろめたさもあったが、少しでも早いホキの回復を望んでいたのが大きかった。


 回復を願うのは当然だが、少しばかりトヨミはこれが後ろめたかった。その裏に欲望が隠れていたからだ。産褥のホキを見た途端、トヨミは『早く抱きたい』と思っていた。昨日も若いイナノの身体を堪能したと言うのに、ホキの身体が恋しかった。ホキほど(おのれ)に合い、満足させる女は居ないと感じていた――


 そんなトヨミが都に出向いたのはホキの勧めがあったからだ。『トウジやイナノがきっと案じている。無事に生まれたと(おのれ)の口で知らせてやったらどうか』と言うホキにいっさい厭味は感じられない。実にいい妃を持ったとトヨミのホキへの信頼は弥増(いやま)すばかりだ。そののちは定期的に都へ出向き、イナノの宮を訪れた翌日にはトウジの屋敷を訪ねるようにした。イナノを先にしたのはなんと言ってもイナノが皇女(ひめみこ)だったからだ。


 イナノはトヨミの訪れをいつも喜ぶだけでホキ同様、トヨミを責めることはなかった。トウジは……以前となんら変わりなく冷たいままだった。


 ハシヒがトヨミに言った『初花』は判ったものの『過ぎたる』の意味が判らないまま時は流れていく。だが『初花』よりもそれに続いた言葉『枯れる運命(さだめ)』が重要だったと気づく時が来る。同時に『過ぎたる』の意味もトヨミは知ることになる。


 まずは大切な弟皇子クルメの死の報せから、それは始まった。

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