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エバーシンス  作者: k-ta
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「本日付けで、こちらに配属になりました。福岡康啓です。早く戦力になるよう、頑張ります。ご指導よろしくお願い致します。」

当たり障りのない挨拶を元気よくやってみた。はじめの印象はないに限る。印象がよかったり、インパクトがあると期待値が大きく、マイナスに転じていく可能性が高い。印象が悪いとよくなるだけではないか。いや。印象が悪いとずっと印象が悪いままの可能性も秘めている。出だしが肝心である。

「今日から、我が営業一課は、福岡が加わり、全員の力で、営業成績を上げていきたいところではあるが、震災の影響もあり、まだまだ復興への支援活動も並行して行っていく状態だ。大変厳しい状況ではあるが、気合いを入れて、頑張っていこう。」

と、営業一課長の白井課長からのこれまた当たり障りのない挨拶を終えて、それぞれ解散となった中、「桜井!」と席に戻ろうとする、ガタイのいい短髪のいかにも体育会出身です感のある男を引き留めた。

「はい。」桜井が返事をし、課長の元に戻ってきた。

「桜井、福岡の指導係な。」

「俺がですか?」

ーーえっ。決まってなかったんですか?ーー

と桜井の不満そうな顔を見て、一気に不安がよぎった。

「俺も営業先いろいろあって、教える余裕なんてないですよ。ほかの人にしてくださいよ。」

ーーか、課長になんて口の利き方だ。社会人経験したことのない私にだってわかる。失礼だ、桜井。課長にもこの私にも。そもそもこんな行き当たりばったりでいいのか。ーー

「しょうがないだろ。他にもう頼める奴いないんだから。」

ーーか、課長まで、そんな投げやりな。期待の新人じゃないのか。営業一課って花形って聞いてたけど。大企業なのに、教育システムはこんなもんなのか。ーー

「じゃあ。井出に頼むか。」

「そうしてください。」

「井出。」

課長のデスクから、結構遠い席についた、髪長めで、目尻の下がった、自分がいうのも変だが、人の良さそうな顔がデスクに重なった書類の上から顔を出した。

「なんすか?」

ーーおい、井出、課長が呼んでるのに、なんだその態度は。まず席から立ってこっちにこい。ーー

「桜井が、福岡の教育係嫌なんだって。お前やってくれるか。」

ーーねえ、それ本人の前で言ったらいけないやつ。ーー

「無理でーす。」

「お前課長に向かってなんちゅう口の利き方だしてんだよ。」

ーーおい桜井、お前もだよ。だが井出、理由を述べよ。ーー

「困ったなぁ。」

ーーか、課長。困ったのは私です。研修3ヶ月を終えて、初日の初っ端から、つらい。ーー

「どうしよっかなぁ。」

ーーどうしよっかなぁ。じゃないですよ。ーー

「桜井も井出も嫌なら、もう田所さんに頼むしかないんじゃないですか?課長。」

と、間に入ってきたのは、いかにも営業成績トップです感のある、スーツをばっちり着こなしイケメン風な男。

「木津、田所さんは、福岡がかわいそうだろ。」

「でも田所さん、教育係してみたいって言ってましたよ。」

「言ってましたよ。でできるもんじゃないだろ。考えてみろ、田所の下についたら、3日も持たないでやめちまうだろうが。教育係でもないのに、口挟んできて、今までに何人辞めたと思ってんだ。」

