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第一章 造られた神⑥


「準備完了。始めるよ」


キオが端末を起動すると、小さな光が彼女の手元を照らした。その控えめな光に導かれるように、三人は静かに発電区画の奥へと進んだ。


ライフセル管理ホール。そこは、まるで時間が止まっているような場所だった。

人の気配はほとんどなく、空調と機械の動作音だけが規則的に鳴っていた。


イオの目に、ずらりと並ぶ透明なカプセルが映る。どれも一様に整った形状で、整然と並ぶその様子は、どこか美術館の展示のようでもあった。


「ここが……?」


「発電ブロックのひとつ。“第二感情処理層”だって、兄が呼んでた。メインじゃないから、セキュリティも薄めなの」


キオはそう言って、カプセルの一つに近づいた。中には、眠るように横たわる若者。顔立ちは穏やかで、まるで静かに夢を見ているようだった。が――目元には、うっすら涙の跡があった。


「起きては……いない?」


セラが小声で尋ねる。


「うん。感情を刺激する夢を見てる状態。意識はないけど、心だけは動いてる。たぶん、“悲しみ”系ね」


キオはさらりと言った。


どこかのスピーカーから、小さな音楽が流れてきた。柔らかな旋律。だが、妙に空虚だった。


「感情のベースを安定させるためのBGMなんだって。少しでも気分を落ち着かせた方が、感情が“深く”沈むんだってさ。変な話でしょ」


イオはその旋律を聞きながら、並ぶカプセルを見ていた。

確かに悲しみの空間だ。だけど、叫び声や呻き声が飛び交うような地獄絵図ではない。

それどころか――どこか、整っていて、清潔で、洗練されていた。


「……綺麗だな、と思ってしまった」


イオがぽつりと呟いた。


「うん、わかる。でも、そこがたぶん一番怖いところ」


キオは端末を操作しながら言う。


「ここにいる人たちって、全員“承諾”してることになってるの。貧困層や債務者、行き場のない人たち。あるいは、報酬目当てで自ら登録した者もいるらしい。…表向きは、ね」


