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エバーシンス  作者: k-ta
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 結城と一緒に出社したもののなんの違和感もない日常ではあったが、営業部に着くやいなや、2年先輩の女性から、いつものネクタイじゃないことを指摘された。先輩女性は新調したものだと思っているのか、特に何気ない感じだったが、やはり、女性は変化によく気がつくのがわかった。それをさらに決定づけるかのように、同行する桜井は全く気がついていない。さすがである。


 昨日日曜日だというのに、夜の来客のせいで、週初めの月曜日からどっと疲れている。今日は早く寝たい。帰りの電車でウトウトして、帰ってから何もしたくないと思っている。が、部屋に戻ると昨日から朝の残骸が。明らかに自分だけがいた空間ではなくなっている。テーブルの上のグラス、ソファに置かれたタオル。昨日飲んだビールの缶。いつもと違う散らかり方。いつもなら、早く横になりたいと思いつつ、家事を全部済ませてしまうのに、ソファにすぐに横になった。何もしないで、横になることがこんなにも心地よいとは。家に帰って、こんなに多幸感に包まれたのは久しぶりだ。小一時間休んで、エネルギーチャージされたところで、家事に精を出す。休んでからの方が家事も苦痛でない気がした。一通り終えて、冷蔵庫から缶ビールを出す。ソファに座り、テレビをつけたところで、昨日のDVDが途中なのを思い出した。4話くらいで、福岡は眠りこけていたが、その4話間もしゃべってばかりで、内容が頭に入ったとは思えない。明日、職場に持っていって貸してあげることにしようと思い、DVDを取り出した。と、こんな時間にインターホンがなった。宅配便が来る時間ではない。カメラを見てみると、福岡だった。

「はい」

「昨日はすみませんでした。謝ろうと思って」

「それでわざわざ?」

「はい。2度と来るなと言われてすぐに申し訳ないですが。渡したいものがあって」

「わかった」

と、解除ボタンを押して、程なくして、ドアホンがなった。開けてみると同時に、ドアをがっと開けられ、身体をまず、ドア内側に入れ込んできた。

「結城さん。昨日は本当にすみませんでした。お詫びの印です」

と抱えてきた袋には、6缶のビールと日本酒一瓶が入っていた。

「ちょっと上がっていいですか?」

「なんで?なんでって立ち話もなんですから。」

「それは、俺が決めることだろ」

「はい。結城さんは、そう言ってくれると思うから」

「いや、もう二度とあげないって、言ったよな」

「はい。言われてしまいました。凄くショックです」

と、言いつつ、靴を脱ぎはじめた。

「話、聞いてる?」

「はい。でも二度とは酷いと思いました。確かに領域を侵すのは、いけないことだと思います。でも二度と、と言われるほど、酷いことはしてないなと思って」

「その考えは、福岡君基準だよな。この家は俺基準だから、俺がルールなの」

「そんな硬いこと言わないで。違うんです」

「何が違うんだよ」

「おしっこ漏れそうなんです。トイレ貸してください」

「最初からそう言えばいいだろ」

福岡は、肩にかけていた、ボストンバックをおろし、玄関に置いたまま。トイレに向かった。なんだこれは。ボストンバックに疑問符が残りつつ、DVDを思い出し、取りに行く。福岡が用をたして、スッキリした表情ででてくる。

「いやぁ。間に合ってよかったです。しかし、今日は蒸しますね。汗が止まらない」

「……」

「ほんと暑い。このままだと脱水症状になるな」

「……」

「あぁ、喉の渇きを潤したい」

「ほんとに図々しい」

「ありがとうございます。いやぁ。なんか帰ってきたって感じしますね。ただいま」

冷蔵庫をあけ、ペットボトルのお茶をグラスに注ぐ。

「そうだ。昨日の"最○の片思い"のDVDまだ続きあるから、今日持って帰っていいよ」

「あっ。あれ。いや、いいです。借りなくて」

「ん?あーあんまり面白くなかったか」

「いや、続き気になります。昨日途中で寝てしまったし」

「うん。だから、持って帰っていいよ」

「いえ、ここで見るから大丈夫です」

「は?」

「は?」

「は?じゃねーよ」

「へ?」

「言葉変えろってんじゃねーよ」

「僕思ったんです。過去のドラマをあれこれ言いながら見るのが楽しいなって」

「だから、ここで見ると」

「はい」

「はい。じゃなくて。俺は人が家に来たりするのが嫌って、言ったよな」

「いえ、泊めるのが嫌って」

「泊めるのなんて、絶対嫌だけど、そもそも家に他人が入ってくるのがいやなんだよ」

「そんな彼女できたらどうするんですか?」

「それとこれとは話が別だろ?」

「そうかなぁ」

「そうかなぁじゃなくて、そうなんだよ」

「でも、一緒に見て楽しくなかったですか?」

「まっ、それは否定しないけど、一人で見るでも充分楽しいだろ?」

「いや、断然人と見るがいいです」

「じゃあ、好きなだけ貸すから、自分の家で誰かと見ればいいだろ?」

「違いますよ。結城さん。誰とでもいいわけないでしょ」

「あぁ。そうか」

「同じ趣味嗜好だからこそ楽しいんじゃないですか。なかなか合う人なんていませんよ。したら、手っ取り早く結城さんと見るのが1番早いでしょ」

「じゃあ、福岡君の家で見ようよ」

「いやいや。家はダメですよ。部屋汚いし、テレビ小さいし、結城さんが満足いく空間じゃないですもん。それに、わざわざ家まで絶対来ないでしょ。だったら、ここで見るのが1番効率いいって思ったんです」

