伯爵令嬢の義姉さんの好みが強気なイケイケな男なら、僕はそれになりきろうと思います
「姉さんの好みは……強気なイケイケな男性……ってこと……? 僕とは真逆だけど、……やるしか、ない……!」
僕は持っていた本を閉じて、しばしの間、天を仰ぐ。
優雅なシャンデリアが、キラキラと輝いている。
チラリと足下を見る。床には同様の本がたくさんあって、僕は姉さんの読書量に感心した。
なにせ、すべてがロマンス小説で――そのすべてが、強引な男との恋愛話だったのだ。
ふと部屋の時計を見ると、時刻は十六時を指していた。
(もうこんな時間だ。姉さんが帰ってくる前に、部屋からでないと)
僕は参考に取り出した本を、すべてを元通りに本棚へとしまった。
(……参考に一冊持って帰りたいけど……、姉さんはこれを読んでいるんだから……気付かれてしまうかも)
僕は悩んだ末、本棚の奥にある――あまり頻繁に取り出すことのなさそうな本を懐に入れた。
(勉強したら、ちゃんと返そう)
僕は部屋から出た。
「ふぅ……」
部屋から出れば、とりあえずは一安心だ。
もし姉さんか――メイドでも、僕が部屋の中にいるところを見られたら、なかなか言い訳が難しい。
僕は自分の部屋へと向かった。
長い廊下を落ち着いて堂々と歩く。――ここは僕の家だ。
僕の名前はアルス・フォン・セヌヴァルラング。十七歳になったばかりだ。
僕の家は、ノートリア国の伯爵家のひとつだ。
僕には今、困っていることがある。
***
三日前のことだ。
昼食の時に父さんが、姉さんに向かって言った。
「シャロン、お前ももうすぐ十八歳だろう。そろそろ縁談を……とは思うが、幸いうちは近隣の貴族の中でも力がある。縁談もこちらから選べる立場だ。お前に誰か意中の男がいるならば、そこの家にしても良いと考えている」
「まあっ、本当ですかっ? お父様っ!」
「えっ?! 姉さんが結婚?!」
僕と姉さんは同時に、ガタンと椅子から立ち上がった。
「どうしてアルスまで立ち上がるんだ」
「い、いえ……」
僕は着席し、姉さんの顔を見た。
姉さん――シャロン・フォン・セヌヴァルラングだ――は、とても嬉しそうな顔をしていた。腰まで伸びる長い銀髪はウェーブがかかっていて、姉さんの青いドレスによく映えた。姉さんのアメジストのような紫の瞳は輝いていて、昔から変わらずとても綺麗だ。
(って、姉さん……喜んでる……?! 嬉しいってこと……?!)
「シャロンも座ってくれ。食事の最中だぞ」
父さんは注意の言葉を口にしたけれど、その顔はにやにやしていて、全然怒っているように見えない。
「どうだ、意中の相手はいるのか?」
「いやだわ。お父様! こんなところで……皆がいる前で、恥ずかしいわ!」
「そうだな。弟に聞かれるのは恥ずかしいか」
父さんは、僕の顔を見て、頷いた。
姉さんは席に座り直すと、僕の方を見て言った。
「どうして、アルスも驚いたの?」
「うっ………………」
姉さんがきょとんとした顔で、僕を見つめる。
僕は、少しの狼狽の後、
「いや、あんなに走り回っていた姉さんが、もう結婚できるのだと思うとね……」
と、なんだか嫌味のようなことを言ってしまった。
「うふふ。あなたの方が年上みたいなことをいうのね」
「ひとつしか変わらないじゃないか」
僕が言うと、姉さんは笑った。
僕の年齢は、姉さんのひとつ下だけど……この数ヶ月だけは、同い年だ。
僕らの食堂は、それほど広くない部屋だ。その代わり、厨房と少し近くて、料理は温かいまま運ばれてくる。若草色の壁紙に、有名な画家の大きな絵が昔から飾ってあった。
マホガニーで作られたダイニングテーブルには、父さんと姉さんと僕、それから静かに食事を続ける母さんがいた。
テーブルには白いテーブルクロスがかかっていて、僕らはそれに染みを作らないように食事をした。
食事が終わる頃、父さんは言った。
「そうだな。シャロンが結婚したら――次はアルスにも嫁を取らせよう」
「…………え……」
(なんてこった、僕にも矛先が向いてしまった!)
