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先程まで華やかな衣装を着ていたフユだが、生物が大きなリュックの中身に夢中になっている間にシンプルなワイシャツとサスペンダー付きの黒い短パン、その上にゆるいパーカーを羽織った姿に変わっていた。サキュバス、淫魔、悪魔の象徴でもあるツノは大きめのベレー帽で隠されている。細い脚はタイツで守られているが、タイツにより逆に色気を感じてしまう。しかしそんな色気にやられるほど成長をしていない生物は「アー!ふ、ゆかわいい!」とキラキラの笑顔を見せた。
「えへ、これはただの私服だよ。ああいう派手な格好で街に降りるのは恥ずかしいからねぇ」
ふわりと、粉雪が舞うように笑ったフユは大きな明るい茶色のリュックに荷物を詰め込んでいた。地図、財布、丁寧に包まれた手紙。持ち金は大量にあるようで、なかった場合は酒場などで働けばいいとのこと。
「そのてがみ、なに!」
「ん?これー?これはね、ギルドへの護衛依頼だよ。別に戦闘がしたい訳じゃないからね、守ってもらわなきゃ」
「だいじょ、ぶ!も、ちゃん、フユまもるよ!」
きゅ、とフユの指先を優しく握って自信満々に言った生物の頭をフユは撫でた。まるで子供がお気に入りの人形の世話をしているようにも見える。
フユは再度生物を肩に乗せて、皮でできた茶色の大きなリュックを背負った。えーと、と先程リュックに入れていたものをひとつづつ声に出して指を折り曲げる。恐らく忘れ物チェックというものだろう。
「うん、これでおっけーだね」
わくわく、と効果音がつきそうな表情。そんなフユの表情をみて生物は心が温まる。
「フユ、他のさきゅ、ばすどんなひと?」
きょと、と純粋無垢な子供のような質問。フユは嫌な顔ひとつせずに生物にとっては難しい言葉でまた説明を始めた。
「えっとね、南のサキュバス、ナツは頭がいいやつだよ。おとなしそうな顔してナツの虜になった人はみーんな実験台にされてるらしい。東のサキュバス、ハルは1番若いね。でもツンデレってやつで結構みんなに可愛がられてるよ。西のサキュバス、アキはふわふわしたやつだね。めんどくさがりで好きなときにしか動かない。もしかしたら今回の召集にも応じないかもね」
それで最後が北のサキュバスのフユちゃんだよ〜、と甘い笑顔を向ける。生物はどうにか理解できたらしく、「個性、つよい…」と顔を顰めた。そんな不安げな生物に「みんないいやつだから!大丈夫だよ!それにキミをとって食おうなんて奴はいないからね!」とフユが慌てて付け加えた。
たしかに彼女等はサキュバス。人間が呑気に現れれば取って食おうとする者もいるはずだ。しかし、生物は人間ではない。人間の一部が進化して生まれた姿、「人間モドキ」。体長5cmのその姿ではそのまま食べることはできるだろうがサキュバスの使う意味の「食べる」を実行しようとするものはいないだろう。
「ん、説明は終わったしそろそろ街を目指そうか。ギルドのちょっと強い人でも雇って、ゆっくり行こうね」
「アー!!」
そうして、2人はサキュバスの洞窟を後にした。