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桜炎の誓い

 その日、桜の樹は炎の色に染まった。夕照と火の粉と桜の花弁が幻想的に入り混じりながら、熱風を孕んだ春一番に舞い狂う。血の雨に濡れた地面にはらはらと落ちた。泥濘んだ地面から怨念のように、熱気が立ち昇り、揺らめきながら逃げ惑う人影を次々と象る。


 ゴウゴウと焔と熱風がうねり、血溜まりに浮かぶ桜の花弁が何度も何度も踏み躙られて行く。悲鳴と怒号に踊り狂う影法師に紛れて、一人の少年が立ち尽くしていた。煤けた顔を歪め、大きく目を見開き、目の前の光景を見つめている。


「嘘……嘘だ……」


 少年から押し殺した微かな声が漏れた。そのまま膝から崩れ落ちる。へたり込み、焔を気にもせず、ただただ呆然と目の前に横たわる死体──焼け残った簪を見つめていた。


 不意に桜の樹が大きく爆ぜた。燃える桜の花弁と火の粉を種のように、撒き散らす。まるで意志があるように、紅蓮の焔が、無数の触手を伸ばし、少年に迫る!


 死さえ少年の意識の外に締め出されていた。俯きがちに簪を見つめてたままだ。紅蓮の舌に舐められる──と思いきや、少年の直ぐ側を何かが駆けた。迫る紅蓮の舌を真っ二つに割る。焔の窓掛けカーテンが開いた。夕焼けと青黒く色彩階調グラデーションを描く夜の帳が大口を開ける。


 宵闇を背景に燃える桜の樹が一際大きく揺らいだ。熱気と揺らめく焔や煙はたまた溢れそうな涙のせいか、少年の視界ごと空間がぐにゃりと歪み──


「生きてるか? 少年」 


 涙を堪える少年の背後から声が掛かった。振り向く間もない。守るように、すっと少年の前に誰かが立つ。透徹な黒瞳に、高い鼻梁、長く艷やかな濡羽色の髪を後ろで結っている。凛々しく美しい印象の女だ。


 女は周囲の朱色から切り取られたように、黒ずくめだった。ダンダラ模様が入った黒い羽織に黒袴を履いている。肩に肩章をつけ、白で真権しんごん文字で『義』と、背中には『聖』と大きく真権しんごん文字が縫い付けられていた。手には一振りの刀が抜き身で握られている。


 刀の刃文が焔と重なり、ギラリと反射した。瞬間、歪んだ空間が更に大きく波打つ。水面に小石を投じたように、空間の波が、爆発的に広がった。


 余波で黒い羽織を大きく靡かせながら、


「少年、動けるか? ここは危険だ。下がってろ」


 前方をひたと見据え、背後の少年を促す。視線の先では、燃える桜の樹が、焔の触手を無数に蠢かせながら、巨大な人形を象っていた。廻る独楽が静止に澄むように、台風の眼のように、不気味なまでに静かに佇んでいる。


「……」


 少年は無言のまま、動かなかった。手を震わせながら、簪に手を伸ばす。煮え滾るような熱さも気にもせず、手にした。熱さ痛みすら忘れたように、握りしめる。


「ちっ! 第一剣限解放──<解刀>」


 動く気配がない少年に女は舌打ちした。刀を構えながら、玲瓏な声で囁く。刀から膨大な赤い光が放射された。


 女は集中する。周りの音や景色が消え去った。全身が刀そのものになったように、感覚が研ぎ澄まされ──


「──ウワァアアアア!」


 少年の甲高い絶叫によって破られた。簪を手に、闇雲に化け物に走り出す。音に反応したのか、化け物が、無数の焰の触手を一斉に伸ばした!


「!」


 女は目をかっと見開く。右目に桜の花弁の紋様<✿>が浮かび上がった。回転しながら、『臨』の文字を筆頭に『兵』・『闘』・『者』・『皆』・『陣』・『列』・『在』・『前』という真権しんごん文字へと一瞬で姿を変えていく。消えるや否や、瞳に周りの景色が、鮮明に浮かび上がった。


 前後左右から迫り来る焔の触手に合わせて──

  

 ゆらり── 


 ゆらり──


 と女の残像が次々と重なり、流れるように、動き出す。


 まるで女の周りだけ時間が止まったようだった。


 ゆらゆらと揺蕩いながら、焔を躱し、斬り払い、刀を振るう。次々と波紋を描くように、円の動きが重なり、広がっては縮まって行く。


 演舞のような光景に少年は一瞬、足を止めた。憎悪を忘れ見惚れる。


 段々と円の動きが狭まり、その中心──元の位置に立った瞬間、


「──破っ!」


 女は抜刀を仕掛けた。間髪入れず、刀が鞘走る。瞬時に縦四本、横五本の光が、格子状に閃いた!


 神速の九連撃──線ではなく、面の攻撃に焰の触手は切り裂かれる。化け物の体がバラバラになった。背後で足を止めた少年はその光景を幻視する。通常ならば、そうだろう。だが──


「──」


 化け物が声もなく嗤った。バラバラの体を超高速再生する──


「!」


 ──はずだった。化け物の無言の嗤いが止む。斬られた箇所がばらばらと零れ落ちた。桜の花弁が散るように、はらはらと勢いが加速度的に増して行く。時折、寄木細工モザイク状に雑怨ノイズを走らせながら、


「──魂封能刀」


 納刀と同時に、化け物は崩壊した。桜の花弁と火の粉と入り混じりながら、一陣の春一番が吹き抜けた。風に掻っ攫われたように、化け物は掻き消える。跡形もない。後に残ったのは、焼け落ちた桜の樹の残骸、散乱する無数の炭化した死体そして二人の生者だった。


「──さて、怪我はないか、少年」


 女は振り向き様、問い掛ける。少年は憎悪すら忘れ、ただただ呆然としていた。縋るように、簪をひたすら握りしめて。


「まだ名乗ってなかったな。私は日乃国刀伐執行剣兵部隊<神選組>二番大隊『義』隊長、剣凪麗羅(けんなぎれいら)だ。宜しくな少年」


「……僕は……空也くうや……助け……ありが」


 少年は必死に感情を押し殺しながら、途切れ途切れで声を絞り出す。


「無理するな。少年だけでも無事で良かった。そして済まなかった」


 女は頭を下げた。


「もう少し早ければ、早ければ──」


 少年の気持ちを慮ってそのまま言葉を詰まらせる。


 少年は何も言葉を返さなかった。一層強く簪を握りしめる。堪えていた涙が一筋流れ落ちた──



✿✿✿



 世界同時多発界異事変<桜炎の変>により、第二次攘異戦争が勃発したこの日、有木空也ありきくうやは復讐と初恋に落ちた──

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