「待て待て、俺にだって、プライベートはあるし、いつもドラマ見たいわけじゃないんだぞ。福岡君のペースに合わせろはあまりにも乱暴だろ」

「はい。だから、約束事を作りましょう」

「約束事」

「はい。僕は必ず、結城さんに、家に行っていいかのアポを取ってから行くようにする。って約束します」

「アポはいつまでに取って、時間も指定できるようにも、ちゃんと言ってもらわないと」

「アポはいつまでに取ったらいいですか?」

「うーん。一週間前かな」

「えー。前日でいいじゃないですか?」

「前日とか有り得ん」

「じゃあせめて三日前は?」

「だめ」

「だって、あっ今日大丈夫そうだなって時もあるじゃないですか」

「誰が?」

「お互いにですよ」

「考えてみろよ。俺と福岡君は、会社の先輩と後輩で、しかも他部署の人間だよ」

「だからなんですか?」

「知り合って、間もないし、いわばほぼ接点のない赤の他人なのに、どうしてそこまで、関わらないといけない?」

「だから、アポをとるようにするんじゃないですか?」

「他にすることあるだろ?」

「他にすること見つかったら状況は変わりますよ」

「なんだろう。散々、家に見に来て、飽きたら、もう来ませんってなると、なんか腑に落ちないなぁ」

「やっぱり、家に来て欲しいんじゃないですか?」

「違う。福岡君はそういう友人関係の作り方かもしれないけど、俺は仲良くなったら、ずっと付き合いを続けたいのに、一方的に切られるんだろ?」

「なんで、切られる前提なんですか?」

「まぁ確かに」

「あと、面白くなかったら、一緒に遊んでても苦痛じゃないですか?」

「確かに」

「でしょ。だったら、今したいことしないと。アポは前日までにすればいいですね」

「なんで縮めた?」

「だって、断っていいんですよ」

「あっ、そっか」

「じゃあ、前日までにで決定でいいですね。早速ですけど、今週の金曜日の夜からはいいですか?」

「金曜、ゆっくりしたい」

「あっお構いなく」

「ゆっくりしたいから、だめ」

「は?土曜日も日曜日もゆっくりして、どれだけゆっくりするんすか?」

「誰も土日ゆっくりとか言ってないだろ」

「なんか予定あるんですか?」

「あるよ」

「何?何?」

「なんでもいいだろ。ってか、これも約束事にいれよ。なんでダメなのか聞くのなしな」

「えー。そしたら、ずっと断るかもしれないじゃないですか?そんなのずるいですよ」

「……。何がずるい?そもそもさ、俺はそういうのをいちいち言わなきゃいけないような関係とかいらないし、ほっとけって感じだから、聞くなら、この話はなし」

「わかりました。でも金曜日はゆっくりしたいから、だめなんですか。本当に?」

「いいよ。金曜日はじゃあ大丈夫」

「おっ。ありがとうございます」

「あと、約束事何だったかな。あっ、時間」

「それは、何時から予定あるから、って言ってもらえば帰ります」

「予定なくても、帰って欲しいんだけど」

「それも言ってもらえば。結城さんの気持ちでいいです。あー生き返る」

二人で冷たいお茶を飲む。話もひと段落したので、お茶を飲めば万事解決。また1人の時間に戻られる。沈黙が続く。考えてみたら、もう結構遅い時間なんだけどなぁ。と結城は思っていた。沈黙を破ったのは、福岡だった。

