5 和
特に仕事に支障が出なかったおかけで高野さんとの約束が反故にならない。
待ち合わせたターミナル駅の改札近くで待っていると、やがて高野さんが現れる。
「お待たせ……」
「いや、こっちが少し早く来たから……」
待ち合わせ場所は単に二人の会社から最短という理由で決まる。
だから、その先の当てはない。
「酒匂くんは、この辺り、詳しくないの……」
「昔、先輩と飲みに行ったことがあるくらいだね」
「……とすると、わたしと同じ。探すか」
それで二人で夜の街を歩く。
まだ宵の口なのに、とにかく人が多い。
数が多く、種類も多い。
外国人の顔もチラホラある。
いや、チタホラ以上の割合か。
白い顔も黒い顔も黄色い顔も赤い顔も動いていある。
……かと思えば、店の客引きの男女がいる。
ぼくと高野さんのような会社帰りの人間が歩けば、学生らしき若者たちの集団も歩く。
さすがに赤ん坊と妊婦は見かけないが、老人と子供は普通にいる。
数は多くないが……。
「眩暈がするよ」
ぼくが高野さんに話しかける。
「勤めている会社がある町とは比較にならないからね」
「わたしはそこに住んでるんだよ」
「ああ、そうだった」
エスニック風の食事処に惹かれ、雑居ビルの中に入る。
狭いエレベーターに乗り、五階まで……。
エレベーターを降りるとベトナム風の飾り付けだ。
竹製の簾が感じを出すが、夏ではないので違風情は今一つ。
一方、所謂居酒屋とは違い、席の間隔が広い。
後で気づくが特別室も用意されている。
時間待ちせず、ウェイトレスに案内されるまま席に座る。
天の恵みか、ちょうど一テーブルだけ空いていたのだ。
「お飲み物は何になさいますか」
ぼくと高野さんが席に着くと、別のウェイトレスがやってきて、メニューを開き、そう尋ねる。
ぼくがハノイビールを高野さんが333を選ぶとウェイトレスが去る。
「酒匂くんはエスニックが好きなの」
お絞りで手を吹きながら高野さんが訊くので、
「大学の頃下宿していた街に多かったので慣れたというか」
ぼくが答える。
「なるほど」
「今は実家に戻っているから、あまり外食はしないんだ」
「そうなんだ」
「付き合いが多いのは大学よりも高校の頃の友だちだね。さすがに社会人だから毎週会うとかはないけど……」
「複数だと、わたしも正月か年末だな」
そうこうするうちウェイトレスがそれぞれのビールをテーブルに運ぶ。
取り敢えず二人で、お疲れ、と乾杯し、開いたままのメニューから好きな料理を探す。
「まず、空芯菜の炒めもの、かな。高野さんは……」
「ベトナム料理なら、それだな」
「重なるけど、青パパイヤのサラダ、は……」
「印象はタイとか」
「じゃあ、生春巻、か、ベトナム風オムレツ……」
「ふうん、蒸しハマグリのレモングラス、というのがあるのか……」
「カニ(ソフトシェルクラブ)の丸ごと揚げ、もあるよ」
「今日は貝が食べたい気分だな。酒匂くん、貝は大丈夫……」
「これまで当たったことはないよ」
ついで麺系でフォーかブンボーフエかを惑い、結局フォーにする。
後は運ばれてくる食事の量で考えることにする。
ウェイトレスを呼び、料理を注文すると改めて乾杯。
やっと人心地付いた感じだ。
やがて運ばれた料理を食しながら何ということもない会話。
「酒匂くんは仕事は……」
「センサ作りをやってます。でも、まだ出来てない」
「大変そうね」
「簡単な仕事はないよ」
「それを言っちゃね」
「高野さんは……」
「機械設計の見習い……」
「前にも言ってけど見習いって……」
「元々は生物系の大学を出てるんだけど、人が辞め過ぎて、ユニット設計も遣らされてるってこと」
「じゃ、高野さんの方が大変じゃない」
「今はまだ見習いだから、そうでもないけど、いずれ最初から設計を任されると思うと期待と不安で泣きそうになるよ」
「ぼくの方は、これまで百以上のセンサを作ったけど、今の製品に勝るものがなくて……」
「そうなんだ」
「作って、測って、結果見て、NGで、また作って、測って……」
「辛いね」
「でも作る系仕事の愉しさっていうのがあるから」
「まあ、それがないと、やっていけないと思うよ」
そこまでは普通の会話が続く。
が、その先、方向が変わる。