ーー田所。何者。怖い。田所呼ばないでよ。ーー

「福岡は、根性ありそうだから、大丈夫ですよ。なっ。」

ーーなっ。って。ーー

「そうかぁ。」

ーーそうかじゃないよ。課長。課長、心揺るがさないで、最初に決めた桜井にして。ーー

「田所!」

呼ばないで。

「田所!」

「田所さん、まだ出勤してないですよ。」

「遅く来るって連絡は?」

「ないですね。」

「また、遅刻か。」

ーー田所さん。何?そんなことが罷り通る会社なの?とにかく田所さんじゃない方でお願いします。ーー

「おはようございます!」

ーー野太くて、ガラガラ声。わかりやすく、田所だ。ーー

「田所。遅刻だぞ。」

「すみません。昨日の酒が抜けてなくて。」

ーーそんなことでいいのか?しかも田所さん、坊主でガタイ良くて、よく見ると眉毛ないですけど。カタギの人じゃない。人を殺してる。殺される。いや。こっちに来る。ーー

「課長、誰っすか?こいつ。」

「新人の福岡だ。」

「あー。今日からでしたね。」

ーーこっち見ないで。怖い。ーー

「挨拶は!」

ーーひっ。ーー

「きょ、今日からお世話になります。福岡暢崇です。よろしくお願いします。」

「生きのいい挨拶できるじゃねーか。」

「おっ気に入ったか。」

ーーか、課長!余計なこと言わないで!ーー

「桜井も井出も、教育係が嫌だって言ってるんだよ。田所が気に入ったなら、お願いできないか?」

ーーやめて!断って下さい!田所さん!ーー

「桜井!井出!」田所の怒号が課内に響く。

ーーこっ、こえーよ。ーー

「はい。」

「はい。」

ーーあっ、井出が立ち上がった。井出めっちゃ早い。こっちに来るの。めっちゃ早い。ーー

「本当にいいんだな。」

「はい。お願いします。」

ーー井出。即答かよ。ーー

「桜井は!」

ーーど、どうした桜井。ーー

「え、えっと。」

「えっと!」

ーー何?何?どうしたの?桜井さん?ーー

「はっきり言えよ!」

「僕がします。」

「あっ!」

ーーえっ?ーー

「僕が福岡を教えます。教えさせてください。」

ーーえっ、えっ?さっきまで嫌がってたじゃん。田所さんがするなら、桜井さん、万々歳じゃん。どうして?泣きそう。ーー

「じゃあ何でさっきは嫌がってたんだよ!」

「えっと、気が変わりました。」

「なんで、一瞬で気が変わるんだよ。」

「えっと。」

「言いたいことがあるなら、はっきり言え!」

「た、田所さんについたら、福岡が辞めてしまうかもしれないから。」

ーーさ、桜井先輩。なんて優しい。けど、その言い方大丈夫?田所さん。ーー

田所の方を見た。

ーーもの凄く怒ってます。血管浮き出てきてます。ーー

「桜井!ちょっと来い!」

「すみません。やめてください。」

ーー首根っこつかまれてる。桜井さん。どうしよう。皆さん、なぜ止めないんですか?桜井さんの命が。誰が助けてあげて下さい。ーー

懇願する僕をよそに皆さん、知らん顔をしている。この沈黙に耐えられない。

「課長。桜井さん助けにいかなくていいんですか?」

「……」

「僕行ってきます。」

と、桜井さんの元に行こうとした時だった。

ーー田所さん?が戻ってきた。ん?田所さんと違う?何かが違う。眉毛だ。眉毛がある。しかも、さっきの人相とまるっきり違う。???ーー

僕の頭の中は混乱の極みだ。と背後から、笑い声が聞こえてきた。

「田所課長、もういいでしょ。」

振り返るとみんな笑顔だった。田所課長?白井課長じゃないの?混乱が収まらない。

「福岡君、ごめんなさい。」

と、低姿勢に田所さんが謝ってきた。

「改めまして、営業一課課長の田所洋平です。」

まだ私はぽかんとしている。脳が追いついていない。そんな中気が付いた。白井課長ではない。田所課長と聞いていたことを思い出した。

「桜井、戻ってこいよ。」

木津が呼び戻した。すぐに桜井も戻ってきた。

「いやぁ。課長、大成功でしたね。何日も練習した甲斐がありました。」

「大成功かどうかは福岡君が決めることなんだが。」

なるほど。サプライズってやつか。やっと追いついてきた。と同時に力が抜けた。

「よかったです。」

情けない声と表情にみんなはニタニタして見ている。新入社員の洗礼というやつか。にしても手が混みすぎているし、でもその割に最後のサプライズでした感が出せていない。

「これ田所課長の案なんだけど、福岡が途中でキレないかヒヤヒヤしててさ。」

「私の名演技にビビってはいたけどね。」

「本物のヤクザかと思いましたし、なんて会社だと思いました。」

「けど、びっくりしたのは、助けにいこうとしたとこですね。俺は嬉しくなりました。」

「なぁ。頼もしかったよ。これからこの課で一緒に戦う仲間として、今日からよろしくお願いします。」

拍手をしてくれている。数分前と全く違う雰囲気に力が抜けていくのがわかった。安堵感と歓迎されていることで、この課のことを全く知らない自分でも、この課で一生懸命頑張りたいと思った。

「泣くなよ。」

「いやいや、めちゃくちゃ怖かったし。最初全く歓迎されてなくて、落ち込んで。」

「課長が、悪いんですよ。」

「ちょっとやりすぎたな。すまん。すまん。」

「いえ、ちょっとちびったかもしれません。」

「きたねっ。」

「今日から営業一課の雰囲気に早く馴染めるように頑張ります!よろしくお願いします!」

拍手をもらい、改めて桜井先輩のデスクの隣に案内され、座ると同時に一気に疲れが押し寄せてきた。でも、結果的に心地よかった。


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