「どの家の令嬢が良いか、お前に希望はあるか?」
「い、いえ……」
僕は、ごにょごにょと否定する。
下を向いて、ナイフとフォークを動かし続ける。カチャカチャという音が、いつもより大きく響くような気がした。
「そうか。お前はシャロンと違って、社交界にやる気が無いようだしな。……たまには顔を出しておかないと、シャロンのように異性と仲良く出来ないぞ」
「い……行ってるけど」
「……男のいるところだけじゃあないか」
そう、僕は伯爵家として、貴族の会合や、おじさまたちのパーティーには父さんと一緒に結構行っている。だけど、姉さんの行っているような『サロン』には、どうも行く気が起きないのだ。
「お前もサロンで、しっかり嫁候補を選んでおくんだぞ」
「…………」
嫁選びなんて、僕には興味がない。
僕が好きなのは――姉さんなのだから。
姉さんの顔を見る。
姉さんはにこにこと笑っている。
「いいわね、アルス。私たちが家族を増やせたら――きっとセヌヴァルラング家は繁栄するわ!」
「………………うん……」
なんとか返事はしたけれど、
(……正直、姉さんが結婚するなんて……考えたくもないな……)
僕は愛想笑いでごまかした。
……姉さんは僕と違って、……恋愛に興味があるらしい。
メイドの話によると、ロマンス小説ばかり読んでいるらしいし――……。
最後に、父さんが言った。
「シャロンの結婚は、半年後には相手を決めるようにしてほしい。……十八歳の、誕生日までだ」
***
悪夢の宣言――昼食の後、僕は一人で廊下を歩く。
姉さんは、僕のことなんて、なんとも思っていないだろう。いや、なんともというか……家族愛はあると思うんだけど。
(……当たり前だ。姉さんと僕はこの家で育った姉弟なんだから。家族としか思っていないに決まってる……。)
全く以て、嫌になる。
「はぁ……。外の空気でも吸おうかな」
大ホールの階段を降りると広い玄関がある。
僕が外へ出るより前に、大量の荷物を抱えたメイドが帰ってきた。
よろよろとするメイドを、僕は荷物を少し持つことで助ける。
「坊ちゃま……! 大丈夫です……!」
「……ねぇ、これって」
その荷物は――本だった。耽美な表紙のそれは――おそらく、すべてロマンス小説だ。
「それは、お嬢様のご本です」
「だろうね。……姉さんが嗜むと、聞いたことがあるよ」
僕は、本の表紙を数冊、眺めた。
「……でも、これどうして同じ本なの? ……いや、ちょっとちがう……のか?」
「これらは別の本です。お嬢様が『似たような作品を捜してくるように』と、おっしゃいますので……」
「へぇ……」
「お嬢様はきっと、こういう殿方がお好きなのでしょうね」
なるほど。うんうん。よく分かった。
つまり――僕の作戦はこうだ。
(姉さんの……好みの男性のような振る舞いを努力して、僕のことを意識してもらうんだ!)
***
……そんなやりとりから、三日が経った。逆に言おう。チャンスが来るまで、三日待った。
さすがに姉さんより先に本を読むわけにはいかないので、あの後メイドを引き留め続けることはなかった。
それに、男の僕がロマンス小説なんて読んでいるという噂が立つのも……サロンに出向かず異性と交流しない僕だと……良くない気がする。
つまり、『姉さんが外出している間に、姉さんの本棚を見に行く』……! これしかないと思った僕は、今日それを実行してきたのだった。
先ほど本棚を偵察してきた限り、姉さんの好みは――、
「俺様系の、ぐいぐいくる強気でイケイケな男だったな……」
思い出して、ため息をついた。
僕とは、全く違うタイプだと思う。
僕は自分の手足を見た。細くて長く、肉体美とは遠い気がする。
僕は髪の色も瞳の色も黒だ。小説の中の金髪碧眼な王子様とは違う。一応、背は姉さんよりは高いけれど、……小説の王子様はみんなずっと高身長だった。
しかし、やるしかない。
姉さんは、あと半年で結婚してしまうんだから。
***
次の日。
姉さんの部屋から借りた参考書を、じっくりと読み込んだ。
(……なるほど)
だいたい、把握できたと思う。
僕が部屋を出ると、廊下を姉さんが歩いていた。
「あら? アルス?」
目が合い、姉さんから声をかけられた。
思わず僕の口元は緩む。
「姉さん……!」
駆け寄ってから、はっとする。
そうだ、今日から僕は――……!
