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彼の心は誰のもの?  ~愛した人は雲の上、ついていきますどこまでも!  作者: 寄賀あける


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 ユキマルとともにトヨミが都に戻った翌日、ホキの父カタブがカシワデの郷の者を引き連れて都に向かっている。皇子(みこ)の呼び出しに応じたものだ。


 カタブの妻とヒリはその皇子(みこ)をクルメと思い込んでいたが、トヨミだとホキは思っていた。(みかど)を襲ったアヤマを討て、そんな(めい)が下されたのかもしれない。と、言うことは、襲われたものの(みかど)は無事だったのだ。皇子(みこ)(めい)じることができるのは(みかど)しかいない……これはホキの思い込みだ。


 さらに翌日、カタブからの伝令が届く――宮の警護を依頼されたから暫く戻れない。


 この時もカタブの妻とヒリは、依頼者をクルメと考えている。クルメが住むのもタチバナ宮だと知るホキは、トヨミの依頼だと思っていた。実際はトヨミとクルメの叔母、皇女(ひめみこ)ヌカタベが住むトヨラ宮だと三人が知るのはカタブが戻ってきてからで、まだ先のこととなる。


 さらに翌日、カタブとともに都に行った郷の者の半数を連れて、クガネがカシワデに戻った。

皇子(みこ)クルメの妃をお守するようカタブから言いつかった」


 ヒリがクルメの妃となって以来、初めての対面となったヒリとクガネ、どちらも動揺することなく顔色一つ変えもしない。近頃まで恋仲だったとは信じられないほどの()()なさだ。


「アヤマが(みかど)を殺め、討伐されました――早急に次の(みかど)を決めることになります。つまり皇子(みこ)たちの対立の激化が考えられます」

皇子(みこ)の妃であるヒリの身を案じたカタブが、自分の手の者の半数をヒリの護衛に回したのだとクガネは言った。


「クルメも(みかど)候補の一人なのですか?」

話が違うと言い出しそうな勢いでカタブの妻がクガネに問う。


()が聞き及んだところではクルメの名は上がっておりませんでした。ですがクルメの実兄トヨミが第一候補なのです。クルメとトヨミの兄弟仲の良さは都では知れ渡っているのだとか……それでカタブが案じたのです」

有力候補トヨミに加担する者としてクルメが狙われ、その妃であるヒリも危ないと判断したということだ。


 クガネの返答にホキの顔色が変わる――トヨミが(みかど)候補? 都の勢力争いに、自分まで巻き込まれたような心地がした。


「トヨミのほかには誰が候補なのです?」

「オシサ、サクイの両皇子です。しかし、トヨミの人望を考えるとやはりトヨミだとカタブは考えているようです」


 トヨミが帝になる……皇子(みこ)の妃になることすら畏れ多いのに、そんなことになったら()はトヨミの妃になれるのだろうか? トヨミが皇子のままなら、トヨミの弟皇子クルメがヒリを妃としたように可能性がなくもないと思えるが、これが(みかど)となると途端に不可能な気がしてくる。


「ところで……」

話に区切りがついたクガネがホキを見た。なぜヒリではなく()? 戸惑うホキにクガネが言った。

「カタブから『ヒリの代わりにホキではどうか?』と言われた。ホキの心はどうなのだ?」


「本当にカタブがそんなことを?」

過剰に反応したのはカタブの妻、クガネを見、ホキを見、ヒリを見てオドオドしている。当のホキは言われた意味が飲み込めず、キョトンとクガネを見ている。

(あね)さまより、クガネの気持ちはどうなのよ?」

そう言ったのはヒリだ。言われたクガネが冷ややかな視線をヒリに向けた。


()に心などない。世の流れと運命(さだめ)に従うまで――カシワデの郷のことを考えてくれとカタブに言われた。だが、泣くのは()だけでいいとも思っている。ホキまで泣かせたくはない。だからホキに訊ねたのだ」

日を改めると言ってクガネは帰っていった――


 カタブの妻が溜息を()く。

「ホキさえ嫌でなければ、カタブの言うのももっともなのかもしれない」


()がイヤでないって? クガネはなんと言ったの?」

理解が追い付いていないホキにヒリが言った。

父親(てておや)さまは、クガネに(あね)さまを勧めたの。(あね)さまの夫にならないかって」


「へっ?」

(あね)さまを妻にして、カシワデの次の(おさ)になれって言ったのよ――そうでしょ、(はは)さま?」


 再びカタブの妻が溜息を()く。

「ヒリの言うとおりよ。ホキさえイヤでなければ、それが一番なのかもしれない」


「だって、(はは)さま?」

やっと事態を理解したホキが母親を見、ヒリを見る。


「そんなこと……だって、ヒリは?」

()に何か言う権利はないわ。()はクルメの妃になった。何も言えないし、たとえクガネと(あね)さまが夫婦になっても恨まない――でも、(あね)さまが不幸になるのは見逃せない」


 ヒリがホキを真直ぐに見て言った。

「イヤならイヤってはっきり言わなきゃダメよ。(あね)さまは自分のことより、周囲のことを考え過ぎる。でもね、もしクガネでいいのなら、その時は()に遠慮なんかしないでね」


 結局ホキはこの時も、自分の相手がトヨミであることも、トヨミが密かに通ってきていることも言えなかった。トヨミが(みかど)になるかもしれないこの状況では、とても言えたものではなかった。だからと言ってトヨミ以外は考えられない。母にも妹にも言えないまま、ホキの悩みは深まっていく――


