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昨日の飲み会の福岡の様子が気になり、井上は朝から結城のデスクを探した。
「おはよう」
「あっ、おはようございます」
「今日、お昼一緒にどう?」
「珍しいですね。ランチのお誘いとか」
「まあな。いい?」
「はい。じゃあ」
「じゃあ、昼休みここに来るから。じゃ」
「わかりました」
井上のいつもと違う態度に、どんな話をされるのか、心穏やかになれなかった。誰がらみの話なのか。ついに、動き始めたのかと思っていた。
午前の時間はあっという間に過ぎ、昼休みになるとすぐに井上がきた。社食ではなく、外出するようだ。少し歩いたビル前のひろばに移動販売で買った弁当を出すと、井上がさっそく切り出した。
「なんかあった?」
「へ?」
「最近、福ちゃんとなんかあった?」
何?福岡から聞いたのか?
「なんかって?」
「昨日俺ら福ちゃんと飲みに行っただろ」
「はい。」
「お前は断ったけどな」
「すみません」
「うそうそ。それは気にすんな。毎度のことだ」
「すみません」
「福ちゃんが、振られた子のことはもう気にしてない様子なのに、結城に対して、すごいトゲがあって」
「そうなんですか」
「そんなものすごい付き合いがあるわけではないけど、なんかすごい怒ってんなと思ったもんで。気になってさ」
「そうですね。どう言ったらいいか。とにかく、お互い衝突してしまうみたいです」
「気が合わないってこと?お前たち、仲良くしてるのかと思ってたよ。正直、結城自身が変わったように感じて、福ちゃんの効果かなと思って、こちらとしてはよかったと思ってたんだけどな」
「変わった?僕がですか?」
「ああ。なんか社交的になったというか、明るくなったというか。はっきり変わったわけじゃないんだよ。俺が感じただけで」
「そうだったのかなぁ」
「俺から見たら変化は確かにあったよ。福ちゃんから結城の家で飲んでますとか、メール来ることあったけど、驚いたもんな。俺が8年いて、まだ切り拓いてないとこを、福ちゃんはあっさりとクリアした感じで、ちょっと嫉妬したよ」
「嫉妬って」
「そうさ。結城のことはかわいい後輩と思って接してきたのに、いともあっさりと」
そうだ。この人は、いつも自分に声をかけてきてくれてたじゃないか。それなのに、
「井上さん、ありがとうございます。そんなふうに思ってくれたり、気にかけてくれてたことに全然気付こうともせず。私が悪いんです。こんなんだから」
と言いながら、涙が気を抜いたら、溢れ落ちてしまう。でも見せたら気持ち悪い。とにかく下を向いて、泣かないように、目に集中した。
「だから、俺じゃ言えないなら、福ちゃんになら言えるなら」
「違います。誰かに話したいわけじゃないんです。誰かのせいとかじゃなくて、自分の問題なんです。誰も悪くなくて」
「それを誰かに話せないのか」
「言えない。信頼してないわけじゃないんです。嫌いなわけじゃないんです。むしろ、感謝してて、できないのが申し訳なくて」
「わかったわかった。もういいから、飯食おう」
「はい」
後輩が苦しんでいる。心を開けない、本音を言えない。話せば大したことがないことかもしれない。でもそれが言えない。井上にはそこまでのことを抱えたことはないが、ただならぬ状況にそっとしておくしかないのかと。無力さにもどかしさを感じていた。でも何か協力できる時が来た時は、全力で力になってやりたいと思っていた。桜井や崎本は、嫌味な奴だと言っていたが、井上にはわかっている。不器用で、自信がなく、人の顔色を伺って、積極的になれないながらも、それを仕事の姿勢に変換し、謙虚さを忘れずにいることで必死に社会と繋がろうとしているのを知っている。だから、いつも自分が繋がっていようと思っていた。誰もが敬遠してしまいそうな彼をなんとか留めておきたいと思っていた。それを理解する人がいると嬉しくなった。化石を発掘するように。ちゃんと見つけてくれたことが嬉しかったりした。最近では福岡だった。福岡がなんとかしてくれるのかもと期待していた。でも福岡の底抜けの楽観主義さえもはね返す壁はどんなものだろうか。しかし、結城自身ももがいていることが今回わかった。原因はわからないが、苦しいことも伝えてきてくれた。ちゃんと人間味を持っていることがわかった。言いたいけど言えない状況にいることもわかった。言わなくてもいい、ただその悩みが小さくなれば、大したことじゃなくなれば。




