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仲の良い同期とは飲みに出かけたが、研修後初めて大勢が集まる同期会が開かれる。福岡はこの日に勝負をかけていた。研修期間中に共に過ごした仲間の1人に想いを寄せている。連絡は取り合っている。飲みに誘おうと何度も試みようとするも、飲みに行くまでは至っていない。上原美織は誰に聞いても美人と答えられ、高嶺の花のような存在だが、高嶺の花と思わせないほど、社交的で明るく、ノリもよく、欠点が見つからない。そんなパーフェクトな女性だ。しかし、男性陣からしたら、とにかく話しかけづらい。寄せ付けないオーラを放っている。だから、女子同士で楽しそうに会話わしているのを遠巻きに見るしかない。研修期間中でも、今まで振られたことなんてありませんという感じのイケメンでも、今まで挫折を味わったことのない高スペック男子でも、玉砕してしまう有様で、皆尚更に敬遠していた。では福岡はどうして連絡を取り合える仲なのか。それは福岡の性格、見た目が彼女へと近づけている。福岡は容姿は身長は平均より高く175センチ。だがそれを感じさせないほど丸っこく、可愛らしいフォルムをしている。そして、顔はベビーフェイスで愛くるしい顔をしている。さらには、その見た目だか、歌謡曲好き、辞書や辞典を愛読し、他にも現在の若者がもつ趣味とは思えない趣味を持っている。そのギャップが飽きさせず、とにかく印象が一括りにできない、完全に唯一無二の存在である。明るくコミュニケーション能力に長けていて、誰とでもすぐに打ち明けられる。そんなわけで、美織にとっても取りかかりやすく、警戒心なくスムーズに受け入れられたのだろう。ただそんな長所ばかりの福岡も、この見た目キャラクターのせいで、一向にモテることはない。マスコットキャラクター的立場だと言えばよくわかるだろうが、たくさんの人に好かれるが恋愛対象になることはないのだ。だが、いつまでも他人の恋愛を指を咥えてみているわけにはいけない。だから、今日こそデートに誘おうと決めている。
会場には、同期でも1番仲の良い千曲康太と向かった。千曲は研修時同部屋で過ごし、意気投合した。千曲は寡黙で温度を感じないくらい醒めて見えるが、実は面白いことが好きで、発言が少ないが、発する一言が的を得ていて、話せば話すほど引き込まれていく。福岡も現に初めは仲良くなれるか心配していたが、噛めば噛むほど味がでて、福岡は千曲に絶大なる信頼を寄せてしまっている。また千曲は、誰に肩入れするわけでもなく、誰に対しても適度な距離を取るが、自分が信頼できる相手になると一気に距離感をなくしてくる。友人関係を作るとしたら、完全に狭く深くタイプだ。千曲は福岡の今日の目的は知っているが、冷静に目的を達成できないと思っているし、福岡にも話している。そもそも千曲にとって、福岡に美織は合ってないと思っている。美織にはもったいない。と思っているのだ。美織に福岡の良さがわかるわけがない。ただ、別に恋路を邪魔する気はさらさらないので、止めることはない。
会場にも人が集まり出し、賑やかになってきている。やはり同期とは不思議な繋がりがある。1ヶ月間それぞれの部署で、打ち明けられない鬱憤を同期には吐き出せ、それを分かってくれる。こんな気持ちのいい飲み会はなかなか経験できなかっただろう。会場に集まったメンバーで、どんどん話が盛り上がっている。そして、会場に誰かが来るたびに、みんなで向かい入れる。日本全国に支店を持ち、海外にも拠点のある企業な為、本社勤務が出席者が大半だが、中には一次会間に合わなくても、福岡や北海道から参加しようとする者もいる。何次会からの参加になるのか。それまで会はあるのか疑問ではあるが、明日は土曜日ということもあり、土日を東京で過ごすのであろう。会場にはほとんど集まり、開始時間ももう間も無くとなり、飲み始めている者もいたが、一度仕切って乾杯することなった。幹事は商品企画部の阿川大吾と野波翔太が務め、阿川は研修時からリーダー的存在だった。野波は同じ部署ということもあり、阿川に引きづられたのであろう。こういう仕切りの好きな存在がいるのは助かる。同窓会など頻繁に行うクラスなどあるが、彼のような存在がいるからだ。1人もいないと、したいねというだけで結局実現しないことが多々ある。阿川は学生時代でも、生徒会や、野球部主将、大学サークルの幹部ととにかくみんなをまとめる立場を多数経験し、自らもそれを好きでやっている。千曲に言わせると変態らしい。福岡は阿川の立場はわからないまでもない。自身もそういう役割を過去に担ってきたからだ。ただ立候補するほどではなく、仕方なくということが多く、名乗りを上げる人がいるのであれば、それでいい。お酒を飲むのが好きな福岡は、幹事で周りに気をつかうより、自分勝手に飲みたい。だが今日は違う。酔い潰れるわけにはいかない。目的が達成されるまでは、意識ははっきりしておかないと。と、福岡はあたりを見回した。まだ来てない。さっきから何度も確認しているわけだが、まだだ。阿川は忙しそうにしているので、野波のところに行き尋ねてみる。
