4.ムラビトに話しかけよう!
私はドリム、ベルと別れたあと廊下にいる生徒に髪が白くて長い、小動物みたいな女の子が通らなかったか聞いて回った。そのうちの何人かが"部室集合地帯"の方に向かって行くのを見たと言っていたので、私はまずそこに向かうことにした。
部室集合地帯とは、文字通り様々な部活の部室が集まっている場所であり、部員が多ければ多いほど広い部室を使うことができる。その場所は"夜"側にあること、また部活数が多い割にその場所の面積が小さいことから、大小様々な大きさの部室が縦に積み上がって密集している。その様子を初めて見たドリムは、『これはひどいですね……』と呟き、"学園のスラム街"という名称を付けた。
(私、あそこはどうも雰囲気的に好きになれないんだよなぁ、人はいい人もいるんだけど……)
もしベンティアちゃんが部活を辞めると言い出したら、私たちもあの場所に押し込められてしまうので、あの子が他の部活に心移りする前に見つけ出したい。
その場所に着くと、暗い夜の空の下、一本道の両脇に何個もの部室が縦に積まれながら並んでいる情景が、私の目に飛び込んだ。道には部活紹介のポスターやら待遇改善を訴える紙なんかが落ちており、そのどれもが踏まれて足跡がついている。この道の他にも、部室同士の隙間には多くの裏路地が存在していて、非公式の部活がそこで活動していたりする。
(執行委員会は早くこの状況を何とかした方がよいのでは……?それより、この入り組んだ場所でベンティアちゃんを探すのは結構大変……)
私はとりあえずさっきと同じように道にいる生徒にベンティアちゃんを見たか尋ねることにした。
「あ、あの、ちょっとすいません」
「ああ?なんだ?」
「私人を探していて、白くて長い髪をもつ可愛らしい女の子なんですけど……」
「……知らねえな。他を当たってくれ」
この雰囲気に当てられてか、なぜか口調が悪ぶっている生徒が多いのもこの場所の特徴である。
私はそれでも怖がらずに根気強く聞いて回ったが、ベンティアちゃんを見た人は1人もいなかった。
(うーん、なんか様子がおかしいような……ほんとうに知らないのかな……?)
私が"白い髪の"と言うと殆どの生徒が怪訝な表情をしてその話題に近づかないようにしているようだった。
(もしかして、何か問題事に巻き込まれているのかも……!とにかく早く探さなきゃ!)
私は人手を増やすために、見知った部員のいる部室に向かうことにした。
裏路地に入り、入り組んだ道を右に、左に、さらに右に曲がって進むとその先の行き止まりをつくるようにしてその部室は置かれている。"蒐得部"と書かれた木の板の看板が扉の横に立て掛けてある。
中に入ると、数多くの骨董品がそこかしこに置かれていた。それに紛れて、なぜか幻素がそのままの状態で入っている小瓶が棚に置かれている。
「ヨルちゃーん!いるー?」
「……ん?あ、メルちゃん、おはよう……!」
奥の部屋からひょっこりと、紫髪の女の子が顔を出した。彼女の名前はヨル。この"蒐得部"ただひとりの部員で、私が集めたお宝などを買い取ってくれている。普段は"センテンス"としての仕事で忙しいため、部室にいることは少ないが、今日は運良く出会うことができた。
「今日はどうしたの……?買い取ってほしいお宝があるとか……?」
「ううん、違うよ。ヨルちゃんが忙しくないならの話なんだけど、実はトレハン部に新しい部員が入って、その子と一緒にご飯を食べに来たんだけど、途中ではぐれちゃって……この集合地帯にいるかもしれないんだけど、全然見つからなくて……よかったら、一緒に探すのを手伝って欲しいの……」
「そうなんだ……ここは複雑だし、新入生ならなおさら迷いやすいもんね……。うん、わかった……私も手伝う……!」
「———!ありがとう!!ヨルちゃん大好き!!」
私は嬉しさのあまりヨルちゃんをぎゅーっと抱きしめた。
「えへへ……私も大好きだよ……」
ヨルちゃんも小さな腕で私を抱き返してくれた。
そのあとヨルちゃんは自分の幻素を使えば見つけられるかもしれないと言って、私を奥の部屋へと案内してくれた。そこには両脇の壁に本が沢山並んでいる棚があり、部屋の真ん中の机には彼女がいつも使っている杖や、商品を鑑定するための顕微鏡などが置かれている。
「ごめんね、狭くて……こっちに来て」
ヨルちゃんは机の奥に置いてある大きな壺の前に私を誘った。彼女の横に立って壺の中を覗くと、そこには大量の紫幻素が渦巻いていた。
「メルちゃん、その子が持っていた物とかってある……?」
「えーっと……あっ!入部届ならあるよ!」
私はポケットからくしゃくしゃになった入部届を手渡す。するとヨルちゃんはそれを細部まで見るかのように眺めた。
「………うん。これなら大丈夫。その子の"意識"がまだ残ってる」
「い、意識?」
「幻素は操ろうと思っていなくても、手に触れたり、見たりするだけで、微量だけど"意識"がやどるの。特に紫幻素はそれが顕著だから、それを抽出して、同じ"意識"がやどっている幻素を探して、それが沢山集まっている場所を発見できれば……」
「そこにベンティアちゃんがいる可能性が高いってことだね!けど、それってすごく大変なことじゃない?」
「うん、ちょっと疲れるけど、集合地帯だけだったら余裕だよ……!」
ヨルちゃんはそう言うと、入部届を壺の中に落として目を閉じ、両手を壺の上に掲げた。すると中で渦巻いていた紫幻素が一斉に飛び出してきて部屋から勢いよく散っていった。窓から外を見てみると、紫色に輝く粒が沢山宙を舞っている。
「す、すごい……!」
「…………」
ヨルちゃんはしばらくの間集中した様子で手を掲げていると、突然目を開いて腕を下ろした。その瞬間、外に拡散していた紫幻素が部屋に物凄い速さで侵入し、壺を揺らしながらその中に戻った。
「メルちゃん、見つけたよ……」
「ほんと!どこにいたの!?」
「それが……ちょっと厄介な部室の中に……」
彼女はそう言うと、壁に貼ってある『被験者募集中!』の貼紙を指差した。
「そ、それってまさか……」
「………"毒研究推進部"、略して"毒研"の部室だよ……」