 カタブが帰ってきたのはさらに五日後のことだった。郷から引き連れて言った者たちも全員、一緒に戻ってきている。新しい(みかど)が決まり、ヒリを護衛する必要もなくなったと屋敷の警護も解いた。


「それで、誰が新しい(みかど)に?」

カタブの妻が問う。なんとカタブが答えるか……同席していたホキとヒリも緊張する。

「ふむ。皇女(ひめみこ)ヌカタベだ」


 おおかたの予測に反して(みかど)になったのはヌカタベ、ヤマテ国初の女帝だった。(ひめ)(みこ)にして三代前の帝の妃、美貌と聡明さは誰もが認めるものだ。そして政治における発言力も強かった。ハツベ(ソウシュン)を(みかど)すると決めたのもヌカタベだと言われている。そしてヌカタベの母はソガシの姉だった。ヌカタベの即位は、ソガシの意向を汲んでもいるのだろう――(みかど)としてのヌカタベは、オシフルと呼ばれることと定められた。


 ホッとしたのはホキだ。トヨミが(みかど)になるのではないかと冷や冷やしていた。ところがホッとしたのは(つか)()だ。


「ソガシが大臣(おおおみ)なのはそのままに、新たに摂政が置かれる」

摂政とは? 問う妻に『帝をお支えし、政治(まつりごと)を司る者を指す』とカタブが答えた。

「そして摂政はトヨミ。トヨミは次の帝位を約束されてもいる――ソガシとトヨミの二人で、この先はヤマテ国を動かすことになる」


 呆気にとられるホキの隣で、ヒリが不安に震えている。

「それでクルメの立場はどのように?」


「ふむ。トヨミの片腕として活躍することになるだろう――ヒリ、其方(そなた)も夫ともども兄夫婦を支えてやれ」

するとカタブの妻が

「トヨミの妃は確かソガシの娘では? ヒリなど相手にすることはなさそうです」

と不思議そうな顔をする。


「ん? あぁ、言い忘れていた――ホキがトヨミの妃になると決まった」

「えぇえぇえ!?」


 ヒリがヘンな叫び声をあげ、カタブの妻は腰を抜かさんばかりに驚き絶句する。何をどう言っていいのか判らないのはホキも同じ、息が止まるかと思うほど驚いている。


「いつだかホキを召した貴人はトヨミ、通うと言うから部屋を拵えたが()と餅を持ってきたきりいっこうに来ない。これは捨てられたかと諦めていたが……摂政を引き受けるにあたり、ヌカタベとソガシに条件を出したそうだ。カタブの娘ホキを妃に迎える。それを認めない限り引き受けないとな」


 あぁ、そう言うことなのか……ソガシとヌカタベが反対することを見越して、トヨミは()のもとに通っていることを隠したかったんだ。カタブに気を遣わせるなんてのは言い訳、本当のことを()が知れば萎縮する、だから父親(てておや)さまと(はは)さまに知られないように表を通らず庭に回り、夜中にこっそり来ていたんだ――トヨミが摂政を引き受ける条件を聞きながら、ホキがぼんやりとそう思う。感情はマヒしているのに、頭は冴え渡っているようだ。


 そしてカタブはホキを見た。

「ホキに異存はないな? イヤだと言ってもトヨミの妃になるしかないぞ。何しろトヨミは摂政を引き受けた。拒めば(みかど)大臣(おおおみ)に逆らうことになる。判ったな?」


「しかし、カタブ!」

気を取り戻したカタブの妻が抗議する。

「クガネはどうするのです!? クガネにホキを妻とし、次の村(おさ)になれと言ったのでしょう?」


「ふむ……クガネには()から話す。()とてこの話、断ろうにも断れない――クガネも判ってくれよう」

あの男には女運がないのかもしれないな、気の毒そうに言うカタブ、

「何しろ決まったことだ。三人ともそのつもりでいるように」

言い置いて部屋を出た。


 ホキもヒリもカタブの妻も、黙り込んで物思いにふける。と、ヒリが姉を見て言った。

(あね)さまの相手がクルメの(あに)さまで、しかも摂政とやらになったのなら、部屋を替わったほうがいいんじゃないかしら?」


 なんだ、そんな事かとホキが思う。ヒリは意地悪でも、思いやりがないわけでもないが、はっきりものを言いすぎるきらいがある。何を言われるんだろうと、身構えてしまったホキだった。


「そんな必要はないわ。部屋なんか、どうでもいい」

「そりゃあ、(あね)さまはそうでしょうけど、トヨミは面白くないと思う。クルメだってきっと気拙いわ」


「あら、クルメが何か言っていたの?」

「そうじゃないけど、(あね)さまがトヨミの妃になるって知ったら、気にするもんじゃない?」


 こうなったからには、トヨミがこっそり来ていたことを打ち明けるしかない。()が妃になると決まったからには、トヨミだって庭に回ったりしなくなる。『()が妃に会いに来た』と、表から堂々と訪れるだろう――母と妹の顔を見ながらそう思った。それに、(はは)さまもヒリも()を心配している。トヨミの妃になんかなりたくないはずだと、きっと誤解している。()とトヨミが好き合っていると知れば安心し、黙っていたことも許してくれる。それとも黙っていたことを(なじ)るだろうか?


「実はね」

覚悟を決めてホキが告白すると、

「ホキの願いが叶うのね」

カタブの妻は安堵で微笑み、

(あね)さまが幸せならそれが一番だわ」

ヒリは涙ぐむ。


 二人を見てホキは『()まで騙していたな』と、今度トヨミが来たら責めてやろうと考えていた。

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