3 籤
朝のベンチで十分ほど昔話をし、高野さんと別れる。
別れる前に後日飲む約束をする。
金曜の夜だ。
現時点で仕事の予定がないので、そう決める。
スマートフォン番号も交換する。
「じゃ、そのときに……」
「都合が悪くなったら早めに連絡するよ」
「わたしも……」
それで別れる。
ぼくは会社に、高野さんはT駅に向かう。
もちろん、そこから会社に向かうのだろう。
高野さんの後姿は粋だと思える。
快活な女を体現している。
結婚し、また離婚したと聞いたが、その間に女らしさがアップしたか。
が、熟れた感じはない。
色気があるとすれば清爽なもの。
ぼくの好みに近い。
そう思い至り、ドキッとする。
恋の予感か。
けれども相手にされないかもしれない。
飲む約束をしたのも、ぼくが気に入ったからではなく、単に昔が懐かしいだけかもしれないし……。
例えば、こんなふうに考えてみる。
小学校で同窓会をするとすれば六年時のクラスだろう。
小学校最後の学年だ。
だから、ぼくが参加する小学校(六年三組)の同窓会には高野さんがいない。
逆に高野さんの参加する小学校(六年?組)の同窓会にはぼくがいない。
二人が結婚でもすれば別だろうが……。
そのときは――行く気があれば――どちらの同窓会にも出席できる。
そんな、どうでもよいことを考えながら準工業地域を歩く。
都市計画法による用途地域の一つだ。
主に環境が悪化する恐れがない工場の利便を図ることを目的としているだ。
住宅や商店など多様な用途の建物が建てられる地域でもある。
車の整備工場、精密加工会社、スイッチ専門メーカーなどが並んでいる。
最近では景気の悪化に伴い廃業する工場も多く、その跡地に集合住宅や所謂ペンシル型の一戸建てが多くなる。
現時点でぼくの勤める会社に倒産の危機はないが、商品開発が遅れたり、または外れたりすれば、どうなるか見当もつかない。
会社に行き着くと門扉が開いている。
正面入口のシャッターも開いている。
普段はぼくがセキュリティーシステムを解除するのだが、既に緑ランプが点灯している。
誰かが早出をしたのだろう。
ぼくが勤める精密機器メーカーの始業時間は午前九時で現在は七時数分過ぎ。
タイムカードを押し、階段を昇り、自分の机がある三階まで……。
ドアを開け、入ると明るい。
電灯が点いている。
つまり早起きの主がいたわけだ。
「おはようございます」
ぼくの机の位置からは柱に阻まれ見えない場所の加納課長に挨拶する。
ソフトウェア部の課長だ。
「ああ、おはよう……」
PCモニタ-を覗き込みながら加納課長が、ぼくに返答。
「早いですね」
「ああ、ちょっとあってね」
加納課長の受け答えから仕事を急いでいるのだと判断し、会話はせずに四階に上がる。
ぼくの主な仕事場である化学実験室がある階だ。
中には前日仕かけた実験装置がある。
その後処理に二時間ほどかかるが、朝、会社に来てすぐそれを行えば、朝礼後に次の工程に進め、時間の無駄が省ける。
もちろん常にそのような実験をしているわけではない。
予定がなければノンビリとPCで新聞を読むか、科学雑誌を漁る。
そうでなければ軽くストレッチを行うか調べ物をする。
社会全体で残業時間に煩くなってきたので、あからさまな仕事はしない。
始業時間に体調がベストになるように心がけるだけ。
実際、好きではない実験をしているとき、ぼくは体調が悪くなる。
化学実験室備え付けのロッカーから白衣を出し、着る。
実験の後処理を済ませ、手を洗う。
ついで白衣姿のまま三階に降り、PCを立ち上げる。
加納課長がキーボードを叩く音が聞こえるが声はかけない。
タイムカードに刻印された昨日の退社時間を思い出し、管理表に書き込むと新聞の電子版を読みに行く。
それから雑誌の記事に飛ぶ。
いくつかの雑誌をザッピングすると気になる見出し目を奪う。
『くじで確率〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇4以下の奇跡――運営側は「まったくの偶然」と回答』
ランダムで試合結果を予想するスポーツくじで十四試合掛ける五口分の予想結果が一致した、という内容の記事だ。
残念ながら、大金が当たったわけではない。
が、SNSサイトに画像が投稿されたため物議を醸す。
日本スポーツ振興センターの見解は、『システムの不具合や不正操作によるものではなく、まったくの偶然による』という。
けれども、その結果が得られる確率を計算すると、約二,五〇三,一六〇,〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇,〇〇〇分の一となるのだ。
単位を入れれば、約二五溝〇三一六穣〇〇〇〇杼〇〇〇〇垓〇〇〇〇京〇〇〇〇兆〇〇〇〇億〇〇〇〇万〇〇〇〇分の一。
別のネット雑誌では『宇宙誕生レベルの奇跡』と表現される。
その疑義はともかく、普通に考えればくじ運営側の不正操作を疑いたくなる。
が、もしそうではないとすれば、ぼくたちの住むこの宇宙がシミュレーション――例えばPC上のプログラム世界――という可能性も否定できない。
参考:ねとらぼ http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1702/20/news104.html