「つまり、“誰も強制してない”って建前か」


セラが低く言った。


「そう。でも、選択肢が一つしかない世界で選んだものは、“自由意志”って呼べるのかな」


キオの手が止まった。端末の画面には、ログインの成功を示す緑のインジケーターが点灯している。


「ログ入った。今からログのダウンロードを開始するよ。10分、動かないで」


イオとセラが頷き、近くの柱の陰に身を潜めた。


しばらくして、別の区画から足音が聞こえた。機械の台車を押すような音と、口笛のような軽い鼻歌。


作業員の一人が、カプセルを点検しているらしかった。


「よしよし、順調、順調。今月の出力は平均超えだな。B区画、優良処理層だ」


キオが目配せをした。

作業員はこちらには気づいていない。イオたちは息を潜め、静かにその姿をやり過ごした。


「彼、悪い人じゃないのよ」キオがぽつりと言う。「ちゃんと人の名前を覚えて、ここで働いてる“発電者”たちに声かけたりしてる。でも……」


でも、と彼女は言いかけてやめた。


どこかのカプセルの中から、微かに笑う声が聞こえた。

その人は、夢の中で幸せな記憶を見ていたのかもしれない。あるいは、それすらも感情制御のプログラムが作った“幻想”なのか。


「……ここ、変なとこだね」セラがつぶやく。


「そうだね」イオも答える。


「けど、ここが今の世界を動かしてる」


キオは端末を閉じ、立ち上がった。


「ログのダウンロード、完了。準備は整った。これで、次のステップに進める」


イオは頷いた。「あとは、どう届けるかだな。この真実を」


その時、遠くの監視カメラがわずかに動いた。何かが、こちらの存在に気づいたかのように。


キオが眉をひそめた。


「まずい、ちょっと早く出よう。見つかるのはまずい。ここは……兄がいる」


その一言に、空気が少しだけ張りつめた。


「中央制御室はこの先。彼がそこで“ヒートコード”の更新管理をしてる。たぶん…今日も来てるはず」


イオとセラが顔を見合わせる。


「会うのか?」


「……まだ。でも、近づく必要はある」


キオは、どこかで覚悟を決めたように、短く言った。


「次のルートを案内する。準備はいい?」


その言葉に、イオは静かに頷いた。


通路を抜けた先、三人は一度地下階層の配管室に身を潜めた。キオの端末には発電ブロック全体の簡易マップが表示されている。中央制御室までは、あと二区画分の距離。だが、その道のりは静かすぎて逆に不穏だった。


「妙だな……本来なら、もっと警備があるはず」


イオが小声で言う。


「うん。でも、おかげで侵入できたとも言える」


キオが画面を見つめながら呟いた。だがその表情は、晴れてはいない。


「たぶん、“何か”を隠してるのよ。この静けさがその証拠」


彼女が指差したのは、制御室の手前にある「C区画」だった。


「感情異常値が高い個体が一時的に収容される“調整区画”らしい。兄が前に話してた。感情出力が暴走すると、供給が不安定になるから、いったん切り離して再調整するって」


「再調整って、どうやって?」


セラが尋ねた。キオは答えなかった。


そのとき、通路の奥からガシャン、と金属が落ちる音が響いた。


三人が一斉に身を隠す。薄暗い通路を、複数の機械の足音が近づいてくる。


現れたのは、2体の監視ロボットだった。無機質な球体のボディに、脚部が蜘蛛のように広がっている。

胴体中央のカメラアイが、赤くゆっくりと点滅していた。


「……定期巡回だね。戦闘用じゃないけど、見つかると厄介だよ」


キオが囁くように言う。


ロボットたちは通路を一定のリズムで進み、立ち止まるたびに赤いレーザーを照射して周囲の熱反応をスキャンしていた。

彼らの視界をやり過ごすように、三人は冷却管の裏に身を縮める。


と、その時。


ガガガッ、と通路の奥で何かが暴れた。金属の叫びのような音が響き、ロボットたちの注意がそちらに向いた。


「感情出力異常体、確認。対応プロトコル起動」


無機質な音声とともに、ロボットが方向を変え、通路の先へと駆けていく。


イオが身を乗り出し、わずかに覗くと――そこには、一人の“発電者”がいた。


カプセルから出された状態で、手足に拘束具をつけられたまま、崩れ落ちるように倒れている。

顔は涙と汗で濡れていたが、その目には恐怖でも怒りでもなく、奇妙な“笑み”が浮かんでいた。


「……笑ってる?」


セラがつぶやく。


だがその笑みは、どう見ても正気のものではなかった。


「強制的に“幸福”を再生させるプログラム、たまに壊れるの。感情が反転して、破綻するケースがあるって……兄が言ってた」


キオが震えた声で言う。


ロボットがその発電者を引きずるように回収し、扉の奥へと連れていった。扉が閉まると、静寂が戻った。


「……調整、ってこういうことか」


イオの声が低く落ちる。


「このままじゃ、俺たちも“正常”の定義に押し込められる」


キオは頷いた。「だから、変えたいんだ。ちゃんと見せたい。“ヒートコード”がどう使われているかを」


静かに息を吸って、キオは再び端末を操作した。


「……ルート変更する。さっきの件で、C区画は封鎖されるかも。少し遠回りになるけど、メンテナンス用の昇降路があるはず」


イオとセラが頷く。


三人は再び通路を抜け、配線の走る天井裏のような狭い経路を進んだ。時折、配線の間から微かに熱を帯びた空気が吹き抜ける。感情が燃えている証拠だ。


やがて、金属の扉が現れた。


「この先が、中央制御室。兄がいるかどうかは……開けてみないと分からない」


キオは背負っていたツールケースから、改造されたカードキーを取り出した。


「準備、いい?」


イオとセラが頷いた。


そして――扉が、静かに開いた。

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