「……シャロン。帰ってきてたのか」
「あら、まあ」
姉さんは目を丸くした。驚いているようだ。
まあそれもそのはず。
……名前で呼ぶのは、僕も結構恥ずかしい。
しかし『姉さん』と呼ぶ限り、僕は『家族』から抜け出せないのだ。
「シャロン。……これからは名前で呼ぶから……!」
「………………」
恥ずかしくて、自分から目をそらしてしまった。
横目でチラチラと姉さんの様子を見るが、姉さんは何も喋らない。
(……姉さんは今日も可愛いな……。)
今日も白銀の長い髪は美しく、ドレスは花束のように可憐だった。
(そうだ、こういうときに、ちゃんと口に出すのが『王子様』なんだ……!)
僕は、意を決して口に出した。
「シャロンの今日のドレス、素敵だな。もちろんそれを着るシャロンが……かっ……かわいいから、だけど……な」
「あ、……ありがとう」
……少しどもってしまったが、なんとか言うことが出来た。
(姉さんもやっと返事をしてくれたし、……こんな感じで良いのかな?)
僕は姉さんのドレスをまじまじと見た。姉さんのドレスは、いつも青いから似ているけれど――、
「あれっ、よく見ると、これ見たことないドレスだね。……だな。ごほんっ。……輝いていて、シャロンにぴったりだ」
「……そうなのよ! 今日のサロンまでに間に合って、良かったわ」
「さ、サロン……」
サロンは、姉さんの趣味で――たぶん若い男が、たくさんいる。
サロンの話を思い出したからか、姉さんはいつもの元気な口調に戻った。
「とっても楽しかったわ! 皆さんのお話、どれも素敵だったのよ!」
「ふぅーん……」
僕は、いつもの調子で返事をしてしまい――
「いや、えっと………………ごほん。……僕ともお茶にしよう。もっとおもしろい話を聞かせてあげるよ」
もちろん、そんな引き出しはない。……だが、負けていられないのだ。
姉さんは、「ふふっ」と笑った。
「いいわ、行きましょう」
***
僕たちはサンルームへと移動した。
サンルームは、家と庭の間にあった。
白く塗った木材と、ガラス張りの壁でできた温室である。
テラスのテーブルはひとつ。完全に家族用だ。
メイドが椅子を引くと、姉さんは優雅に腰掛けた。
「それで、どんなお話を聞かせてくれるの?」
「それは…………」
僕は紅茶を飲む。……時間稼ぎだ。
(考えろ。僕は……イケイケの王子様だ……!)
「えーと、そうだな……。こないだ商談でランボロス商会へ行ったんだけど。あそこは三姉妹でね。みんな僕にメロメロ……だったよ」
「まあ!」
ランボロス家に三姉妹がいるのは本当だ。……それが商談にでてきたかというと……そんなことはないのだが。
「ちょっと僕がウインクしただけで、三人とも黄色い声をあげるんだ。困っちゃったよ」
「あら、素敵! 私にもやってみせてちょうだい!」
「え〝っ……」
(……モテている王子様のイメージをまねしただけなのに、……。)
ウインクって、どうやるんだ? なんか小説ではよく書かれていたけれど……。
ぱちっ ぱちっ
……僕は一応、挑戦した。たぶん、片目だけつむれた……はずだ。
「………………」
恥ずかしくて、顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「まあ! 素敵ね! アルス、あなたいつの間にこんなことができるようになったの!?」
「あ……」
姉さんは嬉しそうだ。ということはウインクはちゃんとできてるということだ。
「シャロン! その……ウインクをするとかっこいいかな?!」
「え? かわ……ごほん。ええ! とってもかっこいいわ!」
(川? いや、姉さんがウインクを好きなのが分かった。これからは積極的に使っていくとしよう。)
僕は、手応えを感じた。
メイドが紅茶のおかわりをついだので、一気に飲み干した。
(……そういえば、姉さんってサロンでどんな男と話してるんだろう。)
今まで、姉さんが他の男と話すのを見たくないし、僕も他の女と話すのが億劫で、サロンを避けていた。だけど、姉さんの好みがはっきりした今、そんな男がサロンにいるのか……見極めなければいけない。
「シャロン、今度僕もサロンに連れて行ってよ」
「え〝っ」
「……シャロン?」
姉さんは慌てて表情を取り繕った。
「え、えぇーっと、そうね! いずれは! うふふふ……」
「………………」
……怪しい。
(いるんだな? 好きな奴が、そこに……!)
