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目を覚ますと、静かに涙が流れていた。時々、中学校時代の夢を見るとこうなっている。
12月31日、前日夜から雪が降り始め、静かな透き通った朝、ゆっくりと起き上がると、カーテンを開けて外をみた。雪が思ったよりもしっかりと積もっていて、今も少しちらついているのがわかる。年末年始も実家に帰る予定はなく、ここで年を越す。ここ数年そんな正月を迎えている。実家には、1月中旬から下旬の土日に帰省するようにしている。わざわざ年末年始の混み合う時期を避けたい為だった。トイレを済ませると、ソファにトドみたいに横になって、いびきをかいて寝ている福ちゃん。物音にも気がつかず、この男は泥棒が、室内を堂々と物色しても気付かないんではないかと思いながら、ケトルに水を入れる。台所には、缶が置きっぱなしなのがイラッとさせる。昨日の片付けを終えて、緑茶のTバックを湯呑みに入れて、ケトルからお湯を注いだ。沸騰した湯がダメなことはわかっているが、体を温めたいので、味のことなんてどうでもよかった。お湯に浸している間に再びトドを眺めた。無防備すぎる寝顔に笑ってしまいそうになるが、余程居心地が良いのだとわかる。お茶をテーブルに置き、座って、静かにお茶を啜る。身体の芯からあったまるのがわかる。いびきをかく福岡に顔を近づけて眺めてみる。こんなに接近しても起きない。寝返りを打った時に驚いて離れた拍子に腕をテーブルで打ち、大きな音が出た。さすがにその音で、福岡も目覚めた。
「さぶっ」
「よくそのまま眠ってられるな」
「なんで暖房切るんですか?」
「俺暖房つけたまま眠れないもん。乾燥するし」
「加湿器買えばいいでしょうが」
「メンテナンス大変だからいらない」
「ほんと寒い」
と言いながら、立ち上がりトイレにいった。
「福ちゃん、お茶飲む?」
「飲みます」
「あー。トイレ行けた。ずっと行きたかったんですよ」
「ずっと?」
「はい」
「ついさっきまでいびきかいてたのに?」
「いびき聞くなんて趣味悪すぎ」
「聞きたくて聞いてねーわ。はい、出がらしのお茶」
「わーい。うーん。あったまる。先輩の愛を感じますね。出がらし」
「だろ」
「つうか、もう毛布じゃ限界ですね。今度布団持ってこよ」
「寒いなら、家帰って寝ろや」
「……。あっ雪どうなった」
福岡は立ち上がって、窓の外を見た。
「東京、こんな降るんですね」
「毎年何回かは積もるけど、こんな積もったのは久しぶりかな」
「今日実家に帰れるかなぁ」
「まあ、新幹線は動いてるだろうけど」
「実家電話してみよ」
福岡は携帯を出して、ベランダに出て行った。少しして戻ってきた。
「実家も雪凄いみたいです」
「そうか」
「だから、今日はとりあえずやめて、明日まで様子見ることにしました。向こうが雪のピークが今日の昼過ぎまでだから、明日昼着なら雪が溶けると思うんですよね」
「駅から歩けないの?」
「電車や新幹線が時間通りじゃないと時間を無駄にしたって思いません?」
「そうかなぁ」
「今年は結城さんと年越しっすね」
「家に帰るって選択肢はないわけね」
「はい。ドラマ見て、ダラダラしましょうよ」
「俺には俺の予定が」
「……」視線を突き刺してくる。
「どうせないよ」
福岡が満面の笑みを浮かべた。
薄鈍色の空から降る雪は、すぐに止み、少しずつ明るさが出てきた。
「結城さん、雪合戦しに行きましょうよ」
「やだよ」
「雪だるま作りましょうよ」
「やだよ」
「えー朝から雪見酒ですか」
「違う。寒いから嫌だと言ってる」
「厚着して行きましょうよ」
「いやだって」
福岡が立ち上がり、リビングの窓と寝室の2箇所の窓を全開にし、台所の換気扇を回し、玄関の方に向かっていった。
「遊びに行かないなら、今日これで過ごしますよ」
と、ドアも開け放った。結城の目はもう何も抵抗したくない顔をしていた。素直に従う方が賢明と思ったからだ。
「うー。寒い」
「寒い。帰りたい。寒い。帰りたい」
「さすがにこの辺は人がいませんね。また雪が手付かず」
「寒い。帰りたい」
「小さい頃、よく新しいとこ探して、踏みしめてませんでした?友だちと競い合って」
「したけど、ほとんど雪降らないとこだったからな。」
「そっか」
「今日は踏み放題ですよ。小学生の自分に見せてやりたい」
嬉しそうに踏みまくっている福岡に結城は雪を背中に入れ込んだ。
「冷たっ!何すんじゃボケが」
「隙がありすぎ」
「うりゃあ」
雪を腕いっぱいに抱えこみ、結城に投げつけた。
「うぇ」
顔にかかった雪を払いのけながら、福岡から距離をとり、雪玉をいくつも作り始めた。やはり童心にかえるのは早いものだ。一通り遊んで、昼から夜にかけての食材をついでに買いに行くことにした。少し陽射しも出て、藍白の空が雪を綺麗に照らしていた。
「今日は豪華に贅沢しましょうよ」
「当然。寿司食いたいねぇ」
