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「えっ?」
「だから、福ちゃんのその人脈とリサーチ力を生かして、この人のこと色々調べて欲しいの」
「それは。上原はその人のこと……」
「一目惚れなの」
「じゃあ、自分でその人に直接そのことを伝えればいいんじゃ」
「何もわからないのよ。調べる手立てがないの」
「その人の同じ部署に同期は?」
「いないの」
「その人を知る、広報課の人とか?」
「そんなの私が聞けるわけないでしょ。だからお願い」
「でも俺だって調べられるか。それに調べるって何を?」
「福ちゃんは先輩と打ち解けるのが早いでしょう?研修の時も人事の人たちや、研修の講師とかすぐに仲良くなってたじゃん」
「それは、調べるとかそういうんじゃないし」
「その人のことを知る人物にたどり着くには早いと思うの。私がそんな風に裏でコソコソ調べてたら、なんか変でしょ?」
「たしかに変だけど。それって俺も同じことじゃない?」
「全然違う。だって、福ちゃんは男でしょ。近づくにしても、違和感がないじゃない」
「いきなりこの人のこと教えてくださいって言ったら、俺だって変でしょ」
「そりゃ、いきなり近づいて、教えてくださいって言ったら変よ。それを変じゃないように上手に導き出していくの」
「そんな回りくどいことせずに、直接その人にアタックした方が早いし、すぐにその人のことわかると思うな」
「福ちゃん、何も知らない人にいきなり一目惚れです。付き合ってください。って言われたらどう?」
「嬉しいかな」
「嬉しい?なにも知らない人だよ。怖くない?」
「ん〜人によるかなぁ」
「じゃあ嬉しかったとしよう。わかりました。付き合うってなる?」
「そりゃあ、何度かデートしてみてじゃないと」
「そうなった時に相手のことを全く知らないんだよ。お互い」
「そうだね」
「趣味も、何が好きで何をされたら嫌で。どんな服装に好意を持つかわからない状態で会うなんて、うまくいかない確率高いでしょ」
「だからそれを知るために、デートするんでしょ?」
「違うの。初めてデートする上でも、あらかじめ趣味嗜好がわかって、それを踏まえてたら、話が合うし、嫌な印象をもたれなくなるじゃん」
「まぁたしかに。でもそれって…」
「でもじゃないの。うまく彼氏にするためには、入念なリサーチが必要なの」
「同じ部署とか共通の友人がいるならともかく。…」
「ん?」
「そうか。その手もあるか」
「その手?」
「うん。それもいいかも。福ちゃんが結城さんと仲良くなるって手もあるなと思って」
「はっ?なんだよそれ。」
「仲良くなるか、調べるかはこれから考えるとして。お願い。協力して」
「え〜」
「お願いします。こんなこと福ちゃんにしか頼めないの」
「……わかった」
「ほんとに!嬉しい。だから福ちゃん大好き」
大好きって。その言葉嬉しいじゃないか。いやいや騙されるな。今日は楽しみにしてたデートだよな。デートだよね。デートじゃないよね、これって。俺は浮かれてデート気分でいたが、デートではない。依頼だ。金曜日、天にも昇るような気持ちで、土曜日はずっとドキドキし、もしかしたら手を繋いだり、腕組んだり、そして……。妄想に妄想を重ねて臨んだ日曜日。まさかの転落っぷり。と同時にそうだよな。こんな美人で明るく何の欠点もないような彼女が俺のことなんて見てくれるはずがないよな。たしかに、同期男子でNO.1だが、それはイコール彼氏候補ではなかったのだ。みんな笑うだろうな。そりゃそうだって笑うだろう。笑ってくれ。笑ってくれないと、もっと暗い闇に落とされてしまう。このまま協力するといいつつ、協力しないでおこうか。でもそうなると、俺はもう上原にとって、NO.1じゃなくなり、話すことさえもできなくなるんじゃないか。まだ気軽に話せる仲でいることが幸せなんじゃないか。しかも、一生懸命な姿を見せて、その結城という男に振られたら、もしかしたら、俺に振り向いてくれるんじゃないか。待てよ。だったら、結城という男に上原を振ってもらうように、もっていけば。そうだ。上原と親密に繋がる為にはここは協力するのが得策だ。そして、上原に会う機会をたくさん作れば、チャンスは増える。やってやろうじゃないか。結城純平。待っていろ。