僕は、ぎりぃと奥歯を噛んだ。
姉さんは照れ隠しをしているようだ。恥ずかしそうに笑っている。『いずれは』なんて、暗に連れて行かないと言っているようなものだ。
僕は決めた。……次のサロンの日……こっそりついていってやる!
***
姉さんはいつだって僕に優しくて、いつだって笑顔を絶やさない。姉さんが不幸になるようなことはこの家にはないし、結婚相手だって優先的に選べる家柄だ。
姉さんは僕が雷で怖いと言えば、乳母よりも先に抱きしめてくれた。
姉さんは僕はピーマンが嫌いと言えば、甘い品種を図鑑で探してくれた。
姉さんは僕がケガをしたら、自分のスカートのリボンを取って傷口に巻いてくれた。
僕と似ていないその可愛らしい顔立ちが、こんなに似ていないなら姉弟じゃなければ良いのにと、そう思った。
***
サロンに潜入する日が来た。
今回の場所は、好都合なことに我が伯爵家の領地――ランボロス家の邸宅だ。
姉さんによると、『いつものメンバー』が揃うらしい。
(こんなチャンス、二度と無いぞ……!)
姉さんが出発してからでも充分に間に合う上に、僕がいてもおかしくない場所だ。近隣の――他の領地じゃなくて、良かった。
御者には事前に話をしてある。姉さんの馬車がでたあとに、僕も馬車に乗るから用意しておくようにと、そしてこのことは内密するようにと言ってある。
メイドはおしゃべりだからだめだ。特に、おしゃべり好きの姉さんにはすぐに漏らしてしまうだろう。だから僕は、お付きのメイドは付けずにサロンへ行こうと決めていた。
姉さんは、前回のサロンに着ていったのと同様の、青いドレスを着ていた。
(……新調したてだから、気に入ってるのかな。……かわいいからなんでもいいけど)
僕が物陰から姉さんを見ていると、姉さんは僕に気付いてとことことやってきた。
「アルスじゃない。こんなところで、どうしたの?」
どうもしないよ、と言いかけて、僕は『台詞パターン』を思い出す。
(えーと、確か、こうやって……)
僕は、シャロンに『壁ドン』とやらをする。
「シャロンが可愛らしいから……サロンへ出かけてしまうのに、嫉妬してしまうよ」
「あ……」
僕の影が、姉さんに落ちる。
姉さんが、僕を見上げて、その潤んだ瞳が――……僕は……
(た、耐えられない!)
僕は姉さんから勢いよく顔を背けると、三歩下がって離れた。
……至近距離の姉さんは危険だ。
イケイケ強気な金髪碧眼になるには、道のりが大変である。
「………………行ってらっしゃい」
僕は、姉さんの顔を見れずに、手だけを振った。
「え、ええ……」
去って行く姉さんを薄目で見ると、姉さんはちらちらと僕を見ながら、玄関へと向かっていた。
僕はその場に座り込む。
「はぁー……。僕はなにをやっているんだ……」
(ちょっと不審だっただろうか)
姉さんは、メイドたちといっしょに、馬車に乗ったようだ。
(…………僕、俺様系のふりが、ちゃんとできてるのかな……)
「…………」
僕は、自分の頬をパンと叩く。
(しっかりしろ! これから……姉さんの相手を見るんだぞ!)
もし、本当に姉さんの好きな金髪碧眼の高身長の男がいたら……僕はどうなってしまうんだろう。
僕は、急いで自室へ帰るとサロンに行ってもおかしくないような服に着替えた。同じ服だと、姉さんに気付かれやすいかもしれないし。
鏡で自分の姿を見る。……ちょっとキメすぎだろうか。
でも、もし『ライバル』がいるとしたら、これくらい『武装』してないと、僕の心は弱ってしまうかもしれない。
姿見の中の僕が頷いて、僕は勇気をもらえた。
姉さんの馬車が完全に見えなくなって、しばらく経った頃。
僕もランボロス家の邸宅へ向かって出発した。
***
ランボロス家は、商会だというだけあって、廊下の壁にはずらりと絵画が並んでいた。どの絵も、今はやりの画家だ。
僕は、我が家の食堂の絵のことを思った。
……ここに飾られているものは、古典ではないところが、『らしさ』を感じた。
楽器の演奏が聞こえる部屋に、足を踏み入れる。
思った通り、そこがサロンの会場だった。
部屋の中はたくさんの貴族が――五十人くらいか?――いて、それぞれおしゃべりを楽しんでいた。
人々のざわめきの中、僕は部屋の中を見回す。
姉さんはすぐに見つかった。
窓際のテーブルを囲んで、紅茶を飲みながらおしゃべりしている。
同じテーブルには、男が二人、女が二人……姉さんをいれて五人が座っていた。…………男は…………、いっしょにおしゃべりしている男は――なんとどちらも金髪碧眼だったのだ!
