敗退
「オオオオッ! あと少しで魔王"ゼビュラ"様に楯突かんとする忌々しい勇者どもを誅殺できたものを、邪魔しおって、このシロアリめが!!」
怒りに身を振るわせながら何度も何度も俺の体を踏みつけるライカン。その度に内臓が飛び出て、文字通り死にそうな程の激痛が俺を襲う。
それにしても、シロアリとは酷い言い種だぜ。せめて働きアリくらいにしといてくれよ。......いや、やっぱシロアリかな。全く役には立たなかったもんな、俺。ハハハ。
......ってか無理じゃね? いきなりこんなバケモノ相手は。
やがてライカンは踏みつける行為に飽きたのか、俺の両足を片手で握りビッタンビッタンと地面に叩きつけはじめた。
もういっそ殺してくれ(笑)
さらにそれにも飽きたのか、ライカンは急に冷静になって俺に話しかけてきた。
「それにしても貴様、あのミリィとかいう死霊術士の使い魔か?」
「あ、ああ。まあな」
クールに答えたつもりだが、口から溢れる大量の血のせいで、実際にはガボガボという音だけが漏れ出た。
だが、意図するところは伝わったようだ。
「ククク。貴様も苦労する」
ライカンは気の毒そうに言った。こんなバケモノに同情されるようになったらおしまいだ。
その時、俺の体はあの事故の時と同じような、まばゆい光に包まれた。
その様子を見て、その後何が起こるかを察したライカンが不敵に言い放つ。
「勇者どもの元に戻ったら伝えるがいい。次こそ決着をつけようとな」
ん? こいつ結構楽しんでないか?
返事をする間もなく、俺の体は完全に光に包まれたかと思うと、一瞬にしてみんなが待つ小川の畔へとワープしていた。
「あ......」
見ればみんなボロボロになって憔悴しきっている。
「リッカは?」
「大丈夫。気を失ってるだけよ」
俺の問いに、レブランが横たわるリッカに目をやりながら無機質に答える。
「あー、なんだ、その......すまん」
俺はこの場の沈みきった雰囲気に居たたまれなくなって、思わず謝罪した。
するとミリィが怒っているような泣いているような、なんともいえない口調で言った。
「アンタは悪くない! 悪いのは......アンタじゃない」
再びどんよりとした空気の流れるなか、今度はテオが呟くように言った。
「みんな、ゴメン......ボクに勇者としての力が足りなかった。私にもっと力があれば......」
するとその言葉の言い終わらぬうちに、今度はレブランが悔しそうに顔を歪めた。
「テオ、それは違うわ。あなたはよくやってくれている。力のないのは私の方だわ」
どよ~ん。
そんな効果音がとてもよく似合う。
「ううっ」
そんな中、リッカが苦しそうな呻き声を上げた。
「リッカ!」
3人がリッカの顔を覗き込む。どうやら意識を取り戻したようだ。
「あ......。ご、ごめんなさい。私、みんなの足ひっぱっちゃって......」
いや、お前まで謝るんかーい! あーあ、揃いも揃って俯いちゃって。
俺はなんとか場の雰囲気を和らげるべく、起死回生の言葉を探した。
「じゃあ、間を取ってミリィのせいってことでいいんじゃないか?」
その瞬間、ただでさえ冷えきっていた周囲の空気が完全に凍りつくのを感じた。
恐る恐るミリィを見ると、口元で何事かをブツブツと呟いている。
あ、これ呪文の詠唱だ。
そう認識したのも束の間、俺の体は謎の麻痺に襲われ、さらに全身に酸性の雨を浴びて皮膚が溶け白煙をあげた。
「ぎゃあああ!」
過去一の俺の悲鳴が、美しい遠くの山々にこだました。
「クスッ」
俺の全身が緩やかに元の状態に戻る頃、不意にテオが吹き出した。
「本当に死なないんだね、キミ」
「腕、ちぎれてたねぇ」
と、レブラン。
「......脳みそ飛び出てました」
リッカが弱々しい口調で言う。
「......プッ」
「フフフ」
「アハハ」
それを機に、みんなが一斉に笑い出した。
よかった。過程はともかく、みんなの顔に笑顔が戻ったみたいで。
......って、なるかー! こいつら猟奇的すぎるにもほどがあるだろ!!
ふと見上げると、ミリィが得意のジットリとした目でこちらを見下ろしながら言った。
「アンタ、ここに来た以上永遠にあたしの下僕なんだから、わきまえなさいよね」
やっぱこいつが一番怖ええわ。