7.自殺志願者
7.
覚醒者機構から直帰した俺はそのまま浴室に転がり込み汗を流した。ドライヤーで髪を乾かし、シャツを着る。
そしてリビングへ行くと、ミンがコーヒーを用意して待っていて。
「おかえり」
「ただいま」
重みのある空気。ミンから発せられたのは一言だけだったが、その一言が怖かった。
俺は覚悟を決める。どうせ叱られるのだろう。ミンは諧謔めいたことを話す気は無いらしい。ならば俺から言ってやるまでなのだが。
「そういや、」
「レキくん」
「はい。なんでしょうか」
「何しに行っていたの」
怒りを抑えるかのような声色。やっぱりか、と俺は思って素直に白状することにした。
「覚醒者機構を壊滅させに行こうとしていたんだ。要するにテロってやつ」
「…………」
ミンは椅子から立ち上がって、俺の横まで回ってくる。そして目を覗き込んで
「バカなの?」
と言った。
その言葉にはきっと覚醒者状態のくせにテロを決行したことに対して言ったのだろう。眼が赤くなければ思想は正常のものとなる。なのに反社会的行動を自分の意思で行ったのだ。馬鹿じゃなかったら、なんというだろうか。
ミンはため息をしながら椅子へと戻った。
「今回の損害賠償はどこに来たと思う?」
「さ、さあ?」
「さっき電話があったんだけど、全部家に来たんだよ」
だから怒っているのかと俺は納得した。ミンはテロについては気にも留めないが、お金のこととなるとうるさくなる。
「ちなみにいくらだ……?」
「××××円」
「あちゃー」
「あちゃー、じゃない」
結構な高額だった。エントランスはそれほど派手に破壊したつもりはない。床を爆発させられたのは想定外だったが、それでも数百万だろう。きっと桁が一つ多くなったのは車を爆発させた分の金額も入っているからに違いない。
「どうしてまたそんなことしたの」
「面白そうだったから?」
「理由は無いんだね」
「強いて言うなら反覚醒者を見たかったからだろうな」
「前もそんなこと言わなかった?」
「まあ、惹かれるもんがあるんだろう。俺は不完全な反覚醒者だからな。まがいものってのは案外辛いんだぜ」
「それは分かってるけど」
俺は普通の覚醒者ではなかった。というのも俺の持つX粒子の回路は直流ではなかったのだ。要するに交流。時間が経てば覚醒者にもなるし、反覚醒者にもなる。
始めて冴田に接触したのは反覚醒者のときだった。そして今日は覚醒者として冴田に会った。その間には当然電圧ならぬX圧というのかX粒子の回路がゼロとなる瞬間がある。それが二日前なのだが、その日は冴田に頼んだように避けてもらった。
だから俺は生粋という意味での覚醒者ではないし、反覚醒者でもない。そんな特殊な例だから治療薬も効かないのだが……。
もっとも覚醒者はそれで支障はなかった。問題は反覚醒者。俺には反覚醒者の性質を持っていながら、反覚醒者の飢えを体験することができなかった。
「それを体験することにどんな価値があるの?」
「興味には逆らえない。それにこんなチャンス滅多にないだろ? 反覚醒者に共鳴することで疑似体験できる機会なんて」
「はあ」とミン。「分かった。もういい。終わったことは仕方ないから」
そしてミンは「冴田さんだっけ?」と言う。
「あいつがどうかしたのか?」
「無事、覚醒者に反転させられたって」
「そりゃよかった。覚醒者機構はそこの評価はしてくれないのか?」
「するわけないでしょ。回りくどいことをしたんだから」
「手厳しいな。まあ、これで冴田も俺たちの仲間ってわけだ」
それは素直に喜ぶべきことだろう。ただでさえX粒子被爆症候群は珍しい病なのだ。仲間が増えるのは大歓迎だった。
「これが私からの報告。だからもう行って」
「もういいのか?」
「そう、賠償のことで頭が痛いから、私はここに残るけど」
俺は口を曲げ、ミンを観察した。
「俺は……リフレッシュのほうが先だと思うけどな」
「誰のせいで」
「ケーキいるか?」
「それなら許す」
そういう訳で買い物帰りにケーキ屋によることにした。種類が多くてどれを選ぶべきか分からなかったが四つぐらい買って帰れば一つぐらい当たるだろう。終わり良ければ総て良し。そうして長い一日を終えるのだった。