2.自殺志願者
2.
俺が毎日買い物をするのにはこれといった理由はない。どうせなら買いだめをしておけばいいのだが、ただ暇だから、それだけの理由で買い物へ行くことにしていた。
昼食を済ませた俺は日課のようにスーパーへ行くことにする。するとミンが
「あれ、今日は……」と何かを言おとした。
俺はだいたいの予想をして
「コンタクトいれたから問題ない」
「そっか。気を付けてね」
そう言葉を交わし俺はマンションを出る。
今日も天気は良いようだった。道中は買い物リストと広告を照らし合わせ、抜けが無いか確かめながら歩いていく。スーパーにつき、そして買い物を済ませた。帰りに覚醒者機構の公園によって……。
「毎日飽きないのかねえ」
とはいえ次には、俺も毎日見に来てるぐらいだから、「ま、俺も同じ暇人か」と妙な納得をしていた。間違いない。あの後ろ姿は……。見つけたのは遠くから覚醒者機構を睨むあの女の姿だった。
空いている手でポケットを探り携帯端末を取り出す。通話画面にはミンの文字。
「どうしたの、電話なんてしてきて」
俺は周りを確認して
「今、覚醒者機構の公園にいるんだが、少し頼まれてくれないか?」
「いいけど、なに?」
「座標でこの場所を調べて欲しい」
「座標って……ああ、昨日の女の人の話? オッケー、反覚醒者の信号を探せばいいんだね」
「頼む」
「すぐだからそのまま待ってて」
そう言って通話を繋いだままその向こうにミンの気配がなくなる。
ちなみに座標というのは覚醒者の位置の特定のことを言った。隠すほどのことでもないがこれも覚醒者の能力だ。要するにミンは覚醒者で、コンピューターを用いて人工衛星に接続し、天から覚醒者の位置を特定する。だから俺はミンにあの女が反覚醒者かどうかの判別を頼んだのだ。
少し待って……。
「レキくん、その人、反覚醒者だよ」
「ふうん、やっぱりか」
「どうするの?」
「どうって、話しかけてみるだけだが」
「了解。それじゃ機構への報告はしないよ」
「サンキュー」
ということで通話を切る。覚醒者機構のビル、その前のベンチに座る女に近づいた。あまり人の趣味には興味ないが、茶のその髪は肩の上で切りそろえられ、今日はTシャツにジーンズを着ているらしかった。足を組み、そこを肘の置き場として頬杖をついている。
こいつが反覚醒者。
外見では一般人と変わりない。
俺は無言で女の隣へと座った。十中八九ナンパのシチュエーション――それでも攻めすぎ――だが、今は女への興味の方が勝っていて、このアプローチも自分の中ですぐに正当化される。
俺は黙ってそこへ座り続けた。女の方も女のほうで立ち去る気配が無い。風の音だけが静かな時を乱した。
ひょっとすると覚醒者機構のビルに執着するあまり俺のことに気づいていないのだろうか。いや、気づいてはいるが無視しているのだろう。
俺はビルを見上げながら「そんなにあのビルが気に入ったのか」と独り言のように言う。
すると女が驚いた眼を向けてきて「私に言ったの?」と問いかけてくる。
「そりゃあんたしかいないんだから、あんたに言ったんだろう」
「どうして?」
「どうしてってナンパだよ、ナンパ」
女は眉をひそめ微妙そうな顔をした。
「私じゃなくて、もっと良い人がいると思うけど」
「そう卑下することはないぜ。魅力的な女性さ」
「ありがとう。でも、おススメはしないわ」
俺はその言葉をかみ砕き「なるほどなあ」と。
「なるほど、なるほど。てことは断られたわけじゃないんだな。ワンチャンスあるわけだ」
女は「強引ね」と微笑む。まるで小さな子へと向けるように。これがただのナンパなら相手にされていないことは歴然だが、そうではないのでその態度もさして気にはならなかった。
「まあ、でも、少しは面白そう」と女は続けた。
俺は「それは良かった」と大げさに喜んだ。
「ただ、これだけは言っておくわ。あなたとは今日だけの付き合い。明日は無いと思って」
「期待させておいてからの急降下が気絶もんのジェットコースターってか? まあいいぜ、あんたみたいな人と一日もいられるなら、生涯の思い出だろうよ」
「そう、理解が良いところだけは好きかも」
そういうわけで、最後にさらっと酷いことを言われた気がしたが、なんとか女に近づけたのでよしとして、そのままどこにも行かず会話を続けた。話しているとなんとなく伝わってくるが、女はこの場を動きたくないらしい。腰深く座り、立つそぶりを見せない。場所を移そうと言って断られるのも避けたいので、俺は話を続けた。
すると、「ねえ、私のどこが気に入ったの?」と迫られる。
「どうしたんだ? 突然」
「あなた、私のどこを見ているのって言っているの」
「そりゃ綺麗な双眸さ」
「嘘、気持ちがそっぽ向いてる」
そう叱責され俺は当惑する。人を騙すのは上手くはないらしい。確かに女が言うように口説くにしては焦点がずれていて、俺には彼女がここで何をしていたのかにしか興味がなかった。やれやれというか、となればここは素直に話すが吉だろう。変な嘘をついて機嫌を一層損ねさせたくはなかった。
「勘が鋭いんだな」
「ううん、別に構わないわ、嘘っぱちでも。ただそうね、何かの縁だしもう少しお話しましょう」
そう言われ、俺は「ああ」としか言うことができなかった。自分から話しかけたにもかかわらず今度は自分が相手に拘束されたような感覚。次からは立場が逆転し、相手のターンが続くだろう。
「それで道化師さん、どうして私に話しかけてきたのかしら」
「ずっと前から気になってたんだよ。ほら、あんたあのビルを毎日見ているだろ?」
「そうかしら? ……言われてみるとそうかもしれないね」
「それが物珍しくてな」
「へんなの。そんな理由で? ここに座ってるのも、散歩の休憩にここがちょうどよかっただけ」
「にしては、その親指。ネイルっていうのか? 剝れてるぜ。強い力で噛んでたんだろ」
そう言うと女は親指を見て口を曲げた。
「もしかしてお悩み相談でもしてくれるの?」
「どんなお悩みだい?」
「実は彼とうまくいっていないのよ」
「ふうん、それよりもっと面白い相談をしようぜ」
「悪い顔ね」
「表情に出るのが短所だな」
「面白い相談って?」
そう言われたので俺は立ち上がった。そして付けていたカラーコンタクトを外し、瞳を見せつける。それは反覚醒者を示す赤い瞳。
「あんたならこれを見れば言いたいことは分かるよな?」
「それって」
そして、眉間にしわを寄せ、仮面が外れたように表情を変えて
「…………何が目的」
「そう構えるなって。俺はただあんたに興味があるのさ。反覚醒者のあんたがどうしてあのビルを見ていたのかってな」