「僕はポテト」
「ポテト?ブタが。そして贅沢品じゃないし」
「口が悪いですよ。失礼だ」
「すみませんでした」
「ほんとそこ育ちがでるからね。気をつけるように」
「はい」
「デパ地下の惣菜がやっぱ豪華になりますよね」
「東京か銀座まで行くか。この雪で」
「駅前でいいですね」
こんな平和な日がずっと続けばいいのに。と結城は思っていたが、ずっと続かないことは知っている。その時を考えると胸が締め付けられた。雪は少しずつ溶け始め。このまま明日にはなくなっていきそうだった。ただ福岡の実家は昼まで降っていたようで、ダイヤも乱れていたようなので、やはり今日帰らなかったのは正解だったようだ。
昼間から酒を飲んで、お互い出来上がってしまい。テレビを見ながら言いたい放題で、紅白やバラエティー番組を見ながら、いつの間にか寝てしまっていた。どのくらい記憶がとんでいたのか。尿意を感じ、目を覚ました。その瞬間心臓が止まるほど、ドキっとした。すぐ目の前に福岡の顔があり、どう考えても腕同士が触れている状態だった。結城は固まった。これは動いてはいけないと思った。目の前に、すぐ触れられる距離にいる。静かに、心穏やかに腕を離し、起こさないように、身体ごと離し、ゆっくりと立ち上がった。このまま、襲ってしまわないでよかった。心臓の高鳴りは治らないまま、トイレに向かった。心は落ち着かない。一気に酔いが覚めてしまった。時間を見ると10時過ぎていた。年越しそばを食べてなかった。と気を紛らす為に、準備を始めた。料理に集中してるはずなのに、段取りが悪く、思ったより時間がかかった。
「福ちゃん、そば食べる?」
と、声をかけた。しばらく悩んだ。体揺さぶって起こすか、でも今体を触れるのに、躊躇してしまう。どこを触っていいのか。とりあえずもう一度声をかけた。すると反応があったので、さらに声をかけた。
「福ちゃん、どうする、そば食べる?」
「うぇ。食べます。食べます」
「わかった」
「んぁ。今何時ですか?」
「んと、10時半くらい」
「あと1時間半」
「寝てもうたね」
「わ、ありがとうございます。いただきます」
「酔った体に染みるねぇ」
「この塩分がたまらんですね」
「でもやっぱ、西出身としては、出汁が濃いのがなじめませんな」
「やっぱ薄い色じゃないと違和感やな」
「あーなんかリセットされたかも。チューハイ飲も」
「僕も飲むから、とってきます」
「あざーす」
「あっ氷なくなってます」
「なくてもいいかなぁ。んにゃ、買ってくる」
「僕行きますよ」
「外気に触れたいから、俺行ってくる」
「僕も外気に触れたい」
「んじゃあ、行きますかね」2人でコンビニに向かう。
「雪もうほとんどなくなってますね」
「東京なんてこんなもんよ」
「そうだ。この辺初詣するとこないんですか?」
「あぁ、神社あるある」
「初詣にならないけど、行ってみましょうよ」
「散歩がてら行くか」
「今年も終わりますねぇ」
「あっという間だったねぇ」
「僕は、社会人一年目で激動の一年でした」
「そうだ。まだ一年経ってないペーペーやった」
「ですよ。緊張の連続」
「緊張してる人間から何故かたくさん言いたいこと言われたなぁ」
「サンドバッグのようでした」
「来年はサンドバッグ卒業したいなぁ」
「どうですかね。来年はどうしますか?」
「何が?」
「ルームシェアですよ」
「冗談だろ」
「するって言ったやないですか」
「言ってない」
「えぇ、いいましたよ」
「そうやって、無理矢理強引に勢いで勝とうとするけど、それは絶対言ってない」
「えぇ?そうでしたっけ?」
「言ってない」
「じゃあ今決めましょう」
「いや、もう少し考えてからにしよ。ちゃんとルームシェアするにも約束事決めないといけないし」
「でた。約束事」
「そう。お前がちっとも守らなかった約束事」
「わかってるなら、いらなくないですか」
「いや、こればっかりはちゃんとしてないと、後で揉めたくない」
「大丈夫です。僕が飲み込めばいいんでしょ」
「自分だけが我慢してるみたいな言い方しないでくれる」
「年下はぐっと我慢」
「ほとんど俺が我慢する形だったけど」
「んぁ。そうでしたっけ?」
「着いた着いた。やっぱあんまりいないな。さすが学生街」
すぐにお参りを済ませて、コンビニを目指す。酔いもリセットされ、家に戻ると11時半になるくらいだった。チューハイを氷の入ったグラスに入れ、ガンガンに暖房の効いた部屋で飲むと、乾燥した部屋で喉を潤し最高だった。紅白の最後を見て、ゆく年くる年を眺め、あっと言う間に新年を迎えた。お互いに挨拶を交わし、番組を変えると、賑やかな番組の数々をあーでもないと変えまくる。結城はそれからシャワーを浴びて、いつでも眠れる体制にはいった。一眠りしたもののいつでも眠られそうだった。しばらく話していると、案の定睡魔がやってきたので、布団に入った。福岡は音楽番組を見ていたが、もうウトウトしていた。




