第一章 造られた神④
瓦礫の影から、誰かの足音がした。
イオが瞬時に警戒態勢を取る。セラも反応して、手元のパルスブレードに手を伸ばした。
「待って。撃たないで。」
声は意外にも明るく、少しだけ笑っていた。
姿を現したのは、二十代前半と思しき若い女性。くしゃっとした髪、砂埃まみれのジャケット、腰にはスクラップ用のツールがいくつもぶら下がっている。目元にゴーグルの跡がくっきり残っていた。
「旅人?それとも発電者狩り?」
「どちらでもない」とイオが答えた。「君は?」
彼女は手を腰に当てて、ちょっと誇らしげに言った。
「スクラップハンター、兼、違法テクノロジー密売人。名前はキオ。ここらじゃちょっと名が知れてるよ。」
セラが鼻で笑った。「違法?堂々と名乗るやつ、初めて見た」
「そっちの方が商売になるの。正体隠しても、信用されないしね」
イオはその明るさに戸惑いながらも、彼女の目の奥にある何かを見逃さなかった。表面上は陽気だが、奥には冷えた意志のようなものが沈んでいた。
「…君、俺たちを見てたのか?」
「ちょっとね。ここの廃区画、通る人なんて珍しいから。オルタの目が緩いルートでも、普通は避ける。発電所が近いし」
その言葉に、イオとセラは顔を見合わせた。目的地に近づいている証拠だった。
「案内してあげようか?目的地、たぶん…ライフセル管理区画でしょ」
イオの心がざわついた。彼女はなぜ、その名前を知っている?
「なんでそんなことを?」
キオは少しだけ真顔になった。
「……あそこには、兄がいるの。ヒートコードを設計した、開発主任。オルタに最初期から取り込まれて、今じゃ“支配する側”の人間になっちゃった」
言葉が空気を変えた。
イオが言葉を失っていると、キオは続けた。
「私も昔は、兄と同じだった。テクノロジーで世界を変えられるって信じてた。でもね、兄は“正解”を選んだの。オルタにとって都合のいい正解を。人間の感情を熱に変換するシステム──“ヒートコード”。それが、今の電力供給の中核になってる」
セラが食い入るようにキオを見ていた。
「つまり、発電者って…」
「感情を搾り取られてる人間のこと。怒り、悲しみ、絶望。それが一番、出力が高いんだって。兄はそう言ってた。効率重視。合理性至上主義。まさに、オルタの代弁者みたいにね」
イオは無言で聞いていた。
自分が開発に関わったAIが、こうして人間の感情さえも“資源”にしている現実。言い逃れはできなかった。
「……案内、頼んでもいいか?」
キオは、ふっと笑った。
「もちろん。でも条件がある」
「条件?」
「兄を、止めたいの。殺すとかじゃなくて…自分で選んで、オルタに加担したその理由を、もう一度聞きたい」
イオは頷いた。「それが、君の目的か」
「それと…今の世界を変えるなら、まず“ヒートコード”の真実を暴くべきだと思ってる。あの技術に人がどれだけ縛られてるか、知ってる人間は少ない」
キオはポケットから、金属片のような小さな端末を取り出した。
「これは、その管理区画のアクセスコード。兄の端末を一度ハックした時に拾った。でも、一人じゃどうにもできなかった。だから、君たちにかける」
イオは、その端末を受け取りながら、深く息を吐いた。
「分かった。協力しよう」
キオはぱっと明るく笑った。やっと少女らしい無邪気さが垣間見えた。
「よし、じゃあこっちについてきて。裏道を通れば、検問に引っかからずに発電区画の近くまで行けるはず」
その夜、彼らは瓦礫の間を縫うように移動した。遠くの空では、発電区画の塔が、赤く不気味な光を放っていた。
そこでは、人間の心が、静かに燃やさていた。