▽吹雪姫の廃工場▽
生物はほぅ、と小さく息を漏らした。その息は少し白く辺りの気温が想定できる。
辺り一面銀世界。木もなく、草もなく、生物もなく、ただ先程までいた洞窟と、近くには寂れた線路と電車だけが見えた。
「この辺りは昔栄えた工場地帯だったんだよ。もっと大きい建物とかは進めば廃工場が見えるよ」
「ア…こうじょう、なんでボロボロ、なったの?」
ず、と鼻をすする生物。しかしフユはいつものように生物の名前を呼んで頭を撫でることもなく、ただ残念そうに俯いていた。防寒対策がほとんどされていない割には寒そうではないのは恐らく彼女が北のフユの名を授かった人ならざるものだからだろう。死人のように冷たい肌、感情の起伏が激しい熱い瞳。ゆっくりと伏せられた瞳は暖かいものから段々と冷たくなっていった。
「ボクが産まれてから変わっちゃったんだ。ボクは産まれたときから冬を司る北の長たるサキュバスだからねぇ。何百年ぶりに産まれた北の長は失われかけていた冬の季節を呼び戻しちゃったからね。」
一瞬で変わってしまった季節に対応できなかった北の工場地帯の人間はすぐにいなくなったよ、と寂しそうに呟いたフユ。生物はそんなフユを慰めるように「アー」と鳴いた。
「ごめんね。工場でもチラッと見て早く行かなきゃね」
「こうじょう、ひといる?」
「あはは、サキュバスしかいないよ」
ふわりと、乾いた笑い。淡い色のショートカットが吹雪に混じって揺れた。
しばらく歩いて吹雪が少しマシになった頃。ようやく錆び臭いが冷たい鼻に届いた。
「はいこうじょー…」
「そうだね。もっちゃん寒そうだし中入れてもらおっか」
鼻水を垂らす生物の鼻を優しくハンカチで拭いながらも優しく返事をする。ぴと、とフユの体温よりも低い鉄の壁に手を当ててフユは口を開いた。
「フブキー!ボクだよー!休憩したいから入れてー欲しいなー!」
ごん。ごんごんごんごん。フユのノックの音ではない何かが工場内を這いずり回る。ダクトの中を、何か小さな動物が這いずり回る。フユが触れている壁のすぐそばのダクトの蓋がいつの間にか消えていた。
「ァ」
生物の小さな声だけが、フユの冷たい肩に残った。
______『いらっしゃいぼす。フブキねえさまはおいかりよ』
______『ぼす、ぼす、しおんはいないの?』
生物の代わりに、小さな人形のような少女が2人。