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大声で笑い合う賑やかな声、一年間の鬱憤を全て吐き出してやろうと、それぞれが意気込んでいる。特に新入社員にとっては学生時代と全く違う環境に置かれ、社会人になったことに、どれだけ絶望したことだろう。そして、その気持ちを共有できる同期の忘年会は言うまでもなく、盛り上がるに決まっている。
ここに福岡の姿はない。木曜には熱は下がり、金曜日に出社はしたものの、金曜日の忘年会は桜井からも休むように言われ、その次の日は飲みに出かけるわけにもいかない。そして、上原との件もあり、とても行く気分にはなれない。金曜日に幹事である阿川に、欠席の連絡をいれた。7月上旬の同期会に比べ参加人数は減っている。それぞれにそれぞれの諸事情があるのだろう。福岡もその1人であり、福岡がいなくとも、盛り上がりに欠けることもない。ただ千曲にとっては、心強い同士がいないことは心細いことこの上ない。この際自分も欠席してしまおうかさえ思ったくらいだった。気になるのは福岡の事だった。前回の同期会で上原とのデートを漕ぎつけたのは知っているが、それからの進展がはっきりわからない。デートを重ねているものの、中学生の頃のデート内容を聞いているようで、デートなのか疑ってしまいそうな内容だった。詳しく聞けないが、素直によかったと思えない。でも直接そのことを上原に聞くことはできない。人のプライベートに立ち入る権利はないと思っているからだ。
「千曲、今日福ちゃん来ないんだってな」と野波が千曲のテーブルに座った。
「ああ、なんか治ったらしいけど、昨日までの忘年会とか行けなかったから、今回行くの控えた方がいいと思ったみたい」
「宴会好きが、控えるって珍しいな。治ったら気にせず来そうなのに」
「たしかに、気にしなさそうだけど、意外と真面目なのかもしれないな」
「俺、福ちゃんと上原どうなったから聞きたかったのにな」
「確かに気にはなってたけど、福ちゃんから聞かないし」
「そうだ。中川。中川さん。ちょっと集合」
少し遠くにいる中川を呼んで、後ろのテーブル席に座った。
「何?」
「まぁちょっと座って」
「上原は?」
「どっかにいると思うけど。呼ぶ?」
「いい。いい。なぁなぁ。上原と福ちゃんって、どうなってんの」
「ん?どうって、仲良いんじゃない?」
「この間、デートするって言ってたから、2人は付き合ったりしてるかなと思ったんだけど」
「あー。ないない」
という言葉に、千曲は後ろのテーブルながら、聞き耳を立てた。
「そっか。ダメだったんだ」
「ダメというか、あれデートでもなんでもないし」
「どういうこと?」
「上原、気になる人がいるみたいで、その人の事、詳しく知りたかったみたい。それで、福ちゃん、年上の人とすぐ打ち解けられるから、そこから人脈をたどって、その人のことを知ったり、知り合いになったりできるんじゃないかなと思ったみたいで、協力して欲しいって頼んだみたいよ」
「なんだよ。それ」
「福ちゃん、上原のこと好きだから、断らずに協力してるみたいよ」
と、聞いた瞬間に千曲は立ち上がってしまった。その音に、中川も野波もびっくりした。千曲は、怒り心頭のまま、店内を見回した。上原を探している。
「千曲?」
「どうしたの?」
「今の話本当か」
「そうだけど、何?怒ってるけど」
「バカにしやがって」
「ちょっと待って。違う違う。ん〜頼んだだけで、福ちゃんも同意の上なんだよ。それに、上原、福ちゃんが好きって思ってるっと知らなかったみたいだし。野波、止めてよ」
「千曲、お前が怒っても、しようがねぇだろ」
「うるせぇ」
の怒号に、周囲が静かになった。野波を払いのけ、店内を歩きはじめ、店の入口あたりに上原がいるのを発見した。そのまま突き進む。
「誰か、千曲止めろ」
と、いう声は聞こえるが何が起こっているのか、状況が掴めていない。上原周囲のテーブルの人間たちは、千曲の勢いに息をのんだ。上原に一直線に向かっていく。
「おい!」
「な、なに。めっちゃ怖いんだけど」
「お前、最低だな」
「何であんたにそんなこと、いきなり言われないといけないのよ」
「自分でわからないなら、よっぽど頭が悪いんだな」
「何。ほんと怖い」
「人の気持ちを踏み躙って、平気な顔して、ほんと気持ち悪い女だな」
「あんたこそ、急に何。気持ち悪いから、話しかけてこないでくれる」
「おい、千曲。もうやめとけって」
「黙ってろ」
止めにかかる野波を再び払いのけた。
「福岡は何でお前みたいな女好きなのかさっぱりわからないけど、人の好きって気持ちにつけ込むなんて、最低だと思わないのか?」
「何を言ってるのかさっぱりわからないけど、そもそも私と福ちゃんの事で、あんたに関係ないことでしょ」
「あー関係ない。けど、見ていてほんとに不愉快だ」
「私はあんたなんか見てないけど。早く消えて」
「福岡のよさが、お前みたいな低レベルの女に、一生わかるわけないか」
「あんた福ちゃんの何?」
「ただの同期だよ。早くどうでもいい男見つけて、やめちまえ」
「なんでそこまで言われないといけないの」
と、上原は泣き出してしまった。
「ちょっと事情はわからないけど、千曲言い過ぎだろ」
「お前、調子に乗んなよ」
と、上原を擁護する声が聞こえてきた。
「うるせぇ。どいつもこいつも、ほんとは上辺だけの付き合いのくせに、うすら寒い会話繰り返して、大企業に勤められたからっていい気になって。腹ん中では、誰かの不幸や転落を願ってるくせに。入社した時から、こんなに大勢で仲間ごっこして、本音を隠して、その頭角がお前だよ。上原。見てて薄ら寒いわ」
と、言い放ち、千曲は店を出ていった。今からのことなど知らないが、どうせ、みんなで本音をいわないまま慰めて、千曲を悪者にするのであろう。同期の中でも底辺が吠えて面白かったとバカにするだろう。それでも構わないと思っている。千曲は今までもそうやって生きてきた。自分の信じるものだけあればいい。同期嫌われようが、どうでもいい。この関係を断ち切れたことに精々している。ただ、福岡は。やっぱり心配だ。大事な唯一の同期がこのまま利用され、傷つけられるのは見ていられない。自分にできることは何か考えて、紺滅の夜を歩いた。




