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6.自殺志願者

6.

 戦闘経験をいえば、見ている限り、冴田も慣れていないわけではなさそうだった。自分の持ち味をよく理解し、素早さを重視して、X粒子回路を制御しているらしい。

 冴田はまた裏屋敷に掴みかかる。けれどそれは空を掴み、なんの成果も上げない。裏屋敷の未来予知はそんな攻撃を躱すことなど朝飯前のようだ。

 俺はパーカー下のホルダーを外し地面へと落した。短剣を五本、それを操り周囲へ展開させる。調子は悪くない。俺はうちの一本を裏屋敷めがけて投擲する。

 短剣は冴田のギリギリのところを通過して、裏屋敷に迫った。それを裏屋敷は上体を逸らして回避する。そのままバク転。冴田は距離を詰め、着地の瞬間を狙うようだ。俺はそれさえも避けることを見越して右に短剣を一本待機させてから左へ回り込む。案の定、裏屋敷は冴田の攻撃を右に躱し待機させた短剣へと接近した。

「ビンゴ」

 俺は短剣を胴をめがけて発射する。顔と足を狙ったって簡単に避けられるのだ。確実にダメージを与えるためにも狙うのは腹部。

 しかし裏屋敷は重心の軸を傾け、舞うように回転して回避して見せた。

「まあ、これぐらいじゃあ、どうにもなんねえよな」

 冴田を見れば片足に重心を乗せて突っ立っていた。

 そして俺のほうへ振り返って

「触れることもできない」

と苦笑する。まったく同意見だった。裏屋敷のプレコグニションと計算力には素直に賞賛を送りたい。これが覚醒者の傑作なのだろう。

「さて、どうするよ。作戦会議なんざ、今さら出来ねえぜ?」

「本気を出すしかないわ」

「へえ、策でもあるのかい」

「ない。ないけど、思考をアクセラレートさせるの」

「難しいことを言うねえ。俺との連携は困難になるぜ?」

「そうね、でも一度本気を出してみるわ」

 そう言って冴田はゆっくりと歩き出す。牽制をしているのだろうか。裏屋敷は俺を警戒しつつもその場を動こうとはしなかった。そして冴田はぐるりと裏屋敷の周囲を回ると、なんの合図もなく一直線に迫る。

 攻撃はワンパターン。裏屋敷に触れることに賭けている。加速した突進は減速することなく裏屋敷の方へ。選択した手は蹴りのようだ。愚直ともいえる一撃に見えるのだが……と、轟音が鳴り響く。床が突然爆発した。

「なるほどねえ。爆風を利用しようってか?」

 もっとも、本当の狙いは爆破の餌食になることだったのだろう。ここはさすが裏屋敷というべきか、巻き添えになることはなかった。ただ、バランスは崩していた。これが通用するなら裏屋敷に迫ることもできるかもしれない。

「貴重な経験だね。こんなこと今までになかったから……」

 なぜか裏屋敷は俺の方を見てそう言った。

「計算してみろよ」

「失敗は一度までだ。二度は無い。それに……能力が分かれば対策も可能」

 有言実行だった。次々と爆破する地面を今度は爆風も考慮して躱していく。

 あいつの頭はどうなってるんだ、そう感想を吐露せずにはいられなかった。

そして起爆剤が尽きたようで静寂が戻った。それから裏屋敷は「それじゃ始めようか。一方的なゲームを」と宣言する。

またエントランスに騒々しさが戻ってきて第二ラウンドが始まった。

 しかしそこからの戦闘は誰がどう見ても敗勢の一途をたどっていた。今まで手を出さなかった裏屋敷が徐々に手や足を出し始める。それを冴田は躱すことができなかったのだ。すぐに飛ばされ、地面へ倒れ込む。腹部をやられたらしい。苦しそうに息を吐きだした。

