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会社を飛び出して、恥ずかしくて、誰にも見られたくない思いで、家に戻った。ここまでとはと思っていたが、やはり嫌な予感は的中してしまった。上原はやはり中学生の時に周りを巻き込んで、嫌がらせをしてきた2人と同じ人種だった。どうやら縁があるらしい。福岡はやはり自分が気持ち悪くてしょうがなかったのであろう。こんな結果になるのが悲しかった。ただ、その悲しみを抱えつつ、結城は、頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも、気丈に身辺整理をし始めた。もともと会社には迷惑をかけられないと作っていた引き継ぎの資料や、自分のしてきた仕事、研究したものなど、全てデータに入れていた為、アップデートするだけで時間はかからなかった。次にジンをこれ以上会社に近づけない為に、どうしたらよいか悩んだ。考えている間に、今後のことも考えた。電話の着信が止まらない。携帯を見る気にもならなかった。今はそっとしておいて欲しく、携帯を置いたまま、家を出た。
上野駅に着いたのは、21時過ぎた頃だった。自分の気持ちを話したい時は、時々このゲイバーに行っている。ここでは出会いを求めるのではなく、ママに話を聞いて貰ったり、ママや誰かの話を聞いて、鬱憤を晴らしたり、笑わせてもらったりしていて、後腐れないのがいい。店前に近づく時に声をかけられた。その姿を見て逃げ出そうとした。
「待って」
「……」
「今日あの後あったことと、事実を知った方がいいと思って」
足が止まった。
「ここじゃなんだから、どこか座って話しましょう」
高藤はその人の後について、駅前の賑やかなファミレスに入った。ここなら誰にも会話を聞かれないと思った配慮だろう。席に着いて、ドリンクバーを頼み、コーヒーを注いできてくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ。ごめんなさい」
「水上課長が謝ることではないです」
「まず、あの場所にいたことから、ごめんなさい」
「後をつけてきたんですか?」
「実は、結城君がさっきの店に行くところを以前見たことがあって。もしかしたら、今日か近いうちに来るんじゃないかと思ったの」
「僕はわかりやすい行動してますね」
「今日会えてよかった。そして、今日は上原が本当に申し訳ないことしました。上司として、謝罪します」
「だから水上さんが謝ることではないですよ。自分にも原因があったんです」
「原因なんてないわよ。一方的に彼女が悪い」
「もう起こってしまったことですから、先のことを考えます」
「会社を辞めたりしないわよね」
「……」
「はじめは嫌かもしれないけど、少し時が経てば、みんな気にしなくなるから」
「私が、忘れません。恨み辛みで言ってるわけじゃないですよ。そう思われて、そういうものだと思われるのが耐えられない。自分の問題なんです」
「そこまで追い込まなくても」
「追い込んでないんです。自分のこれが嫌いで嫌いで仕方ないんです。30年生きてきて、まだ認めてないんです。だから、それを他の人は認めてるのに、自分が認めざるを得なくなるのが嫌なんです。自分が受け入れるまでは誰にも知って欲しくないんです」
「私たちはあなたが辞めないでいて欲しい。けど、決めるのは自分だもんね。これ以上は言えないけど、急に気持ちが変わって、やっぱりってなってくれてもいいから。むしろ、そうなって欲しいと思ってる」
「ありがとうございます。そんな言葉をかけて貰えて救われます」
「私たちは気が変わる方法を考えないとね」
微笑みながら下を向き、コーヒーを飲んだ。自然と気持ちが落ち着いていくのがわかった。
「今日、あれから営業の福岡君だっけ、詳しく教えてくれたわ」
「福岡が」
「ええ。ジンって男が会社近くにいたらしく、福岡君と上原さんが話しているところに入ってきたそうよ。福岡君のことを結城君のパートナーと思ったままだったらしく、それに上原さんが入ってきて、ジンって人があなたがゲイだってことを言ってしまったらしいの。そしたら、上原さんがあの行動を起こしてしまった。福岡君もすぐに行こうとしたけど、ジンって人にお金を無心されたらしく、離してくれなくて、渋々お金を渡して、追いかけたけど遅かったらしい。福岡君もそこから落ち着かなくて、大変だったわ」
「そうなんですか」
結城の気持ちがまた軽くなった。福岡がバラしたわけではなかったこと。そして、必死にフォローしてくれようとしてくれていたこと。嫌われたわけでも、怒ってたわけでもないことに、涙が出そうになったが、グッと堪えた。
「ここからは、私の憶測の話だけど、聞いてくれる?」
「はい」
「ジンって男はそもそも桐島専務を訪ねてたらしいわね。でも結城君も知り合いだった。ジンって男はゲイだってことは、桐島専務は結婚してるけど、バイ、もしくはゲイなのだろうと思ったの。そして、ジンって男と関係があった。あなたが入社一年目に異動になったのは、桐島専務とジンの関係を知ってしまったことで、桐島専務が居心地が悪くなったせいじゃないのかなと思うの」
「……」
「桐島専務があなたを敵視してた理由がわかって、腑に落ちたわ」
「……」
「でも、桐島専務が心配ね。ジンって男がまだ社の周りをうろついているなら、また余計なことをするんじゃないかしら。お金を無心したってことだから、脅迫しようとしてるとか」
ジンの行動はやはり、目に余る行為だ。なんとかしなければ、自分のような被害に合う人が増えてしまうんじゃないかと思った。何かいい方法は。
水上と話を済ませて、水上は今日会ったことも言わないと言っていた。でもとにかく待ってる。と言って帰っていった。人間関係をうまく築けない自分だったが、仕事を一生懸命していたら、見てくれて、評価してくれて、人間性も認めてくれる人がいることを知った。自分は恵まれた職場で働いていたことに改めて感謝した。そして家路を急いだ。自分にはしなければならないことがある。
家に戻ると郵便受けに福岡から"連絡待ってます。"とメモ紙が入っていた。部屋に戻り、着信は23件、メールが29件入っていた。ほとんどが福岡からで、返信したい、話したい気持ちをグッと堪えた。会えば抱きしめてしまう。絶対に会ってはいけない。パソコンを開き、北課長宛にメールを送り、共有ファイルをマーケティング課の共有ホルダーに入れこんだ。そして、福岡宛に手紙を書いた。




