40
「あっなんかここら辺臭くない」
「ねぇ、聞こえてるって」
「いいよ。聞こえても。事実やけんさ」
クスクスいう笑い声を聞こえるように通りすぎる。
「あっごめん」
と、わざと机にぶつかり大きくずらしていく。夏休み明けから、自分の状況が一変した。ただ、1人の女子を振っただけで。次々来る嫌がらせに、自分は声を上げることもできないことが悲しかった。
「純平」
振り向くと夏井涼太が後ろにいた。
「……」
「背中から負のオーラでとるよ」
「俺と話して大丈夫なん」
「別に純平になんか嫌なことされてないもん」
「仲良くしとったら嫌がらせされるかもしれんよ」
「ごめん。ああいう時に、助けてあげられる勇気がなくて」
「俺も逆の立場なら、同じやけん、いいよ。それに助けたりして、涼太がターゲットになったら嫌だから、絶対に助けんでほっといて」
「わかった。そうする。けど、ほんとに酷いな」
「本当に好きやったら、振られたけんって普通こんなことするかいなね」
「かっこいい奴と付き合ってるってステータスが欲しいだけやろ」
「どこがかっこいいのかいっちょんわからん」
「俺の方が男前なのにな」
「……」
「なんか言えよ。くそ寒いやんか」
「面倒な女子より、涼太といる方が楽でなんも考えんで、断然いいわ」
「俺は絶対いやや」
「そういう意味じゃないって」
「わかっとぉ。でも俺はやっぱ、女子と付き合いたかぁ」
「何、好きな奴とかおると?」
「言わん」
「なんで?」
「そういう目でみるやろが。空気がおかしくなるけん言わん」
「そういう目で見るってことは、俺も知っとる奴?」
「深読みせんで」
「気になるやろ」
「お前は自分の心配しとけ」
部活の時間だけ、いじめの時間はない。ただ朝から夕方まで、いつ何をされるかという恐怖で、夜眠れなくなる程だった。悪口や謂れのない噂話をされる、消しゴムのカスを投げられる。机や椅子を勢いよく蹴られる。体操服や教科書を隠される。下駄箱や机の中にゴミを入れられる。よくもまあ色々思いつくわという嫌がらせをされて、心は疲弊していた。こんな姿を見て、望月真奈美はどう思っているのかを知りたかった。でも心を痛めているはずはない。現にこれらの行為に至らしめた首謀者なのだから。こんな女と付き合わなくてよかったと心底思った。
自分の意思とは関係なく、1ヶ月も経てば、さらに状況は変わった。新勢力により、望月のしていることが批判され出し、望月がいじめのターゲットになっていた。そして、新勢力にいる大村しおりが好意を寄せているらしいが、本当に好きなのか疑問しかない。おそらく、人が好きと言ってるものにつられて、好きと言っているだけだろう。数日後に告白され、振ってしまったが、今回はターゲットにはならなかった。告白後に中野沙恵と話しているのも見ていた取り巻きが、中野をターゲットにした。中野へのいじめは、結城へのいじめよりも陰湿さを増していた。見ていて辛くなるほどだった。結城が受けた嫌がらせ+上靴や教科書を切り刻まれたり、ノートをトイレに捨てられたり、時には制服を濡らされジャージ姿になっていたり、給食にゴミを入れられたりした。ただ中野自身は毅然としていて、平気で結城に話かけていた。まるでいじめグループを挑発するかのように。
「毎日嫌がらせ受けて辛くないと?」
「辛くないと言ったら嘘になる。でも本当に嫌なら学校なんて行かなければいい。そんな気持ちでいるから、本当に嫌ならやめる」
「なんでそんなに強いと?」
「私の人生は中学校で終わりじゃない。それに、私はこの先のことを思うとワクワクして仕方がない」
「ワクワク?」
「そう。こんなくだらないいじめなんて、一撃でやめさせてやるわ」
「どうやって」
「簡単な話よ。まあ、もうちょっと見てて」
と、明るい笑顔で中野は答えていた。結城は不安になった。もしかしたら、中野は復讐しようとしてるのでは、自らの命を断って。そう思うと、急に怖くなった。
「中野、まさか変なこと考えてなかろうね」
「変なことって?」
「自殺しようとしとるとか?」