「そうだ。僕、いいこと思いついたんです」

「どんな?」

「今日、結城さんの家から出勤して、めちゃくちゃ楽だって気づいたんです」

「何が」

「家からだと、あとプラス30分早く出ないと間に合わないのに。結城さん家、会社から近いなと思って。朝の30分ってかなり大きいですよね」

「家は、会社まで地下鉄一本だもんな」

「そう。そして今日ネクタイを借りたじゃないですか。あっ、クリーニングしてお返ししますね」

「いいよ。ネクタイ別に」

「いや、社会人として、それはしないと」

「どうして、こういう時だけ、律儀になるかなぁ」

「でですね。今後こんなことはあってはいけないと思いまして、持参しました」

と立ち上がり、玄関に向かい、謎のボストンバックを持ってきた。

「話が見えないんだけど」

「だから、今後泊まる時に迷惑をかけてはいけないと思い、泊まりのセットと、着替えを一式置かせてもらえばいいと思いました」

「泊まらなければいい話じゃない?」

「いや、やっぱドラマ観てると止まらなくなるときがあるじゃないですか?そんな時は家に帰るよりも、結城さんの家から通った方が効率がいいんですよね」

「あのな。俺は人を泊めるのが、凄く嫌なの。だから、終電までには帰ってほしいし、終電なくても、タクシーで、なんなら、歩いてでも帰れって思ってるんだよ」

「わかってます」

「わかってない」

「気持ちは凄くわかります」

「わかってくれてありがとう。だから、このバックは家に置けない。持って帰ってくれ」

「クローゼットの一角に置けるサイズにしました」

「違う。違う。置ける置けないの物理的な話じゃなくて、置く必要がないの」

「ドラマを中途半端にみて、途中で終電だから帰れと言われ、次にいつ続きが見られるかわからない状態でいろと?続きが気になる時の一週間の長さわかりますよね。それが一週間じゃないかもしれない、まして、いつなのかもはっきりしないなんて、どれだけ辛いことかわかりますよね」

「それはわかる。だから、そんな時は持って帰ればいいよ」

「話聞いてました?僕は誰かとくっちゃべりながら、観たいんですよ」

「それは聞いた。でもしようがなく一人観るしかない時もあるだろ?」

「どうして、そんな寂しいことを言うんですか?」

「いやいや、続きはいつでも観られる状態だから」

「もうわかんない人だなぁ。いいじゃないですか、別に寝る場所を取ってるわけでもないですし、おとなしく静かにしてるのに、そんな邪魔者扱いして」

「邪魔者とかじゃなくて、同じ空間にずっと人がいるのが疲れるの」

「僕ってそんなに疲れさせてますか?」

「福岡君がどうこうじゃなくて、嫌なもんは嫌なの」

「避難所生活とかになったら、どうするんですか」

「そん時は我慢するしかない状況だろが。我慢しなくていい状況で、なんで我慢しないといけないんだよ」

「そんなに我慢させてますか?」

「あー我慢してるね。昨日も、人がいるってだけで熟睡できなかった」

「いやいや、僕一回トイレで起きましたけど、いびきかいて、ぐーぐー寝てましたよ」

「いびきかいてるんだ。ほら、俺はそれさえも見られてるとかがまじで耐えられない」

「自意識過剰なんですよ」

「自意識過剰の何が悪い」

「誰も見てもないし、気にしてませんよ」

「それは福岡君が感じることであって、俺とは違うんだよ」

「ほんとに頑固ですね。この歳で頑固だったら、先が思いやられますよ」

「お前には関係ないだろ」

「お前。とうとう正体をあらわしましたね」

「なんだよ。正体って」

「そうやって、いい人ぶってますけど、ほんとは腹の中で何考えてるかわからない」

「それの何がいけないんだよ」

「優しさで壁作って、人のことを知ろうともしないで、被害妄想だけ強くなって」

「なんで、お前みたいな、知り合ったばっかの後輩にそんなこと言われないといけねーんだ。無神経で人の気持ちも考えないで土足で踏み込んできて、こんな勝手でわがままな奴はじめてみたよ。帰れ。ここは、俺の家だ」

「嫌だ。帰らない」

「帰れって」

「嫌です」

「なんで、そんなに頑なに」

「……」

「……」

福岡はそれから黙りこんだ。なぜそんなに、ここに留まろうとするのか。理由は上原美織の為。結城と上原を繋ぐ為。それ だけの理由で、ここまでの行動をとる理由になるのだろうか。上原には、自分からは紹介できる状態ではなくなった。と説明できるチャンスでもあったとさえ思われる。かっと熱くなったが、ここまで言いたいことを言って、言われて、それでも繋がりたいのは意地なのかもしれない。

 「言い過ぎた。ごめん。頭冷やそう」

結城はそう言って、ベランダに出ていった。冷静になるのも早い。9月中旬の生暖かい空気に当たりながら、自分がこんなに言いたいことを言ったのは、もしかしたらはじめてだったのもしれない時も思った。言いたいことを言えずに心の中では色々抱えているのに、それを人には見せないようにし、平気なふりして、自分を殺してきた。相手が傷つくのをみたくない、自分が傷つけられるのも、もう見たくない。人の醜い、卑しい姿を見たくない為に、人とは一定の距離を保ち、裏切られてもいいように、深く関わることをやめていたのに、こんなにも猪突猛進でやってくる後輩にどうしたらいいのか戸惑っている。何を考えているのかわからないだけに、簡単には心を開けない。開いたのに、また傷つけられたら、もう立ち直れないかもしれない。空をみても、空気は澄んでいるが星は見えない。街が明るく、蒼黒の空はただ不安だけを募らせていく。

「結城さん。僕、先輩に対して、本当に失礼なこと言って、すみませんでした」

深々と頭を下げる後輩を見て、ふっと優しい気持ちになった。

「こちらこそ、すみませんでした。もう少し、自分も柔軟になろうかな」

「……」

「荷物置いていていいよ」

「本当ですか?」

「ああ」

「ありがとうございます」

と、さっきまでの暗い顔が嘘のように晴れて、満面の笑みでこちらを見ている。



 福岡、君はなんて奴だ。


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