「な、なんてこった……!」
これでは、どちらが『ライバル』なのか分からない。
(……姉さんの様子を窺わなくては……!)
僕は、こっそりテーブルに近付く。
姉さんのテーブルの近くには、お菓子を並べた長机があり、僕はそこへ行ってお菓子を選ぶふりをして立った。姉さんは僕の真後ろにいて――背中合わせのような形になる。
耳を澄ませると、音楽や人のおしゃべりの中でも、姉さんたちの会話に集中することが出来た。
姉さんの女友達が言った。
「じゃあシャロン、それでその服を着てきたんだ!」
「ええ、そうなのよ!」
「弟くんが褒めてくれるなんて、よかったね!」
「アルスって、あんまり褒めてくれたことないの。でも、本当は分かってるのよ? 本当はそんなことないんだけど、いつも胸の中で思うだけで終わってしまう人なの。でもね、珍しく口に出してくれて……っ! すっごく頑張ってる感じがしててっ! すっごくかわいいのっ! だから、アルスが褒めてくれたこのドレスはもうお気に入りになっちゃって! 毎日着ない日も眺めてるのよ!」
(………………えーっと、僕の話か。……姉さん、あのドレスそんなに気に入ってたんだ……)
「それからそれからー?」
「最近の弟くんの頑張り物語はー?」
(…………僕の、頑張り物語……?)
「聞いてくださる? アルスったら、今日なんて私に『壁ドン』をしたのよ! でも、恥ずかしくなって、あの子ったら自分からやめてしまったの! もう、すーっごくかわいかった!」
「きゃーっ♪ いいわねぇ!」
「シャロン、最近のサロンではいつも生き生きとしてるわ♪」
「以前も、寡黙な弟くんの良さを真剣にお話しなさってたけど、話題が尽きることはないわね♪」
「そうなのよ! 毎度サロンでみなさん私のお話を聞いてくださって、嬉しいわ! こんなこと、家では言えないもの!」
(………………あれ…………。なんか思ってたのと話題が違うな……。でも、さすが姉さんだ。サロンで僕の話をしているなんて、家族思いだな)
金髪碧眼のイケメンが笑って言った。
「シャロンは弟くんの話ばかりだねぇ。そんなんじゃ、結婚はどうするんだい? セヌヴァルラング公は、あと三ヶ月もしたらシャロンが婚約するとおっしゃっているそうじゃないか」
「あら。どこで聞かれたのかしら。うふふふ」
(イケメンと姉さんが結婚の話を始めた……!)
僕の神経は緊張する。
これまでの謎の僕トークと、雰囲気が少しちがう。
イケメンが言った。
「……でも、そんなにブラコンなんじゃあ、家を出るときに離れがたいんじゃないかい?」
(姉さんが、家を離れる。)
想像するだけで、…………耐えがたいことだった。
僕は、拳を握りしめた。
姉さんは言った。
「うふふ。心配には及ばないわ。私には秘策があるの」
「……秘策?」
イケメンが小首をかしげた。
「心配いらないわ。私、『あの話』をお父様にしようと思うの」
「……でもそれ、まだ弟くんには言っていないんだろう?」
「ええ。でも大丈夫」
姉さんは、こくりと頷いた。
「アルスは義理の弟だもの。結婚できるはずだわ」
(……???)
僕は、姉さんの言葉を反芻する。
(………………なんだって?)
「ね、姉さん……」
「ア……アルスッ!?!?!」
僕は、思わず振り返って……姉さんに話しかけていた。
姉さんは僕に驚いて、椅子から変な体勢でずり落ちている。
「姉さん、今の、どういうこと……?」
姉さんが答えるより早く――
「きゃーっ! これがシャロンの弟くんー!?」
「かっこいいー! 素敵! シャロンの自慢していた通りの髪の艶ねー!」
「なるほど……。細身なのに筋肉もありそうだ……。正直シャロンは話を盛っていると思っていたが、言っていたとおりだ」
僕はドドドっと姉さんの友達に囲まれた。
「ひぇっ……。こ、これはいったいどういうことですか……?」
「いやっ! これはっ! そのっ!」
姉さんは、わたわたと両手を振り回している。……こんな姉さんを見るのは、初めてだ。それに。
「姉さんが、こんなにはしゃいで喋っているのも、初めて見たし……」
僕は姉さんを見て、姉さんの友達を見た。
姉さんは家では優雅に笑っている、おしとやかな令嬢だったけれど、――みんなの反応を見るに、毎回こんな感じ……なのかな……?