「話聞いてた?私の人生、中学校で終わりじゃないって」
「あっ、そっか」
「死んでたまるかっての」
「ごめん」
「やっぱ結城は面白い人だね。この魅力に気づいている人があんまりいないのが残念」
「魅力って」
「そうよ。顔がかっこいいが魅力じゃなくて、この素直いや単純さが魅力よ」
「褒めとぉと?」
「顔を褒められるより、ずっとましでしょ」
「まぁ」
「それに気づいてくれる人に会えるといいね」
確かに容姿を褒められるのは嫌な気分ではないが、容姿が好きで好きになられるのは違う気がする。自分の性格や内面を好きになってくれる人がいい。
「じゃあ、そういう人を好きになればいいちゃろか?」
「は?まじで言ってんの?」
「何が?」
「結城が好きになるかどうかはまた別の話でしょ。」
「中野のこと好きになってもいい?」
「う〜ん。好きになるって決めて好きになるもんじゃないんだよな。それに、結城は私のことを好きになることはない。私も結城を好きになることはない」
「なんで断言できると?」
「なんとなく、私と結城は似てるから」
「似とる?」
「そう。たぶんおんなじだと思う」
「?」
「いずれわかるわよ」
「なんも教えてくれんっちゃね」
「そうよ。だって外れてたら、恥ずかしいでしょ。」
「なんの話しか全然わからん」
「いっぱい考えなさい。若者よ」
中野は笑いながら、帰りの別れ道を進んでいった。たくさんのモヤモヤを残して。
そして2週間ほど経ったころに、一つ目のモヤモヤが解消された。それはあまりにも華麗で、不穏な雲を一気に消しとばすかのような大風だった。中野は帰りの会の時に担任に突然発言を求めた。
「先生。私はいじめに合っています」
これには担任も驚き、一気に重たい空気が張り詰めた。そして、机の上にカバンを置き、一冊の手帳を取り出した。そして、いじめ初日からの内容を一つ一つ読み上げていった。いじめに加担していたものにとっては、恐怖の時間だっただろうが、さらに続いた。
「先生、私、学校や先生になんら責任はないと思っています。よくニュースで学校側や担任の責任はなんて言われるけど、あれって違うと思います。だっていじめをしたのは学校でも先生でもないから。いじめをしている人が悪いんです。そこで、私、弁護士を通じて警察に訴えようと思っています」
どよめきが再び起こった。中野はさらに続ける。
「この手帳と証拠品。家に全部保管してます。それを提出して、刑事訴訟と民事訴訟の裁判を起こしたいと思っています。いじめを受けている人が、きちんとした行政機関の調査により、救われる例として、私は全国の晒し者になります」
一人の男が立ち上がった。
「ちょっと待って。俺はみんながやりよったけん、ちょっと参加しただけで、他の奴かしよることと全然違うけん。」
「だから、みんながしていたから、自分もした。しかもちょっとだけ。あなたには自分の意思がないの。しないといじめられるから?首謀者が始めたことを一緒に面白がってしてたでしょ。」
「面白くなんてねぇよ」
「まあその裁きは裁判所が決めてくれるでしょう」
「やめて。そんなことしたら、高校に行けんくなる」
「そんなことした中学生に、誰が高校にきて欲しいと思いますか?いじめをしておいて、自分はなんの痛みも伴わず、のうのうと高校生活を送りたいと。他の人は裁かれるのに、自分は裁かれずに、楽しい高校生活を送りたいと。素晴らしい考えね」
「そんなことは言っとらん。今までしたこと謝るけん」
「謝罪は裁判所で聞きます。将来裁判沙汰になったと知ったら、進学も就職も結婚も危ぶまれますね。私も同じです。こんな怖い女幸せにはなれない」
ついには泣き出すものもいた。
「中野、まず先生に、そのことを一緒に話させてくれないか」
「先生には関係ないことなので、巻き込みたくないです」
「といっても私は担任で大人が責任を取らないと」
「いえ、ここで先生が責任をとったら、これらの罪が帳消しになるなんておかしいです。私たちは中学生です。いいか悪いかの判断もできない中学生なんて、世に放たない方が、これからの社会平和に貢献できます」