 このまま攻撃を続けられてはまずいと思い、俺も戦闘へと加わる。牽制の短剣を投じながら銅を狙うのだが、これがなかなか当たらない。

「あちゃートラウマになりそうだ」

 前回もこうだったのだ。そのときは敗走したのだが……しかしながら今日は冴田がいた。置いて逃げるべきだろうか。

「もう終わりにしよう。結果は歴然じゃないか」

「こちとら命賭けてきてんだ」

「反覚醒者らしいね。命も捨てられるって言うんだから」

 続けて裏屋敷は「こういえば分かるかな。もう見切ったんだ、君たちの攻撃を」と言った。

「例えば、そこのお姉さん。能力は爆破。恐らく触れた対象を爆破させるというものだろう。エネルギーの流れは接触点を中心にして、流し込む形式。要するに爆破の基を触れたところから相手へ譲渡する。これが意識的に行われているはず。だから触れる時間が極端に短いか、あるいは推測させなければ能力は発動されない」

 裏屋敷は冴田を見下ろしながら言った。

「それでお兄さんのほうは……避けるだけかな」

「おい、短すぎだ。俺が弱いみたいだろ」

 そんな俺の嘆きも裏屋敷に無視される。

「それじゃもういいかな。解散ということで」

「マイペースに進めやがって……冴田、まだいけるよな? ここで終わっていいはずがない」

「そうね……まだ終わっていないわ」

「そうは言ったって……結果は」と裏屋敷。

「御堂くん、時間を稼いでくれる?」

「何する気だ?」

「悔しいけど勝てないのは事実。過信していたわ。私の能力さえあれば覚醒者なんて簡単に倒せると思ってた。まさか手も足もでないなんて……。だからこのビルごと爆破させるの」

 それは覚悟の表情だった。

 自らの命を賭して覚醒者を壊滅させる。そこに迷いはない。

「……まあ、そうなるよな。どんぐらいあればいい」

「五分は欲しいわね」

「了解」

 これが最後の手だった。これが封じられればゲームオーバー。俺は五本のうち二本を手にする。近接戦の構え。俺は裏屋敷の首を襲い掛かる。しかし、ヘッドスリップで簡単に避けられ手首を殴打される。それから裏屋敷は懐へ潜り込み正拳突きをくらった。

 辛うじて待機させていた短剣を発射させ追撃を阻止したが……俺は冴田の横まで飛ばされて、

「悪い、無理みたいだ。質が違う」

「もう少し、もう少しで、準備が整うから」

 だから俺は痛みを無視しようと努めて立ち上がった。

 裏屋敷と相対する。彼の未来予知では何を見ているだろうか。どう攻めようかなど俺でも分からないのだから、きっと相手も分かっていないだろう。

 すると裏屋敷は不思議そうな顔をして

「いつまでやるつもり?」

と言った。

「このビルが破壊されるまでさ」

「御堂、もうつまらない演技は飽きた」

 一瞬、場が静寂で満たされる。

 俺は冴田を振り返って下手な笑顔を向けた。

「時間は?」

「あと少しだけれど……」

 物言いたそうな冴田の沈黙。裏屋敷の言葉の意味を図りかねているのだろう。

しかし俺にはその言葉が十分に理解できていた。要するにこんな茶番もここで終了ということだった。なにをすべきかなんて……。

 俺は「悪いここまでだ」と言い、冴田に接近する。ポケットに忍ばせていた注射器を取り出して、冴田の首に突き刺した。

 その行為が冴田にとっては理解ができなかったらしい。声も出さず呆然と俺を見ていた。

 やっとひねり出した言葉が

「どうして……」

「んー、俺、厳密には反覚醒者じゃないんだわ」

「言っている意味が……分からないわ」

 だから俺は「ほれ」と赤いカラコンを取る。

「よーく見な。裸眼だろ?」

「でも、以前に見たときは確かに反覚醒者の……」

「どういうことだと思う?」

「教えてくれないのね」

「時期にわかるさ」

 冴田の意識は薬効によってシャットダウン寸前。もう少しで彼女は眠りにつくだろう。

 俺は裏屋敷を振り返って

「んじゃ、俺、逃げるから。あとは任せた」

 そう言ってこの場所から逃げるように退散するのだった。


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