「えーっとぉ……」
シャロンの女友達が言った。
「シャロンってば、サロンでいつもあなたのお話をしているのよ。それこそ、昔からね」
「え……」
「最近、『雰囲気を変えようと必死だけど変われてなくてかわいいー』とかの話をしているの」
「え……」
(か、変われてない……だって!? あんなに研究したのに!?)
い、いやそれよりも! さっきからなにかとんでもない話がでているような気がする……!
「ね、ねえ! 僕と姉さんが本当の姉弟じゃないって、本当!?」
姉さんは、わたわたしていたけれど――やがて恥ずかしそうにうつむいて、こくんと頷いた。
「アルス、……実はあなたは、養子なのよ。私、ずっと前からこのことを知ってたの」
「えぇぇえ!? そうなの!?」
僕は知らなかった。
「だから結婚できるって?! そんな! ……ん? 結婚?」
(あれ? 姉さん、さっきから、もしかして、『僕と結婚』って言ってる?)
「ね、姉さんは……! 姉さんは強気でイケイケな金髪碧眼の王子様みたいな男が好きなんじゃないの……っ!?」
僕は、金髪碧眼のイケメンを指さした。
「あいつみたいな!」
指を差されたイケメンは、苦笑いをしている。
「……あら? どうして?」
姉さんは、きょとんとしている。
「……え? いや、だって……そういうロマンス小説が家にいっぱいあるじゃないか……」
「み、見たのね!?」
姉さんは慌てている。
(きょとんとしている姉さんはかわいいけれど……しらばっくれようにも、そうはいかないぞ! 僕は知ってるんだ、姉さんの性癖を……!)
僕が口を開くより前に――姉さんは言った。
「私が……っ、黒髪おとなしめサブキャラがでる本を集めているのを、見たのね……?!」
「え、なに……? 黒髪おとなしめサブキャラがでる本……?」
「主人公を応援したり、ヒーローとライバルとなったり、ただの従者だったりはバラバラだけど、アルスに似ているキャラがでる本を買いに行かせているのを、あなた知ってるのね……っ?」
「………………えっと……」
それは……知らなかった。
「………………」
僕は、周りを見渡す。……うるさくしてしまった。みんな僕らを見ている。
「…………姉さん、とりあえず…………家に帰ろう…………」
僕は恥ずかしくなって、姉さんの手を引いて部屋を出た。
***
家に帰ると、僕らは姉さんの部屋へ行った。
「あの……これ……」
こっそり借りていた小説を返す。……確かに、よく見ると、表紙には金髪碧眼イケメンの後ろに、黒髪の男が描かれている。
「気がつかなかったよ……。なんでこんな後ろにいるのばっかりなんだ……」
「あのね、アルス。最近のロマンス小説のはやりは、イケイケ強気なヒーローなのよ。おとなしい男の子がヒーローの本があんまりないの。だから、こうしてわずかな供給を得ているのよ」
「……はぁ」
僕にはよく分からないが、……姉さんがイケイケ強気な金髪碧眼が好きじゃないということが分かって、良かった。
「姉さん……」
「あら、アルス。もうシャロンとは呼んでくれないの?」
「シャ、シャロン……」
「うふふ。慣れないのよね。知ってるわ! かわいいわね」
「姉さん……」
姉さんは、くすくすと笑っている。
僕は恥ずかしかったけれど――姉さんといっしょになって笑った。
「ねえシャロン」
「なあにアルス」
僕は姉さんの手を取った。
姉さんは――シャロンは僕の手を握り返して、微笑んでくれた。
僕は、深呼吸をする。
そして――、
「……僕、シャロンのことが好きなんだ。ずっと、昔から。いつも一緒に居てくれて、可憐に笑うシャロンが大好きだった。他の男と結婚するなんて嫌だよ。だから……僕と結婚してください」
「……はい」
シャロンが僕の胸の中に飛び込んできて――僕たちは、抱き合った。
「……私、結婚相手が『誰でもいい』って言われて、本当に嬉しかったのよ。だって、アルスが良いって、お父様にごねてやろうと思って」
「そうだったの? じゃあ、僕の苦労は一体……」
「うふふ。かわいかったから、とっても有意義だったわ! ありがとう、私のかわいい……婚約者様♪」
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