「先生のいる前でこんなことを言ってしまってすみません。でも先生がいる前じゃないと、私の話なんて耳を傾けてくれないと思ったから、とりかかりが欲しかったんです」
「しかし、みんなも」
「先生みんなではありません。そんな中でも加担しなかった人もいます。こんなくらいでみんなの将来を壊してしまうのはと思うかもしれませんが、全国にいじめとはを知らしめるために、みんなには犠牲になってもらいます。いじめをした全員もれなく」
「ごめんなさい。私、酷いことをして」
「酷いことをして、罪を償います。って」
「許して」
「人が困ったり悲しんでいる姿見て、楽しそうだったじゃない」
「ごめんなさい」
「こんなことがなかったら、どうせ続けてたでしょ。そして、大人になって武勇伝のように語って、いい思い出にまでしてしまう」
「そんなこと思ってない」
「とにかく、私は裁判の準備に入ります」
「待ってよ」
すすり泣く音と納得いかずイライラしている者もいた。
しばらくの沈黙を破ったのは中野だった。
「この手帳とにかく証拠品はずっと保管しておきます。あと、私のいじめ撃退に関するマニュアルを作ったから、みんなに配りたいと思います。これをいじめられた時に使って、私のやり方をすれば、いじめられることはなくなるはずです。自分の身は誰に頼るんじゃなく自分で守って下さい」
教室が静まり返った。そして中野に注目している。
「いじめが怖いのは、集団でしていると一人ひとりの罪悪感がなくなって、エスカレートすることです。それをやめさせるには逃げるか戦うか。戦う手段を知っていたら、いつでも勝ち、そして相手の人生もめちゃくちゃにできます。最終手段としてこれを持ってるだけで、強くなれると思います。だから、今、いじめて本当に後悔した人は、いじめを増長させないでください。きっと、これから、まだこのクラスでいじめが起こるかもしれないから。先生、以上です」
「あっ、ああ。中野。先生気付かなくて申し訳なかった」
「いえ。大人が気付かないようにできるんです。だから、大丈夫です」
「そうか。でもすまん。びっくりしたよ。実は、中野が今日で転校するって言おうと思ったら、手を挙げたから自分でいうのかと思ったら、こんなら衝撃的なことで。中野に嫌がらせした奴は後で話があるから残るように」
「先生大丈夫です。今回は。手帳と証拠品あるので、次こんなことがあったら、誰か訴えでると思うので、その時は、私もその人の協力をします。短い間でしたけど、さようなら」
そう言って、中野は颯爽と教室を出ていった。教室内は落胆と安堵に包まれたようだった。安堵してる場合かと結城は思っていたが、自身も立ち上がり中野を追った。校門を出てすぐに、中野が歩いている姿が見えた。
「中野」
笑顔で振り向いた。
「どうだった?」
「怖いよ」
「スッキリしなかった?」
「スッキリしたようなしなかったような」
「はっきりしないね。でもこれで、私たちが経験した体験を、他の人がしなくて済むようになるんじゃないかな」
「確かに、これで次してたら、頭のおかしい奴やけんね」
「そうだよ。そん時はまた私が出てくるし」
「いつから転校って決まっとったと?」
「夏休み前」
「元々転勤族だから、2年いれたら長いくらい」
「そっか。次はどこ?」
「次は愛知」
「遠いな」
「今は遠く感じるけど、私たちが大人になったら、近く感じるよ」
「会えんくなるとなると寂しいな」
「そうだね。でも結城に会ったことは忘れないよ」
「俺も」
「こんなに顔はいいのに、自分に自信がなくて、ネガティヴな人はそうそういないよ」
「こんなに気が強くて、怖い女、絶対忘れん」
「よかった。でも辛かったね。この受けた傷は忘れられたらいいけど。高藤のこれからが心配だ」
「怖いこといわんでよ」
「またね」
帰り道をいつものように歩きながら、この夏の出来事を思い出した。いじめられた体験とともに、告白した2人の好意を持って近づいてきた顔が頭の中にこびりついて離れなかった。人と接するのは、いつまで怖いと思うのだろうか。