「野波。野波。」
「あっ?」振り返る。
「中川たちは?」
こういうところ。自分にとっては上原美織のことが気になるのに。敢えて外して聞いてしまう。こういう面でも恋愛ごとに対して、ストレートにいけない。情けない。
「ん?さあ。なぁ、阿川。中川たちは?」
「なんか少し遅れるって。始めててって連絡あったよ。」
「そっか。わかった。ありがとう。」
なんだまだ来てないのか。と戻り途中に、乾杯をすることになったので、急いでグラスのところに戻った。
人数は120人くらいなので、立食形式になっている。みんな顔見知りなので、忙しいが3ヶ月も一緒に過ごしているとだいたいグループができていたりする。そこを基盤にではあるが、それぞれに話したいことがあったりする。千曲がいるところに戻り、乾杯をし、一気に飲み干す。おいおい。酔っ払ってはいけなかったんじゃないかと自分自身を脳内がツッコミつつも、まだ来てない安堵感と緊張感で飲まずにはいられなかった。食事、酒が進み、どの場所でもこれまでのストレスを発散し、競うように盛り上がり始めていた。
「ねぇねぇ、聞いたよ。」
「はっ?」
千曲と飲んでいるテーブルの後ろにいる1人に話しかけられる。彼女は商品開発部の梶村さつき、長身でスリム、背筋も伸びていて、一言で言えば、キリッとしている。開発に携わるリケジョで、白衣がよく似合うのは間違いない。そして隣にいるのが、経営推進部の大澤紗希。彼女はお堅い部署に似ても似つかない、小柄でマスコットキャラのような女の子で、ほんわかしている。が、見た目とは裏腹しっかりしているのだ。福岡とキャラクター対決でもできるのではないかと思えるが、性格的には向かない。
「福ちゃん、上原さんに、告るんでしょ。」
「はっ。なんで。……千曲!」千曲を睨みつけた。
「いや、外堀から埋めとかないと、お前ひるんで言わねーかもと思ったから。」
「まじ、お前。」
連れていって締めようとしたが、
「これ以上広めないって。んで、どうなの?いけそうなの?」
「いやぁ。断られるんだろうな。」
「でも付き合って、じゃないんでしょ。デートしてくださいでしょ?」
「まぁそうだけど。」
「デートくらいいけるでしょ。連絡取り合ってる唯一の男子なんだし。」
「あのイケメン柴田と高スペック石津という二代巨塔を振った上原が、福ちゃんを選んだとか、めっちゃ面白い展開じゃん。」
「でも福ちゃんが意外。」
「意外?」
「どうして上原のことが好きなのか。」
「?」
「似合う似合わないでいったら、似合わないけど、たしかに、福ちゃんが選ばなそうなイメージだった。」
「どんなイメージ?」
「さあ、知り合って半年だから、わかんないけど、ただのイメージ。」
「適当だなぁ。」
「まぁさ。今日の楽しみが増えたよね。」
「大丈夫。絶対に邪魔しないから。」
「なんか、やりにくくなっちまったじゃねーかよ。」
千曲の頭を叩く。
20分くらいたった頃だろうか、「ごめん」と言わんばかりに、美織と美玲が到着した。ひっそりと入ってきてるように見せかけて、"あたしたち来ましたよ"としっかりアピールしていて、注目が一気に集まる。福岡にとってスターの登場だ。酔いのせいもあり、いつも以上に輝いて見える。同じオフィス内とはいえ、数回しか顔を合わせていない上に、会話もほとんどしていない。うっとりと眺めている。可愛いなぁ。と見惚れているなんて美織は気がついていない。入り口近くにあるテーブル周辺で楽しそうに話している。チャンスはいくらでもある。ん?いくらでもあるか?デートに誘うためには、とりあえず話をして盛り上がってないと。それから、一次会が終わってか、二次会に美織も流れるなら、二次会終わり、または途中の会話の中で。と想定しているが、そううまくいくのか。そもそも、美織にお目当ての相手がいる。もしくは、同期なんて関係なく、彼氏ができているかもしれない。同じ会社でなくても、もう出会っているかもしれない。何もわからないがとにかく行くしかない。行くしかない。……行くしかない。行けない。足が進まない。えぇい飲んでしまえ。ビールを一気に飲み干す。
