4.自殺志願者
4.
冴田は食い気味な姿勢を見せていた。表情が一転し、今までややぶっきらぼうだった表情が明るくなる。
俺はそんな態度に一瞬戸惑い、とりあえず「一息付けよ」と冴田の前にあったカフェラテを飲むよう催促した。
冴田は落ち着きを取り戻すようにして小さな動作でカップを持ち上げる。手が震えているだろうか。一口だけ飲み、カップを離した。
「ごめんなさい、つい」
「俺は可愛げがあって良かったと思うぜ」
「こういうのが好みなの?」
「ギャップ萌えってやつさ。そういう油断した一面がきゅんとすんの」
「はいはい、揶揄うのはこれぐらいにしましょう」
「そうだな。本題に入ろうぜ」
念のため俺は「飲み物はいいか?」と確認する。同じものを注文することにしてから、本題に入ることにした。
またあのロボットがやってくる。カップをトレイから下ろすと、背を向けて帰っていった。
「いつぶりかしら、こんなに楽しいと思えたのなんて」
「それは良かった」
「具体的にどうするの?」
「まずは前提条件だ。どうやってセキュリティを突破するか」
「ええ。あの扉だけが難点なのよ。確か特注よね」
「簡単さ、ハッキングするんだ」
「ハッキング? そんなことが?」
「知り合いに頼むんだよ。そいつの能力をもってすれば、どんなセキュリティも玩具も同然。ただどうしても突破できない扉があるんだぜ。なにってアナログの鍵さ。それ以外なら突破できるやつがいるんだ。だから心配しなくていい。侵入はほぼ確実だろう」
「私以外にもそんなお友達がいるのね。さすがというべきかしら、それとも呆れたというべきかしら、顔が広いようね」
「どうも」
徒党を組めば覚醒者機構のビルは突破できる。一人では決してビルへ侵入をすることはできないが、二人なら、いや三人なら不可能ではない。そして今回はたまたま条件がそろっていた。俺たちはきっと覚醒者機構のビルへの侵入を成功させるだろう。
その前にまず作戦会議をしなければならない。
そこで俺は「あんたの能力を教えてくれ」と頼む。
「そうね……爆発っていえばいいのかしら」
「もう少し詳しく教えてくれないか?」
「触れたものを任意の時間に起爆させることができるのよ」
「へえ、面白い能力だ。悪くない。ただ、ちょいと気になることがあるんだが、だったらビルごと爆発させればいいだけの話じゃないのか?」
「それだと私の生還が不可能だわ。威力が大きければ、それだけ制御が難しいの。任意の時間に設定する余裕なんてなくて、発動条件がそろうと途端に爆発よ。目標達成の余韻に浸るまでもなく私も木っ端みじん」
「確かに、そりゃつまらない」
というのも反覚醒者のモチベーションは何と言っても反社会的欲求の充足だろう。俺たちの行動の報酬は快楽だった。心地いいから強盗をする。心地いから街を破壊する。それが反覚醒者の醍醐味だ。
「あなたのほうは?」
「剣を操るって書いて、操剣師さ。厳密には金属全般あやつれるんだが、剣のほうがかっこいいだろ?」
「かっこいいかどうかは置いておいて、対人戦なら剣が便利そうね。今も短剣はどこかに?」
「ああ、服の下に隠し持ってる」
「だから季節にしては厚着なのね」
「そういうこと」
懐には常に五本の短剣。特にこだわりは無く、同じ種類の短剣を五本持っている。そして有事の際には面倒だがちょいとホルスターを外し、隠している短剣で相手に襲い掛かるのだ。かつて一度だけそんな場面があった。そのときは……いや、この話はよそう。思い出したくない話だ。
「あとは侵入してからのムーブだな。どんな予想が立てられる?」
そう言うと二人の間に考える時間が流れた。
もっとも俺としては侵入してからのムーブなんてどうだっていい。というのも、とにかく目の前のやつを倒していけばそれでいいのだ。効率化なんてプロの仕事であって、俺みたいな無法者には堅苦しいものだった。これだと楽天的すぎるだろうか? ここは嘘でも現実的に考えるべきなのだろう。
「とりあえず侵入したら覚醒者を集める必要があるわよね」
「まあな。ただ、そうすることでの懸念は集まりすぎることだろう。一対一に持ち込めるならいいが、多勢と無勢じゃ分が悪すぎる。いくらか相手を分散させる必要があるだろうな」
「それなら私の能力で同時に街を爆破するのはどう? 例えばそうね、自動車とか。そちらに手を回させればビルの戦力も弱体化するわ」
「あんたはそれでいいのか? 覚醒者の殲滅は遠のくぜ」
「幹部をやればいい。狙うのは頭。どう?」
「最高。あんたの意見を尊重するよ」
ということで、だいたいのことは決まった。
決まったと言っても選択肢は限定されているようなもので、無数の中から一つを選ぶのではなく、最初から一通りしかなかったといった具合だった。まあ、人生やっていればそんなことは多々あるだろう。本当はこうしたいと思ってもできないことはあるし、逆にしたくないと思ってもできてしまうこともある。そしてこういった場合の選ぶべき選択肢はだいたいは後者なのだ。ロマンばかりを追いかけてはいられない。そんな風に現実的な結論に、少なくとも俺は至ったのだった。
しかし釈然としないのだろう。冴田は俺とは対照的に考え込んでいる。
「なにか不満でも?」
「いえ、物事があまりにも早く決まりすぎたから。本当にこれで万全なのかしらって」
「まあ、気持ちは分かるぜ、俺は机上の空論だとは思うがな。どうせ先のことなんてそのときにならなくちゃわからないんだ。考えるから余計な不安を喚起するのさ。ぼんやりとしていたほうが案外妙案が思いつくもんだぜ?」
「そうだといいのだけれど」
そう言って冴田は肩を竦める。
そのあたりのことは性分の問題だろう。存外冴田は心配性らしい。もっとも考え込むのも一長一短、悪いことではない。その思慮深さが光るときだってあるだろう。だからこれ以上言うことはしなかった。
「決行日はいつにする? あんたも準備をしなきゃだろ?」
「そうね、二日あれば街に仕掛けをすることはできるけれど」
「あー、悪い。二日後は俺の具合が悪いんだ。四日後の正午とかどうだ?」
「分かったわ。ところで連絡先、交換しておいた方が便利よね?」
「あ? ああ、そうだな。俺、携帯のことはよく分かんねえから、あんたが勝手に登録しといてくれよ」
そう言って俺はポケットから携帯端末を取り出し、冴田へ向かって机上を滑らせる。丸みのあるケースのおかげでよく滑り、加減違わず冴田へ届いた。
「ロックは?」
「かけてない」
「不用心なのね」
「中身が空っぽなんだよ」
「私の連絡先も残るんだからロックかけてくれる?」
「……どうやってするんだ?」
「……ほらそこ、あんたの誕生日でも入れなさい」
「こうか?」
「それじゃ四日後」
「お代は俺が払っとくよ」
「ありがとう」
そして解散する。
決行日までにはまだ時間があった。果たして今晩はどう過ごそうか? 当日寝不足なんていってつまらない理由で本調子を出せないのは面白くない。それだけ俺もXデーには期待していた。