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1.自殺志願者

1.

 買い物から帰ると妹のミンはいくつものモニターを前にして、キーボードに指を打ち付けていた。また電気をつけずに作業をしていたらしい。ミンの白い髪がモニターの光を受け、暗闇に浮かび上がっている。微かな光が足元を照らしており、その足は地面には届いておらず、交差してフォールドされているのを見て、あえて言わないものの不便ではないのかと俺は思った。

 ミンの真剣な横顔。作業中で躊躇われたが、一応家に帰ってきたので「ただいま」と。

 するとミンの手が止まり「ん、レキくん。おかえり」と返ってくる。

 俺は作業の邪魔をするのも忍びないので「じゃ」とジェスチャーをしてキッチンへと向かった。背後からは「りょーかい」の声。そうしたのも夕食の支度をするためだった。

 両親は随分と前に亡くなっている。まだ小さい頃の話だ。だから今までの人生はちょっと変わった日々を歩んできた。寂しくなかった、といえば嘘になる。ただ不幸中の幸いと言うのかお世話になった人がこれが親切な人で、なんとかこうして成人するまでに至った。

 そして今はミンと二人暮らし。成人してせっせと働く日々を送っていた。

 家事全般を任せられている俺は今日もキッチンに向かって下ごしらえを始める。今日のメニューは……。

 とにかくミンの作業――たぶん仕事――が終わる前に料理は完成していなければならない。さもなければ嫌味のこもった「まだ?」を何度も浴びせられることになるのだ。そうなったらもう飢えた獣と同じで、手が付けられない。それが可愛いといえばそうなのかもしれないが、たまに「遅い」と横腹に肘をいれられるので急がなければならなかった。

 タイムリミットは……。俺は時計を見て案外時間がないことに気づき、慌てて手を動かした。とはいえ今日は間に合ったようで

「おー、良い匂い」

とミンがやってきたのと同じタイミングでテーブルに料理が出そろう。俺は心の中でほっとした。そしてそのまま席につき「いただきます」と食事をとるのだった。

 食事も済んだころ、ハーブティーと洋菓子をテーブルへ運びいつもの食後の団らんとなる。話はもっぱらミンの仕事についての話で、俺はその話をときにうなずいたりして聞いていた。

 ただ、一瞬の不覚というかぼんやりとしていたのがばれ、

「いま聞いてなかったでしょ」

と突っ込まれる。口調に怒りはない。どちらかといえば不思議そうな声音だった。

「なに考えてたの?」

「んや、たいしたことじゃない」

「あちゃーレキくん、それ大悪手」そう言ってミンはフォークで突き刺したフィナンシェを口へ運ぶ。咀嚼して

「そのたいしたことじゃない話に負けた私の話はどうなるのさ」

 正論だった。

 俺は反論をすることもなく

「……悪かったよ。今のは俺が悪かった。んで、今日の座標がなんだって?」

「その話はもういい。それよりレキくんの考えてたことを聞かせてよ。珍しいじゃん、考え込むなんて。よっぽどなことがあったんでしょ?」

「……いや、まあ、無いことは無いんだが。期待に応えられるようなことは無いと思うぜ」

「話せないこと?」

「話せること」

「じゃいいじゃん」

「聞いてから大したことないとか言って怒るなよ」

 それから俺はここ数日のことを俺は話し始めた。

 それは四日前のこと。俺にはスーパーからの帰り道に、ショートカットで覚醒者機構のビルのある公園を横切る習慣があった。そのときに一人の女性を見かけたのだ。ビルの前にあるベンチに座り、天に向かってそびえるビルを(にら)む女性。ただ観光しているのかと最初は思ったのだが、どうもそうではなくてこの四日間、今日にいたってはときに爪を噛みながら覚醒者機構のビルを睨んでいた。

 言ってしまえば不審者。とはいえ通報するほどではなさそうだが。

「ふうん、その人が気になってしょうがないわけ」

「まあ、変なやつだしな」

「そういうのレキくんの好みだよね。惚れた?」

「惚れては無い。ただ気になっただけだ」

「きっかけなんてそんなもんでしょ」

「ないない。俺が興味あるのは理由のほうだけ」

「そっか。つまんないの。私としてはそろそろ心配になってくるころなんだけど」

「なにが」

「レキくん、彼女作らないでしょ」

「それは、その必要が無いから」

「まあ、私がいるから」

「それでいいってわけ」

「大好き、レキくん」

「はいはい」

 俺はそういなしてカモミールのカップを口元へ近づけた。ミンはくるくるとフォークで宙に円を描いている。考えているしぐさだろう。その考えを吐露するように

「毎日覚醒者機構を見に来る人ねえ。安っぽい心理でいえば覚醒者志望の人ってところかな」

「それが第一候補だろうな。しっかしまあ、願ったってなれるものじゃないのは誰もが知っていることだろ」

「そうだね、覚醒者は病気だから」

 X粒子被爆症候群。それが覚醒者の病名だった。

名前の通りX粒子に被爆すると患う病で、この病にかかったものは総じて超能力を得るという非現実なことが症状として現れる。

 俺には難しくてよく分からない話だが、原理を簡単に言えば、体内にX粒子による回路ができあがるそうだ。その回路が正の向きなら覚醒者、負の向きなら反覚醒者と呼ばれる。そしてどうしてだか反覚醒者は反社会的行動にでやすいという傾向があった。反覚醒者による事件がニュースに上がってきたのは最近のこと。

 これがX粒子被爆症候群。

「覚醒者志望じゃなかったら職員のほうはどう?」

「ホームページの求人を見るべきだな」

「変だよね。覚醒者機構に何か恨みがあるのかな」

「誰かを殺害したいとか」

「まさか採用面接に落とされたから、その恨みで? んやー飛躍だよ。殺害するには背景が複雑じゃないと」

「形相が普通じゃなかった。俺は近いものに感じたけどね」

「殺害か……」

 すると「…………ねえ、レキくん、嘘ついているよね。語調がある程度確信してるときのそれなのに気が付いている?」とミンは言う。

「本命があるんでしょ」

「本命……本命か。あるにはあるが、これは俺の願望だな」

「レキくんの好みは普通じゃないからねえ。その本命って?」

「そいつが反覚醒者の場合さ。覚醒者が憎くてビルを睨んでいた。面白そうだと思わないか? 俺だったらその可能性に賭けるぜ」

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