時は刻々と進んでいく。千曲が戻ってきた。
「おいっ!」頭を叩かれる。
「おう、康ちゃん。」
「完全に酔っ払ってんじゃねーよ。」
「もうね。やっぱ福ちゃんは変よ。最高。」
一緒に飲んで酔っ払っているのは、生産管理部の立山慎太郎と財務経理部の市川雅人だ。もうただ陽気に飲んでいる。気楽でいいやぁ。楽しい。だから、現実に戻さないで。
「千曲、福ちゃんの昭和歌謡のモノマネ全くわからなんのに、顔が最高。」
「昭和のスターモノマネね。」
と、いいつつ、引っ張っていかれる。
「ほんとに行かなくていいのかよ。」
「……。」
「今行かなくて、そのせいで他のやつに取られたらどうすんだよ。」
「……。」
「わかった。知らん。」
「何、なに?コソコソ話して。」
立山が間に入ってくる。
「いや、福岡が、上原と話したいって言ってたんだよ。」
「お前、上原とよく話してたじゃん。何、もじもじしてんの。」
「もじもじしてねーよ。」
「やっ。まじで!」立山も状況がわかった。
「……。」
「無理に決まってんじゃん。」
「なんでだよ。」
「福ちゃんはないわ。上原とか、俺ら同期なんて相手しないって。お前自分のレベル考えろよ。」
「なんじゃい!レベルって!」
「レベルどころか、異世界だよ。FFにプーさんが出てこないだろうが。」
「うまいこと言うね。」
「……誰がプーさんやねん。」
ーー何が面白いのか、アホ面で笑ってやがる。くそっ。ーー
「わかったよ。いってきて、俺の実力を見せてやろうやないか。」
「チキンがいけるわけねーだろ。」
俺が同期の中じゃ、上原に1番近い男だ。俺が行かないでどうする。上原とのデート漕ぎつけてやる。福岡への挑発が見事に成功した。というよりも、千曲は何もしてない。立山、グッジョブと千曲は心の中でガッツポーズをし、立山のファインプレーを讃えるため、グラスにビールを注いだ。立山もなんの祝杯と状況がはっきりわかっていないものの、上原の元へいく福岡へと導いたことに喜んでいるのはわかった。
美織は美玲とともに、一女子グループの中で楽しそうに話している。そこに、向かってくる男が1人。その勢いを感じ、振り向いてみると、福岡が猪突猛進に迫ってきているそして顔が怖い。
「ちょっと福ちゃんの酔い方。何?どうした?」
美玲の問いかけなんて耳に入ってこない。福岡は美織を見ている。美織は笑顔で、
「おー、福ちゃん。まぁ飲もう飲もう。」
とそこら辺にあるレモンサワーを渡し、そのテーブルで乾杯をする。福岡はグラス半分弱の誰かの途中のものを一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりだね。飲もう飲もう。」
美織は店員さんにレモンサワーを5杯頼む。
「福ちゃんに会うの久しぶりだね。いつだったかすれ違ったよね。」
「6月7日。」
「何、覚えてんの?ウケる。」
「でも話すのは久しぶりだから、嬉しいよ。」
「私も嬉しいぞ。」
と、言い美織はハグをする。美織も酔っ払っている。でも福岡は天にも登るように嬉しいし、興奮した。
「あの、上原。」
「ん?なぁに?」
「お、俺と……。俺と……。こ」
「そうだ。福ちゃん、私とデートしよ。」
「!!!」
目を見開いた。美しい顔がこちらだけをみて、聞き捨てならないセリフを吐いている。
「今度デートしようよ。」
はっきりわかった。
「う、うん。いいよ。」
「やったぁ。じゃあ、決めちゃお。えっとぉ。明後日日曜、空いてる?」
夢だ。大きく頷く。
「よし、じゃあそれで、詳しくはメールするね。」
夢だ。こんな展開誰が予想できただろう。放心状態。美織は予定を決めると、再び、女子トークに戻る。
「日曜、私福ちゃんとデート。」
「やったじゃん、福ちゃん。」
「どこ行くの?」
「んー。決めてない。」
「あんた、福ちゃんには心開くよね。」
「そう?」
「あと受け付けないじゃん。」
「そんなことないけどなぁ。」
「福ちゃん、大丈夫?」
放心状態に美玲が気づいた。我に返り。
「あっ。うん。大丈夫。」
と言ったころに、レモンサワー5杯がやってきた。
「よし。じゃあ上原と福ちゃんの初デートに乾杯。」
「ちょ。そんな、でかい声で言わない。」
その乾杯の内容は波紋のように広がり、会場中に知れ渡った。千曲らは、どうしてるだろうか。柴田、石津はどういう反応だろうか。ここからじゃわからない。しかし、会場全体でカップル成立にまたヒートアップした。どさくさ紛れに男たちは福岡を叩きまくる。きっと色々な感情が含まれているのだろう。叩けばいいさ。俺は今幸せの絶頂にいるのだから。