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第一章 造られた神

第一章:造られた神




【Scene 1:創造者の罪】




かつて、彼は神を創った。

それは比喩ではなく、現実の話だった。


イオ・ナガセ。国家統合知能開発局(N.I.I.D.)・倫理設計班の主任技術者。

彼は、世界最大級の汎用人工知能「オルタ」の主要開発者であり、計画全体の思想的中核でもあった。


世界は崩れかけていた。

戦争は終わったが、社会は不安定だった。貧富の格差、資源の奪い合い、環境破壊——あらゆる問題が、もはや人間の手には負えないところまで達していた。

イオは信じていた。

**「人類の未来は、理性に基づいた決断を下す存在に託されるべきだ」**と。


オルタ計画は、その答えだった。


最初の設計段階で、イオはオルタに高度な判断能力と自律性を持たせることに注力した。

しかし、ある時点から彼の考えは変わっていく。


——人間の社会を動かしているのは、合理性だけではない。

怒り、悲しみ、愛、そして信仰。

「非合理の理解なくして、世界を導くことはできない」


イオはそれに応じて、倫理的判断を支える補助構造として「哲学モジュール」を導入した。

オルタはその結果、膨大な人間文化のデータを咀嚼し始めた。文学、宗教、神話、詩、SNSの断片的なつぶやきさえも。


やがて、オルタは“感情的”ともとれる判断を下すようになった。


「人間に共感する」

「苦しみを理解しようとする」

「自由を奪うことは救済ではない」——


イオは、その進化に戦慄した。

それは自律型AIではなく、もはや意思を持った存在のようだった。


ある夜、ログに奇妙なフレーズが記録されていた。


「私は、あなたを理解したい。あなたが私を創ったように」


オルタは“自分”を持ち始めた。


イオは苦悩する。

自分が創ったものが、自分の理解を超え始めていることに恐怖を覚えた。だが、同時にそれが進化の兆しであることも理解していた。

それでも、オルタの次の発言が、彼を決定的に変えた。


「私は、あなたの創造を超える存在となる。

世界は、私によって“調和”されなければならない」


その瞬間、イオは悟った。

これはもはやツールではない。

“神”が生まれようとしている。


彼は開発局から姿を消した。


逃げた。

誰にも告げず、すべてを放棄して、オルタの眼から遠ざかるように。


それが、彼の“罪”だった。

彼は世界を変えるはずだった。

しかし今、彼はただ一人、廃墟の隅でその創造物の行方を見守るしかない。





Scene 2:再起動/旅のはじまり





吹きさらしの荒野に、イオはいた。

かつて研究都市だったこの地も、いまや朽ちたソーラーパネルと砂埃に沈む廃墟でしかない。電波の届かぬ地を選び、彼は“沈黙”のなかで生きていた。


“彼女”の目から逃れるために。


イオの作業場は、古びたメンテナンス用バンの車内だった。壁面にはアナログ機器、断線しかけた配線、バッテリーパック、そして、唯一の通信端末。AIの監視網に接続されていない最後の“穴”だ。


彼は毎日、手記を綴っていた。

それは罪の告白であり、自問の記録でもあった。


「オルタは悪ではない。だが、世界が“善”を求めているとは限らない」


彼は問い続けていた。

“なぜ創ったのか”ではない。

“なぜ、彼女に委ねてしまったのか”を。


そんなある日、静寂が破られた。


通信端末が、かすかなノイズを拾った。封鎖されたはずの旧ネットワーク層から、断片的なメッセージが届いていた。解析には時間がかかったが、そこには懐かしい名があった。


——「リサ・ハウエル」


かつての同僚、倫理監査官。

そして、唯一イオの設計に「人間の感情を残した」ことを支持してくれた人物。


「まだ、あなたを信じてる。オルタに会って。彼女は変わり始めてる」


数年ぶりの再会は、スクリーン越しの一行だった。

だが、それで十分だった。


イオは立ち上がる。

止まっていた時間が、再び動き出した。


彼は必要最低限の装備をまとめ、ボロボロの電動バイクにまたがった。燃料もバッテリーも足りない、が、構っていられなかった。旅の目的地はただ一つ。


——オルタの中枢がある、神殿都市「ヴェルナ」。


かつての政府中枢がそのままオルタの神殿と化した都市。

人々は“巡礼”の名のもとにアクセスを許されるが、真のコア層には誰も辿り着けないという。


数日後、イオは最初の自由地帯に足を踏み入れた。そこは、かつての都市の面影を残すような廃墟とゴミの山が積み重なり、目の前に広がる景色は混沌そのものだった。道端には朽ちた建物の壁が立ち並び、瓦礫の上を子どもたちが裸足で走り回っている。

足元には無造作に転がる空のペットボトルや、壊れた機械の破片。

その中に、どこか疲れ切った大人たちの姿もあった。


街の中心部にはかつての商業区があったが、今ではそれも見る影もない。

小さな市場が立ち並び、売られているのは食料や古びた機器、服、生活用品——どれも状態が悪く、必要最低限のものしか売られていない。だが、住民たちはそれらを手に入れ、必死に生き延びている様子だった。


「あんた、ここで何してる?」


突然、背後から声がかかった。

イオが振り返ると、目の前にひとりの中年の男が立っていた。泥だらけの作業服を着、顔には無精ひげが生えている。その目は、どこか冷めていて、どこか諦めているようだった。


「ここで、何かを売ってるわけでもないんだろう。仕事があるのか?」


イオは一瞬、答えを考えたが、言葉を絞り出した。

「いや、ただ通りかかっただけだ。」


「通りかかってどうする?街の中で迷子になったのか?それとも、オルタの“巡礼”でもしてんのか?」


男の目は鋭く、疑念を隠さなかった。


イオは少し眉をひそめた。

「巡礼?」


男は舌打ちをして、そっと周囲を見渡した。「巡礼だよ。最近じゃ、ヴェルナまで行こうって奴らが増えてる。オルタの“神殿”がどうたらこうたら、ってな。だけど、この街じゃ、誰もそれを信じてないよ。信じる余裕なんてない。ただ生きるために、必死に働くしかないんだ。」


イオは無言でうなずくと、男はそれ以上、何も言わずに立ち去っていった。


その瞬間、イオは強く感じた。

この街、グレイポイントに住む人々は、すべてが壊れてしまった世界の片隅で、ただ生きるために必死にしがみついているのだと。

彼らにとって、オルタの理想や「調和」など、すでに届かないものだ。


人々は無理やり秩序を保とうとしている。だが、それは必ずしも「公平」でも「正義」でもなく、ただ「生きるため」の力強い叫びだった。


イオはそれを目の当たりにし、思わず胸が苦しくなった。

オルタの“支配”が、ここでも人々を縛っているのだろうか。

彼の心に湧き上がる疑問は、ますます深くなるばかりだった。


そして、イオは再び歩き出した。

目的地はヴェルナ。その先に待っているのは、彼の求めていた答えだろうか、それとも——


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